‘2004/11/25’ カテゴリーのアーカイブ

悪魔崇拝者

2004/11/25

2004年 11月 24日


 さて、青年時代、スマートで行動的な青年が、現実社会に揉まれているうちに忍耐を強いられ、忍耐の中で不平不満を育ててしまい、不平不満が守護霊や祖霊との絆を塞ぎ、不平不満が悪霊・邪霊の誘惑を呼び寄せて、悪しかる道に人を誘い込むことは良くあることです。

 こういう問題は切ないですね。特にこのような転落を味わうのは、信仰心の強い人によく見られることです。むろん信仰のあり方に問題があります。…… 「自分に恩顧を与えてくれるのが真の神なり」という解釈は、悪魔崇拝そのものです。それがたとえ、正統的な信仰団体(?)の信者であったとしても、心掛けそのものが悪魔崇拝です。

 神とは力、実現するべきは我が欲望……悪魔・悪霊が、十字架・聖書・御経に弱いなどという迷信は一体誰が作り上げたのでしょう。本当は、 悪魔・悪霊のたぐいほど、十字架・聖書・御経のたぐいを好むのですよ

 当然でしょう? 虎になるより、虎の威をかる法が手っ取り早いのだから。悪魔・悪霊と呼ばれるものが、どうして盗みもせずに堂々と争うと思うのです?  宗教を語る詐欺師が多いことから、宗教そのものを悪く見なす風潮がすっかり定着していますが、それは要するに、責められるのが嫌だからと城を棄てるようなものです。敵軍は、まず城を落とし、その後に略奪を始めるのですよ。

 神社仏閣のいわゆる聖域が、霊的に清く、悪霊が入り込めないと考えるのはナンセンスです。人が考えるほど悪因縁をもたらす仕組みは簡単ではありません。そして、悪魔や悪霊は、金が集まる場所と、人の多い場所を好むのです。人の多い場所には良くもたくさん集まるし、金の多い場所は、欲の強い人が集まりますよね。……そして往々、聖域と悪霊の好む場所も重なるのです。

 心掛けの良い人が始めた事業だって、目の前に大金が積み上がれば欲心がこみ上げてくるかも知れない。人は常に悪魔の誘惑に狙われている……というのは本来は比喩ですが、持たざるものが我慢するのは簡単で、持つものが我慢するのは大変な努力を必要とします。つまり、 外の敵には勝ち易く、内の敵には勝ちがたいのです。外の敵に勝ち続けている人が本当の英雄とは限らない。むしろ、内の敵に勝てぬ人ほど強がって外で争いを起こすのですから。

 ここでは悪魔・悪霊をテーマにしていますが、私は別段、造物主に戦いを挑む魔王サタンのごとき存在を信じているわけではありません。また悪魔の誘惑というのは大部分が比喩であることを霊媒なりに理解しています。悪魔とは要するに人の心の弱さのことなのです。誰もが悪魔を抱え、それを追い出すことは決して出来ない……であるから、その戦い方が大切なのです。

 聖書や十字架、御経や御札、塩に聖水――無駄だとはいいません。でもその本当の効用は、実は自分の守護霊に対する「たすけて!」というサインなんだとしたらどうでしょうか? 悪魔・悪霊に打ち勝つのは誠意と良心だけだと思います。

 力を求め、欲の満たされることを求めての信仰は悪魔崇拝と代わり有りません。仏陀やイエスキリスト、アッラーや天照大神を信仰の対象にしていても、その目的が、力や欲の充足や、はたまた、自分の身の安全を祈るにしても、独善的であれば悪魔崇拝と代わり有りません。

 神に祈って悪魔に心通じる……世の中、悪魔崇拝者があふれかえっています。

 幽霊や祟りを恐れるよりも、心掛けの悪い人々が増え、そして、心掛けを正すチャンスが減っていることこそが恐ろしい。と、私は思います。


不平不満が勘を閉ざす

2004/11/25

2004年 11月 24日


 不平不満を抱くと霊感が鈍ります。ものの見事に……霊界は想念の世界です。それは意念に手応えが得られるということでもあります。あまり強く思うことは心の周囲に壁を作ってしまうし、同意を求めるような不平不満の持ち方では周囲に低級霊を呼び寄せてしまいます。

 いずれにせよ、不平不満を抱くと、守護霊から遠ざかり、祖霊の愛情も入りにくくなり、霊感が鈍くなっていきます。霊感が……というと大袈裟かも知れません。想像力や直感が鈍くなるのです。

 昔から、優秀な霊媒であっても、なかなか自分のことは当てられない……等といいますが、これも受け身であるべき心が、自己主張に流れた時に壁を作ってしまったり、低級霊を呼んでしまったりで、適切な通信が出来ず、適切な通信が出来ない状況で、しつこく回答を求めるから、低級霊・雑霊の囁きに騙されたり、もっと単純に、周囲の雑音、自分自身の雑念を、幸福なるメッセージと受け止めてしまう場合が多いのです。

 問題提起や現状分析は、より良い未来を得るためにはとても大切なことだと思います。が、将来の展望を育てることなく、ただ問題点を見つけ、現状の不備を明らかにすることは、不平不満を増大させることでしか有りません。

 普通に生きているだけならば、たいした問題とも思えないでしょうが、精神統一をし始めると、普段の不平不満がどれほど精神性を乱すかに気がつくことになります……嫌、本当は難しいのです。ちょうど、酔っぱらっている人を酔っぱらい扱いするようなもので、適切な環境のなんたるかを知らない人に適切な環境のすばらしさを説く難しさがあるのです。でも、環境を良くすることの大切さに思い至らないよりもよほど良いわけです。


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