霊査事例: 2004年12月15日
2004/12/15以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。
事例1
お父様、というより、その守護霊様からと感じますが、
『年老いてみればこそ、小さな利害にくよくよせず、大きな目で相手を見ることが出来る。そして、死して見ると、しがらみなく人の愛情を見て取れる。 お前(あなた)も、生死の境界などをくよくよ思わず、精一杯活きるのと同時に、人を見る時には生死を超越した寛大さで相手を見てあげなさい。利益なんて、あと四、五十年しか使わぬ腐った風呂敷なのだから。』
続いて、女性の霊です。
『生の良い所と、死後の良い所と、両方を使い分けられる。心霊学徒は本当に幸せですね』…… だそうです。
事例2
『追い掛けている時に見えなくて、手放したつもりではっきり見えるし、しかも手の中に残っている。』……もう、あなたのお嬢さんは、絵本の歳ではありますまいが、こういう話は、どこかの童話で読んではいませんか? 前回はサルカニ合戦。今回は、『青い鳥』かな? お嬢さんに学校の図書館で借りてきてもらったら? 親子で童話というのも楽しいかも知れませんよ。
事例3
ふと、あなたのお姉様のことが頭に上がりました。
お姉様は、気力は旺盛なのだけど、病弱ですね。 時には、『お姉さん、忙しい時機に、健康管理がおろそかになったりしていない?』 等と声を掛けてあげてください。
あなた? うん、まあ、ボチボチでしょう。強いていうなら、腹の底から笑うことがちょっと不足気味ですね。
事例4
形にしなければ、どんなに素晴らしいアイデアも、妄想とさして違いがありません。 考える時は、考えるだけでなく、世に出し、試す所まで推し進めなければダメですよ。
また、考えすぎる時には、現実逃避のために頭を働かせてしまうという邪な動機が働いている場合があります。考えすぎに注意しましょう。
事例5
『会社であなたに好意的な人がいます』……等という霊査が出てきて焦りました。疑似餌です。私は釣をしませんが、エサで釣られた魚は、ともかく、ニセのエサで釣られた魚は惨めなものだ……などと、釣道楽の友人と話していたものです。要するに、気を引くために意義のありそうな話をする霊がいる。
これはつまり、あなたが色々と思い悩むのに際して、どうも自分の反省よりもむしろ、打開策のインスピレーションを期待しすぎていることの暗示かと思われます。 ここでいう、自分の反省は、●●がうまく行かないのは、相手が悪いのか、自分が悪いのか、等と考えることを意味しません。どちらが良いか悪いか(心霊は善悪に拘らぬのです)は二の次で、大切なのは、●●をもっとうまくやるには何が必要か? ということなのです。どうもあなたは善悪に拘る見方に縛られがちです。
どんなに良い行いでも結果が悪いものなら無意味なのです。工夫をお勧めします。
事例6
『「人に優しくする」ことを、「他人の業《カルマ》を背負うこと」と勘違いせぬ事です。また、自分の業《カルマ》を押しつけようとする人と、接する上で大切なのは、「どう付合うか」ではなく、「どうつきあわぬか」なのです。悪縁断ちがたし……あなたに良い結果を与えてくれる人とは、縁を切るのは簡単ですが、あなたに業《カルマ》を押しつけようとする人は、最初はにこにこと微笑んでいても、断れば般若の如く必死にあなたを捕まえようとします。黙って立ち去るのが一番の手です。