我が身を苦しめる
2004/12/032004年 12月 02日
嫌いな人間から信用されても嬉しくはありませんが、大切に思っている人から不審の目を向けられるのは辛いものです。そしてまた、不審の念を向けられることの辛さを知っている人であっても、大切な人に不審の念を向けてしまうのが人間です。……いざという時、棄てられるのではと恐れるから。
自分を傷つけたくないから、大切な人に不審の念を抱く。……多くの人がそう努力しています。が、不審の念を抱くから大切な人が去っていくのです。――わざわざ自分を苦しめるために努力する人々。業が深いというのはこういう事です。
間違った努力は決して良い結果をもたらしません。増して、自分を苦しめるための努力がいかなる結果をもたらすというのでしょうか?……そして、間違った努力を辞めない人を助けようとするのは、やはり一つの間違った努力です。また、間違った努力をする人を信じるのは、それもまたやっぱり間違った努力なのです。
信じられないなら、せめて知る努力をするべきなのに、知ることもせずにただ不審ばかりを口にする。信用されないと言うことは苦痛なのです。相手に苦痛を与えてどうして自分は大切にされると思うのでしょうか?