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墓参について

2004/11/15

メールに答えて。


時間のある時は、必ずHPを拝見させてもらってます。

私にとっては、老神さんのお言葉を読んでいるだけで問題を抱えている時は、心落ち着きます。

なぜか?悩んでいる事柄に事例がいつも一致しているんです。私にとっては、老神さんのお言葉を読んでいるだけで問題を抱えている時は、心落ち着きます。


 人の目が吸い寄せられるのは、ある人の場合、自分の弱点であり、また別な人の場合は現実からの逃げ口です。自分の弱点を補う視点をお持ちの方は、 反省という名目の自分虐めにさえ注意すれば着実に向上の道をたどれることでしょう。……あわてず、着実に前に進んでください。

 向上のなんたるかを知っている人は、人の長所を見てそれを取入れ、人の欠点を見てその後を追わぬようにいたします。反対に、他の長所を見て妬み、憎み、避けようとし、人の欠点を見て嘲り、なじって時間を潰す人もいます。 向上のための視点をもっている人であるなら、欠点が多い人からも多くを学べるでしょう。ですから、欠点が多い人だからといってその繋がりを悪縁とは呼び得ません。しかし、妬みと憎しみが多く、他人の長所を聞きたがらず、嘲り、詰ることが好きな人と関わることは自らを悪人の如く振る舞うことを要求されます。これこそが悪縁です。

 さて、ここでは良縁・悪縁という表現を用いましたが、本来、心霊ではあまり善悪を重視致しません。むしろ重要とされるのは、 理に適うか、適わぬかということです。すなわち、無理は長続きしないものだし、無理は躓《つまづ》きやすいものだからです。無理をして手に入れたものを、躓《つまづ》き、転んで失なうことはよくあることです。まして、無理して手に入れても欲が満たされるだけで実は苦しく、ふとした拍子に我に返って、幸福に思えていた自分が実は不幸であったと気がつくこともあります。無理は文字通り、理に適わず、そして理に適わぬことは多くの代償を強いるものです。

 一時の幸福で満足するという人もいますが、失うために手に入れ、それで良しとするのは明け方の夢を懐かしむのとどう違うというのでしょう? そして現実が手に入れがたいのと同様、明け方に見る夢もままならないのが人間なのです。 どうせなら望みの夢を見ることよりも、現実に得られる最善を求めるべきでありましょう。

相談回答・墓参について

 墓参については、心霊的な意味だけでなく、その土地の風習や、家の習わしといったことも絡んで参ります。 また、一般に霊媒・心霊家はいわゆる先祖供養を大切にいたしますが、先祖供養というのは果たして墓参りや仏壇の掃除、お線香の本数、花の上げ下げのことでしょうか? そうだという霊媒もいるようですが、私は違うと思います。問題なのは墓という、死体置き場にあるのではなく、相手の魂に届く祈りなのです。

 また、一般の人々にとって、死者というのは埋葬した相手であって、死別の時から変化も生長もない相手で、心霊家がいうような、死後の自由を謳歌し、地上では得られぬ喜びを楽しみ、地上の人々の祈りを求めるどころか、地上での暮らしを蔑《さげす》み、哀《あわ》れむなどということは想像もしていないかのようです。たしかに、苦しんで墓に執着する霊もありますが、反対に 「私が、いつまでも墓にいると思っているのか。私は新しい生活を楽しんでいるのだから墓参なんてありがた迷惑だ!」という霊もあります。

つまり墓参りを喜ぶ死者もいれば、嫌がる死者もいて、その辺は個別に応対せざるを得ませんが、大抵の場合、「言わぬが花」が真相以前の真実です。というのは、墓参が残された人にとっての心の癒しである場合もあり、そうなると、死んだ人のための墓参なのか、生きている人のワガママが墓参なのか、表と裏とでは異なる意味がある場合も多く、それはつまり真実が苦しみとなるのです。従って、こういう相談は回答よりも断り方にテクニックが必要といえます。

Q 『ある人の悩み事に答えて、「他人の墓参はしない方が良い」という人がいました。ただし、理由については判らないとのことですが。』

「理由が分からないが止めろ」 という意見には偏見の場合もありますが、直感すなわちインスピレーションの場合も数多くあります。この場合、相談者に対して、直感的に良い回答が出来たと解釈できます。

 すなわち、愛情・友情等というものには、どうしても執着心や依存心が混じらずに入られず、墓参が往々、執着・依存心の現われであることも多いものです。そういう墓参の仕方は、続に「 連れて行かれる」等といって、不慮の死を迎えやすくなるといわれます。心霊的にいうなら、墓地で感情的になると低級霊につけ込まれやすくなるのです。

Q 『私も以前、親友のお世話になったお母さんのお墓参りを一緒にしたことがあります。』

 墓参は、家族揃ってとか、一族揃ってが一番好ましいし、「大切な人」を連れて行くのも、見守ってくれている霊・祖先の霊達などからとても喜ばれることなのです。つまり、墓参に大切なのは、哀れみや、惜しむ気持ちであるより、むしろ、生死を超えた絆を確認する場なのですね。

 また、近親者や配偶者・恋人の墓参などに一人で行くと、やはり、「連れて行かれるから危ない」といいます。これは、実際に近親者や配偶者等の霊に殺されるという意味ではなく、寂しさなどにつけ込まれて、低級霊に憑依されたり、自殺願望に取憑かれたりする場合があるので、理性を引き留める人が必要というわけです。

 その意味で、あなたが親友のお母様の墓参に付合ったのは、1,友達の紹介 2,付き添いの二つの理由からとても良い行いです。


2004年 11月 15日

お知らせBy老神いさお。

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