‘2004/07/23’ カテゴリーのアーカイブ

冷静に生きる

2004/07/23

Q「冷静さを保つにはどうしたらよいか。」

 死を恐れるように激情を恐れよ。――おおむね人は死を恐れる。そはなにゆえか。人の数だけ、死の受け取り方があるだろう。しかし、死への不安の一番大きなものは、死を自己の損失と見なす事だろう。

 自分を失う事はかくも恐れられるというのに、冷静さを失い、激情に流されて自己を失う事は何故避けがたいものと思われるのか。なるほど死からよみがえる事はまれでも、自失から立ち上がる事は可能だ。しかし、たとえ短くとも、自失の状態が大切な時の浪費であるには変わらぬ。

 まして、激情に流された結果、自らの立場を危うくするのも多々ある事だ。それはあたかも、古代インドの輪廻思想のように、苦悩を永遠に繰り返す姿である。我を取り戻すたびに、より苦悩が増えていくのではなんとも救いがない。

 激情をおそれよ。自失をおそれよ。そは、汝の来世のひな形なのである。地上で悪しかる輪廻の繰り返しに囚われていて、どうして来世が楽になるというのか。激情に流され、自失し、無茶な行いをすればそれが汝の人生を汚し、来世を暗くするのである。ましてや、善友から見放されては、何のために混沌の支配する地上に生まれたというのか。

 なるほど激情は押さえがたい。それは主として、魂よりも肉体的な要素である。いかな怜悧な魂でも、情緒不安定な家系に生を受ければ、やはり衝動や激情に支配されやすい。ましてや、争いごとを好む魂ならば激情を克服しがたいのはいうまでもない。なるほど肉体は御しにくい。しかし、肉体を使いこなしてこそ地上の生を全うできるのである。その意味に於いて肉体を御する段階を経なくては、あなたは人生を生きているとは言い難い。ただ生かされ、流されているだけの事に過ぎぬ。

 そう。激情を押さえよ。自我を手放すなかれ。そは汝にとりて死にも均しき試練である。しかも、人生の初等の課題に過ぎぬ。

Q「かなり厳しいお話ですが」

 肉体こそが我と思うものにとりて、激情にあらがうは独り相撲の世なもの。勝敗は思い過ごしにすぎぬ。真に魂の目覚めを得たものこそが、自分を御する技を求めんとする。つまり激情を押さえるか、否かは、本当に初等の初等の課題なのである。

 むろん、幼少時の家庭環境次第、または、肉体の性質次第によって、穏やかに生きられるものもいれば、喧噪さに付きまとわれる者もいる。しかし、すべては己が選んだ人生である。

 より過酷なコースを選ぶのは、自信があればこその事。また、神仏もむやみに苦労へ人を押し出しはせぬ。

 当人が選んだのである。当人が全うする事こそが大事であり、当人が勝負を投げる前に周囲が助けようとするのは、困難に挑戦する勇気への冒涜である。

 私は激情家に辛辣なのではない。一人一人の努力を尊重するのである。

(2004年7月23日)


お知らせBy老神いさお。

・スマートホン
iPhone/Androidで閲覧時に、最適化したページが表示出来るようになりました。よろしければ、ご感想をお寄せ下さい。

・サイト再構築中
移行途中のデータが時折、トップページに掲載されますが、編集作業の都合ですので、今しばらくご容赦ください。旧作については、本文右上に日付が記載されます。

・ページ更新
 現在:1056㌻
 復旧予定: 残り480㌻位・・・

老研カレンダー
7月 2004
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
8月 2004
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031EC
老研イベントリスト
  • No events.
みにみにぶろぐ
  • ・原発全廃
  • ・その後悔の帳尻が合う生き方をしているか?
  • ・我が国だけが原子力を全廃しても、隣国が原子力発電を推進すれば、危険性は無くならない。
  • ・生きるとは生むことである。
  • ・いろいろなる不平不満はあるだろう。だが人は歩んでいる。
  • ・与えられる事を当たり前に思っている者が飢える。
  • ・なぜ、争うのだろう? 事態はただ現実への妥協を求めているだけなのに。
  • ・ 見せられると信じたくなる
  • ・豊かな者は足りぬものに気が付かず、知りたる者は、知らざることに気が付かぬ。……
  • ・ 心に不満が生じるのは、あなたが焦っている証。もう少しゆっくりと生きなさい。

More »

サイト内検索
アーカイブ
サブ・サイト