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矛盾

2004/10/08

2004年 10月 07日


 いよいよ、明晩、伊勢オフ会に旅立つ。物見遊山なのか、勉強なのか、修行なのか、その配分はかなり難しい。人の行動を定めるのものは、良心だけにあらず、矜持も又大切だからだ。つまり私の矜持からみれば修行が主で物見遊山は最後の筈だが、良心に言わせると物見遊山ばかりだからだ。まあ、これが心霊で喰っている身ならば口が裂けても物見遊山等とはいわない。幸か不幸か、会社勤めで喰い、余暇を心霊研究に捧げているのであるから、たまには……つまり、忙しさに相応するだけの楽しみもあってしかるべきだと思う。そうでなければ長続きしないし、やることも嘘くさくなってしまうだろ。それでなくても充分にお説教臭いのだから。

 ……お説教臭いという部分に、「何をそんなに気にしているのだろう? 私は平気なのに」と思われるネコ型も多い。逆に、「私にもお説教して、叱って、……いい子になるから!!」と、心の底でしっぽを振っているイヌ型の読者もとてもとても多い。……しかし、知らずにやるのならば是非もないが、知ってやるのは事故でなく、犯罪になる。

 霊媒というのは、重要不可欠であっても主役ではない。当事者双方の間に立つ仕事なのである。滅私奉公。それなくしては成り立たない。霊媒が主役になりたがれば、その言葉は霊の言葉でなく、その祈りは人の願いではなく、ただ霊媒の意志だけがそこにあることになる。

 「矛盾」という言葉がある。どんな盾でも貫ける矛、どんな矛でも貫けぬ盾を売る商人がいた。……いたずら者がこういった。では、「その矛で、その楯を突いたらどうなるだろうか?」

 本当にどうなるだろう。興味深い話題だ……そうなのか?

 私はそうは思わない。信仰というのはそもそも矛盾を売りつける商人だ。真理の矛はいかなる迷信の盾も貫き、真理の盾は、いかなる迷信の矛もはじく。だが、真理の矛と真理の盾は決して相争うことがない。それをあえて争わせよというのは、レトリックとしかいいようがない。

 つまり、矛盾が矛盾であるのは争うべきでない者同士が争うからだ。――争わなければ矛盾は存在しないのである。……にしても、争いが絶えない。矛と盾の間に矛盾があるのではなく、矛と盾を使う人の、その心の中に矛盾があるのだ。


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