霊査事例: 2005年1月21日(ML)
2005/01/22以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。
事例1
危険だと思います。何がって、どうもあなたの思いと周囲の流れが食い違っています。
思うように動かぬというのは、不運と表現するべきではありません。ただ、あなたが無理をすると自分を傷つける時機であるということです。
それでなくても、あなたは自分の運勢を過小評価する癖があります。よくいえば楽観的ですが、途中で冷静になるとうつ病的にもなります。物には流れがあり、原理があります。ただ流されず、しっかりと見極めてください。あなたが不幸になるために運命があるのではないからです。
事例2
能力ある人は頼られて当たり前です。才能ある人を遊ばせておけるほど、世の中は寛ではないのです。頼られることを不幸に思わず、頼られないことを不幸と思ってください。また、頼られても何の見返りもないことも、不幸と思って良いでしょう。
不信を抱いたり、関心を失ったりしても、霊界から目が届かなくなります。考え事はしばらく放りだして、例えば一日五分でも精神統一を続けてください。
事例3
悩むなら、悩む価値のあることに時間を割いてください。
物事はその世って立つ原因に基づいて結果に至ります。それはつまり、あなたの事情や好みとは無関係なと頃で物事が動いて当然ということなのです。
考えるなというのではなく、考えすぎぬ事です。何しろ、考えて答えが出ることばかりではないし、人間の事情を超越した事実も大自然には多いのですから。
事例4
私がサンディエゴを旅行中、皆に見せたくてせっせと写真を撮っているとき、ふっと『(狭いファインダーばかりを覗いて)それで楽しいの?』と聞こえ/感じました。むろん楽しくありません。
記憶はたちどころに失われていきます。しかし、写真やビデオに記録できることばかりが思い出とは言えないのです。もっと、自分が感じ取れること、感じ取るべき事を大切になさって下さい。もっともっと人生を楽しまれることです。
あなたは楽しむことを罪悪視するから、幸せな過去を振り返ってより強い悲しみに襲われてしまいます。それはつまり、あなたを喜ばせようとした人々があなたを苦しめているかのようです。むろん違いますよね?
いずれ訪れる別れの時に怯えるのではなく、今あることを楽しんでください。それが後悔をしない、唯一の方法です。
事例5
正直、事情はさっぱり見えていませんが、あなたの強い光は見えています。色々と大変かも知れないし、愚痴をこぼしたいことも多いのでしょうが、でも、あなたは、自分と自分の運命に不信感はい抱いていないはず。つまり、何とかなるさ!? と思えているでしょう!?
それって、世間を見回してとても幸せなことだと思いませんか? だって、あなたは他人への不満は言えても、他人の足を引く必要を今は感じていないではありませんか。
それって、すごい幸せなことだと思いませんか?
事例1について
Q 「今回いただきました霊査がとても気になります。というのも、会社で起こっていることと重ね合わせて考えるとまさにこのことなんです。と、まぁ、私生活でも同じようなことが多々ありますが。」
回答
私が今回、ぱしっと感じたのは (あなたに限らず、時々気配がまるで感じられなくて霊査を取るのに不自由することが間々あります) 行動力が萎える一方で、頭が働いている状態です。整体などでは「腰が重い」等と表現しますが、頭が動いて身体が動かないというのは、仕事上のトラブルや、事故などに遭いやすい状況、つまり、身体に思考がついて行けない状態なのです。
悪循環――さらにこれは、「行動力が失われているから気持ちが焦る、焦る気持ちで行動するから、ますます身体がついて行かない……という悪循環」です。 これは主に、体調・バイオリズムの問題です。念のために申し上げますが、私はバイオリズムを計算で割り出せるような単純なものとして捉えておりません。
身体は異質な物の組み合わせ――心と体は一組でありますが、異質な存在なのです。異質な性質のものを組み合わせて使うのは難しいもので、相乗効果・弱点を補い合ってより強くなる組み合わせは理想的ではありますが、そのように使いこなせる人はほとんど見ません。大抵の場合はリズムの合わぬ二人三脚のように、心身双方が足を引っ張り合って、自身が持っている才能・能力の十分の一も発揮できません。そして、自己マネジメントが悪くて才能を発揮できないのに、自分自身を卑下して、自信を喪失し、いわば、 無能と思い込むことで本当に無能になっている人が数多く見られます。……これは悲劇です。
これはまさに、自縛的な人生というわけで、死後に霊媒と出会い、浄霊を受けるまで自縛で苦しみ続けるなどといったら、もう悪夢以外の何物でもありません。……一応、当方は心霊サイトなので、無理矢理あの世の話に結びつけましたが、不毛ではあります。どうせ、気がつかぬ人は死んでも気がつかぬものなのですから。
休息の取り方が大切――さて、肝腎の対策です。 休むべき時、または、心と体のタイミングをすりあわせるべき時に、色々考えるのはナンセンスです。何しろ人はうまく行かぬ時、うまく行かぬ事ばかりを考え始めて、かえって苦悩を深くします。すると考えるよりも休む方が有益となります。また、思うように自分が動けないからといって、自分を否定したり、貶したりする(すなわち内攻)するのは害はあっても利はありません。むしろ、 心身(体)の協調に必要な知恵を磨くことです。
すなわち、心に身体がついてこないならば、効率の良い作業手順を考えるべき、ですし、頭が働かなかったり、情緒不安定なときは、単純作業や運動・スポーツで身体を動かすこと、です。
余力のある部位を活用し、鈍い部位を休ませることで、バイオリズム如何に関わらず心身の協調が取りやすくなり、多少疲労があってもリズムが合うことで、結局調子よく生きることが出来ます。
ところが、この辺の仕組みが判らぬ人は、身体が衰え、心・頭脳が盛んなときに、身体が動かない、自分は駄目な奴だと思い悩んで、心身をすり減らし、反対に頭が衰えているときに無駄な行為を繰り返して気苦労を増やし、ひいては病気になったりします。また、浮気や事業の失敗なども、頭が働かず、でも身体が元気なときに新規なことに手を出したくなってしでかす過ちなのです。
助言: 身体または頭脳の働きが低下したとき、無理に働かせるよりも、もう一方の働きを落とす方がうまく行く
従って……
バカとハサミは使いよう――自分を卑下するよりも、自分を活用することに努力すべきです。
愚者とは自らの知恵で自らを滅ぼすものをいう――『私はおバカさんだから……』 と、頭も使わぬ人もいますが、なるほど頭を使わなければ利も少ないが害も少ないものです。その選択はそうバカにしたものではありません。ところが、なまじ知恵者ぶる人は、自分の行動力が発揮できないとき、自分を過剰に宣伝してみたり、周囲をバカにして、自己顕示欲を満たしたりします。さらには徒党を組み、類友を集めて……行動力が低下しているとき、必要なのは味方であって敵ではありません。にもかかわらず、主に自己防衛本能からわざわざ外敵を増やしてしまう人がいます。……劣等感を抱いたとき、つい他人を攻撃したくなるのは人情ですが、その結果は自滅の近道です。くれぐれもわきまえてください。 愚者とは智慧ない人や頭脳の働きの鈍い人をいうのではなりません。愚者とは、自らの知恵・自らの努力で、自らを滅ぼす人をいうのです。
愚者の法則: うまく行かないときはジタバタしない。うまく行かないときにジタバタすると、ますます悪循環の深みにはまり込んでしまうから。