‘2004/07’ カテゴリーのアーカイブ

龍神

2004/07/31

 霊感が発現した初期、真夏の暑い最中、昼寝をしていたら突然、「我は平田篤胤霊なり」と交信を受けた。その当時の私の心霊知識では、平田篤胤は、明治の廃仏毀釈運動のきっかけを作った頑固不冥の国学者であった。また太平洋戦争で惨敗した日本帝国主義の下敷きを作った人物とも思えた。だから……

『私は国学には興味がございません』と答えて追い出した。

 後に平田篤胤が、日本の心霊研究の先駆けである事を知ったが、手 遅 れ だ ……。

 果たして本物の平田篤胤であったかどうかは定かではない。ただ、私に尊ぶ気持ちがなかったのである。相手にしてもわざわざ私をだます理由もあるまい。そして今、語りかけても返事は帰らない……

 

話題は龍神に戻る

 

 以前、箱根に宿泊したときのこと。深夜(推定)ふっと目が……いや、意識が醒めると白髪で長いひげをたくわえ、杖を持った一人の品の良い老人が私を見下ろしていた。

 覚えず私はこう訊ねた。

 「どなた様ですか?」

 老人は白く長いひげをしごきながら、

「わしか、わしはこれじゃよ」

と、なおもひげをしごく。

 覚えず私はこうつぶやいた。

 「なんだ、ヒゲか」

 たちどころに老人は消え去った。

 あの老人は何だったのだろう? 姿形は、小桜姫物語などでいうところの龍神の描写そのものだが、その正体を今更疑っても時は戻らない。その後、箱根を訪ねるたびにこの老人を思い出すが、二度と見る事はない……

老妖精と語る

2004/07/30

 客の少ない湯船、目の前には風にそよぐ大木。すっかりくつろぎ、しかし、ちょっと退屈気味の私が、ふっと気がつくと眼前に、拳大の背丈の老翁が浮いている。

老翁 『ごくろうさまです』

 あらまあ。

  『ありがとうございます』

老翁 『私どもに、ご関心をお持ちのようで?』

  『ええ、いくつか質問をお許し願いたい』

 老翁は頷く。

  『西洋では、妖精というと虫の羽をはやした小人として描かれます。また、昭和初期の霊界通信(小桜姫物語)で、日本の妖精もやはり虫の羽を持っていると描かれていますが、私の見る限り、妖精というか、草木の霊には虫の羽のついていない方が多いと感じるのです。』

 すると、その瞬間に老翁の姿がよりくっきりと鮮やかに見え、その背中には虫の羽が生えています。

老翁 『今お見せしたとおり、私たちの姿は自由自在、むしろ姿などは人を化かすようなものにすぎません。私はなるほどあなたよりも肉体年齢は相当に大きな訳ですし、また、ゆったりとした時の中に生きておりますから、老人の姿で立つ事を好みます。欧米の妖精達が虫の羽をはやしているというのも、いわば、悪魔の手先や妖魅と見誤られるのを嫌って、自分を区別したかっただけでしょう。』

  『ええ、でもなぜ、草木が妖精の形態を取って人前に現れようとするのでしょうか? わざわざ形態を取るなどと言うのは低級霊的にも思えますが』

老翁 『あなたならば、相手が草木や鳥獣といえども無体は致しますまい。しかし、人々の中には草木とバカにしてゆえなく枝を折り、木を切る輩もおります。その輩の心に、私どもが何かを伝える事は難しいものですが、それでもチャンスがあれば、試みぬ訳には参りません。「私どもも生きている。私どもも死ぬのは嫌だ」、そう主張するのに何より簡潔なのは、私どもが人の姿に似せて相手の心に映る事なのです』

……なんだか、とても報われがたい仕事に思える。

  『たしかに。妖精を感じると本当に雑草と呼ばれる草木一本抜くのがはばかれますし、植え替えや水やりだを忘れると罪悪感にも襲われます』

老翁 『私どもの意識は決して、地上の樹木の影響を受けてはおりません。人がその精神活動を脳の働きに大部分を依存しているのと違い、私たちの意識はあくまでも霊的な部分にあるのです。ですから、自分の木を切られても痛むのは心だけ、私たちにとって切られる事は、死や断絶を意味するのではなく、神様から与えられた仕事、すなわち、自分の身体とも信じられる、この木を大きく立派に育てる事なのです。人もまた神様のお役に立つための道具、私たち樹木もまた神様のお役に立つための道具。ただ寂しいのは、人は神様のお役に立つ事を忘れて、私たちを欲望の道具にしか見ぬ事です。それは枯れる事よりも辛く、情けないかもしれません。』

 そっと、涙をぬぐう老翁。

老翁 『しかし、いずれは人も神様のお役に立つ時が来るでしょう。私どもはそれまで、懸命に神様のために働きましょう。』

  『あ、では、あなた方が人に親切なのは……』

老翁 『調和こそがすべてを幸せにする鍵なのです。正義で裁き、敵を作る事は神様の望まれる事ではありませんよ』

……与える事に幸せに感じる人は少ないが妖精達はそれを当たり前に思っているのだろうか? でも、妖精の持ち物をすべて人が奪ったら、人はどこに資源を求めるのだろう。

老いた座敷童

2004/07/29

 いろいろと懸案を抱え、霊界に相談を持ち込みたいと考えていたある晩。疲れて後は翌日考えようと、眠りに落ちる直前に、ふと部屋に、顔つきは老けているが、姿が子供のような霊がいるのを感じた。集中すると光景が広がり、紺の着物を着て、母方の実家の座敷に座っているのが見えた。私と波動が会った瞬間、すなわち、光景が認識できた瞬間に、この霊が深々と頭を下げて挨拶をする。

 「龍神様の回答の準備が出来るまでお相手をせよと申し受けました」</p><p>

 「あれ、あなたは、私が子供の頃に田舎に遊びに行くと、いつも相手をしていてくれた霊?」

 言葉で考える癖が強いとなかなか判りませんが、肉体を持たぬ霊は言葉(文字)によるコミュニケーションを主用いたしません。そして、イメージ≒光景≒言葉という近似式が成り立ちます。つまり、観ると同時に意味が分かるのが、ごく普通の感覚です。

 「あなたの夢の中に入るのは楽しかった」

 「ああ!、あの洞窟をまた見たいな」

 子供の頃に、我が家にいながら見た夢なのですが、田舎に遊びに行ったら、床の間の掛け軸の裏側に入り口があって、そこから鍾乳洞に入れたのです。その鍾乳洞の探検はまるでジェットコースターで走り回るようで、なにやら冒険映画の一シーンの様でもあり、霊的体験というより映画の影響ではと思わしめるほどでした。しかも冒険を堪能して、朝、気がついたら我が家にいたというわけです。妙なリアリティーがいつまでも残っていた事を覚えています。

 田舎・母方の実家は田んぼの真ん中にありますから、床の間から鍾乳洞に入れるはずもないのに、なぜか、それが現実のような気がして頭を離れない。子供心にも一種の霊夢、いわば位階を探検したのだと固く信じて、記憶の片隅に残っていたのです。そういえばその探検の時の同行者が目の前に座っている霊ではありませんか。

 そう回想していると眼前に広がる光景が鍾乳洞に変わる……

 「私たちは想念の中に風景を感じます。子供の夢は、驚きと喜びに満ちあふれて、私たちを楽しませます。私は幼くして死んだ子供の霊なのですが、霊界にすぐさま入ってしまうと、子供だけが感じられる、わくわく、どきどき、とした体験をなかなかすることが出来ません。すぐさま空想が形になって見えるし、興奮すべき用件もなかなかそろわぬ霊界では、見える光景がいつまでも単純なままなのです。だけど、地上の子供らは、なかなか空想が形にならないので、おもちゃを相手にしながら、粘土をこねて巨大な遊園地を組み立てるように一生懸命空想して、なかなか緻密で複雑な夢を見ます。そして子供達が作った夢の中で、一緒に遊ぶのが、私たち水子の霊たち一番の楽しみなのです」

 「うん、うん。霊感なんてない時から、あなたの雰囲気を感じていた事を、一目、あなたを見た時に感じたよ。あの頃が一番幸せだったかもしれない」

 「その後に眼にしたものは、私も見るに耐え難かった。でも今回こういうチャンスがあって良かったと思います。」

 ……しんみりとしたまま、ちょっと沈黙が続き、……

 「残念ながら、龍神様の準備が整わぬようです。本日はこれで失礼します。お休みなさい」

 「お休みなさい」

 子供が無心に空想の中で遊ぶ。その空想の中で水子の霊たちも一緒に遊んでいるなら、水子の霊が祟るなんて……親の罪悪感につけ込んだ話なんだろうと私は思います。もっとも、お寺の大部分は、金儲けというより、人々の悩みを和らげるために水子供養をしているのでしょうが。

2004-07-29

桜の精と語る

2004/07/29

 小高い丘に桜の巨木が咲き誇っている。そんな光景が見えた一瞬、目の前に女性が一人立っていた。存在感はとても強いが、しかし、見かけ上は小さい……妖精だと感じた。あでやかな打ち掛け、背にはカゲロウのような羽を持っている。桜の精なのだろう。

 そして、私に向かって優雅にお辞儀をする。

 「はじめまして」

 「こんにちは」

 「いくつか質問させてください」

 桜の精は、ゆっくりとうなずく。

私 「失礼ですが、老木の様に見えます。他の木ならば老人の姿を借りるものだとばかり思っていました。」

 「花の咲く木々は、女性の形を借りるものです。そして、華咲く限り、私どもは乙女の姿を恥じる事がありません。心というのはそうあるべきものですわね。」

 確かに。……グウの音もでない。

 「人によっては、花一輪一輪に、妖精が宿るかのように言います。桜の木に妖精があるのか、それとも桜の花一輪にも妖精が宿るのか、どちらなのでしょう。」

 「それは妖精の問題ではありません。私たちはいわば大自然の意思の表れです。一つであってすべて、たくさんであって一つなのです。たとえばあなたが大人に憤り、子供に微笑むかのように、私たちも一本の木として自己を主張する事もあれば、風に舞う花びら一つに意志を込めて人にメッセージを送る事もあります。それぞれは別物のようにも見えるでしょうが、すべては一つの自然の意志です。」

 わき上がる「群体知性」などという無粋な想像をはね除けると、相手はゆっくりとうなずいた。

 「私たちにはそもそも「個」という概念がありません。ただ、お役目があるだけの事です。ですから別段、元々小さいものがたくさん集まって一つの意識を持ったわけではないのです。本当は、とっても大きなものから必要な大きさの一滴が別れてこうして話しているのです。」

 この時は自然に話を続けたが、念のために説明を入れると、意念の交流では、どうしても雑念が混じり込む事がある。精神統一の修行で、雑念はただ流せばよいと教えるのは、この雑念が意念の交流の妨げになるからだ。消そうとじたばたするとかえって雑念が強くなるのは、対人関係に似ている。騒がしい人に「うるさい」と注意すると、ますます騒がしくなるようなものだ。相手にしなければそのうち気にもならなくなるのである。

 それはともかく、ひとしきり疑念が払拭されると、私にも話を聞く準備が出来てきた。それを見計らうように桜の精が語りかける。

 「私たちの話を聞きたがる霊媒がいるというので、お訪ね致しました。付いては少し聞いていただきたいことがあります。

……その背後に数人の老若の姿をとった妖精の姿が見えた。

 「この者達は、未だ人と意志を交換するには未熟な精達です。こうしてお連れ致しましたのは、こういう事であります。私たち妖精も、本来は人様とじっくりお話しし、そしてお互いに良い関係を作り出していきたいのです。しかし、人には霊的な感応能力は限られております。」

 「私たちとしても、人のものの考え方や価値観を理解する事が難しく、不慣れな精達では、真剣に話しても何やら冗談と思われる始末。本当はお話ししたくて焦れているのに、人様には何やらいたずらしているようにしか見えないご様子。それでは……と嘆息していたものなのです。」

 「どうぞ草木のお好きな方は、私たちにも話しかけてくださるよう、お伝えください。すべての草木は、私たち、自然の精が宿り、それを道具に人々と交流する事が出来ます。ただ、その上手な方法を習得するのに手を貸して頂きたいのです。」

 様々な意念が私になだれ込む。皆が一斉に意見を言い出したようなものだ。それはただ妖精が騒いだというのではなく、私にわき上がる雑念に皆が反応したという事らしい。
 ため息と共に気持ちを整える。すると誰のものと区別する事の出来ない意志に私も組み込まれてしまった。


 本日、皆でそろって、申し上げたいのは、こういう事です。

 私どもは、『人は人の道ばかりを探して歩くのではなく、この自然の中、自分の果たす役割についてもっと思慮を働かせるべきでは』と思うております。

 いくら人として立派であろうと、その人々が暮らしているのは自然を痛めた上に成り立つ文明です。それでは、いずれは都市の明かりも消え、文明も滅びていきます。近年、環境保護活動が盛んになりましたが、それも所詮は痛めた自然を元に戻そうとするだけの事。人はどんどん増えるのに、自然をそのままにどうして保てましょうか。

 人が、文明が、そして都市が発展していく時には、同時に、すべての生物と共に発展していく、そういう考えが大切なのです。

 いずれ人は、月、そして、その先の火星にまで生活の場所を広げていくのでしょう。そして、人々と共にならば、私たちは不毛で過酷な宇宙に広がっていけるのです。大切なのはそういう関係です。植物を、そして、動物を守るというのが、必ずしも今の、そして過去の保存であってはなりません。共に前に進む事が大切なのです。

 しかし、人の助けが必要だからといって、私どもは、物質に支配された人類の精神を、私どもの盟主として仰ぐつもりはございません。もしも人間が大自然に対する畏敬の念、せめて、私どもに対する友愛の念を失ったなら、私どもは別の手によって、私たちの世界を広げていくでしょう。

 今は、そういう時代なのです。もうそういう選択の時が迫っているのです。

 私どもは長い事、人々と助け合って参りました。なるほど人類は大自然の中にあって、乱暴きわまりない暴君であり、非情の簒奪者でもあります。しかし、人類が奪えるものはすべて、人類の未来が抵当となっているのです。人々が一方的に奪ったつもりでいたところで、ただ未来が貧しくなるだけの事。それを知っている私ども妖精は、その人類の所行を恨みは致しません。しかし、このまま行けば、私どもの忍耐も、報われることなく無為に消えていくでしょう。

 因果応報とはいえ、私どもも人々がいなくなる事は寂しい。人類が滅びていくのを見るのは辛いのです。……どうか未来を失いませんように。


……なんだか、さらりと重大な話をしているようだ。

太い男性の声が響く。

『人類は多くの生き物を絶滅に追い込んだ。いずれ強大なる存在が地上に現れ、人類を邪魔に感じたとしたらどうなるだろう? 人類が生存権を主張したところで、誰が人類を助けようとするのか。人々が牛や豚を殺して食うように、人々を家畜として扱うものが現れぬといえるか。因果応報とはかくも無情なものだ。人類の過ちを救うのは愛情であるが、人は人との間だけの愛情を大事にするが、他に愛情を注ぐ事を忘れてはなるまい』

……耳にたこができるぐらい、繰り返し聞いた、私の指導霊の持論だ。うん。そういえば、私のHPの更新でも、自身の向上をテーマにしても自然との強調というテーマはおざなりだったね。それだけじゃいけない。確かに、確かに…… 

愛と正義の損失

2004/07/29

04年 07月 28日


 子供は特に教えられるわけでもないのに、言葉を習得していきます。しかし、愛とか、正義の意味は、どうして理解するのでしょう? 虐待されて育った子供が、いつ、愛と正義の意味を知るのか、この世にはないものの代名詞だなんて、思わずにいられるでしょうか?

 大人になれば、より広い交際や、勉強を通じて、より普遍的な言葉の使い方を習得していくのでしょうが、核家庭化が進んだ昨今、親のわがままから逃げる場もない子供達が、一体、どうやって、愛や正義といった言葉の意味を学ぶというのでしょうか。

 家庭にあるのが愛という名の執着心であるなら?

 家庭にあるのが正義という名の独善であるなら?

 現代に於いて、愛や正義という言葉が空虚なものになったのは、一時的な風潮ではなく、世の中を支える人間、その人間を生み出す家庭がゆがんでいるのではありますまいか。そして、人間のゆがみがまた家庭のゆがみを生み出す。悲壮な悪循環に陥っているのではありますまいか。

 幼児虐待やその果てにある折檻死……これらの問題は、戦争よりも重大な問題であると認識せねばなりますまい。


天狗の道楽

2004/07/28

 静岡オフ会出発前夜の事です。朝早くから車で出かけるという事で、そうそうに眠りについた私は、夢の中で車を運転していました。場所はなにやら自動車教習所のような光景。私のハンドル操作に従って車は自由に右にまがり……いや、なんだかすごくハンドルが重い。また、左にハンドルを切ると……いやこれまた重い、

 アクセルを踏んでもスピードが上がらず、ブレーキを踏んでもスピードが落ちず、充分な原則が出来ないまま、急カーブで駐車場に入り、車輪止めにぶつかって「ガリ!」という嫌な音を立ててようやく車が止まりました。

『げ! 明日ドライブだというのに車をこする夢なんて、縁起が悪いなぁ』と思って目が醒めた。夢の中で夢を見ていると思うのだから始末が悪い。どれほど寝たのだろうかと時計を確認すると12時50分、

『おい、寝てから一時間もたってないじゃないか。再び寝られるのかなぁ』

 ハンドルが異様に重かったのを無理に操作しようとしたためか、腕が痛い。ブレーキペダルを一生懸命踏んだ足にも筋肉痛が残る。

『夢にうなされて筋肉痛かよ……』

 無理に寝ようとする私のまぶたの裏に、ばつの悪そうに頭をかいている天狗の姿が映る。いや、天狗といっても、行者風の服装をしているわけではない。鼻は高いというより団子鼻、別段、高下駄を履いているわけでもない。ただあごの張った顔つきで、いつもの天狗と気がついたのだ。

天狗 『すまんすまん。地上の車を真似て幽界でも作ってみたが、そんなに運転しづらかったか? ブレーキが効かぬ!と驚かせてしまったので、まずは目覚めさせたが大丈夫か?』

 ハッと思い出す。文字通り夢中だったからすっかり忘れていたが、車の試運転に参加していたのだ。

私 『変なんだ。右に曲がるし、左にも曲がる。アクセルも働くし、ブレーキも働く、ただ、微妙な操作がどうにも重たい。どうにも考えてみると、想念の車だから、右に回れと思えば曲がるし、左に曲がれと思えば曲がるわけだけど、実際の車の運転では、切りすぎたハンドルを微妙に左右に動かして曲がる角度を調整するのに、そんな事はいちいち頭で考えないからね。だから、押さえのハンドル操作が異様に重たくて、それで筋肉痛になったみたいだ。』

天狗 『わしらならば平気なんだが? 無意識の身体の動きが読めなかったのだろうか?』

私 『ちょっと待てよ、私の守護霊を呼んでよ。質問したい事が出来たから』

天狗 『まて、今、手が離せなくて、時間が掛かるらしい。』

 うつらうつらしながら待っていると……

守護霊 『どうした?』

私  『いや、幽界の自動車を運転していたら筋肉痛になっちゃって、どうやら無意識の筋肉の働きが車に伝わらなかったみたいなんだ。という事は、たとえば死の直後、慣れないうちに幽界などで木刀を振り回すときにも、重たく感じたりするのだろうか?』

守護霊 『うーん。そんな話は聞いた事がないな。ちょっと調べてきてあげよう』

天狗 『ふーん、難しいものだな。』

 しばらく後、

守護霊 『死後に道具が重たくて扱えないという話は聞かない。詳しい人に聞いたら、それは、身体の感覚が充分に切れていないまま魂が幽界入りしたからだろうとの事だ。つまり、幽体を動かそうとすると手足も一緒に動こうとするが身体が眠っているので手足が重く感じたのだろう。一種の金縛りだったのだな』

 なるほど……でも、手足の筋肉痛はともかく、夢の中で車をぶつけた事でまだ動悸が激しい。

守護霊 『安心して寝なさい。明日は交通事故を起こしたりしないから。楽しいオフ会になるよ。』

……うちの守護霊の非力さは往々感じる。もうちょっと押しの強いところを見せてくれぇ等と泣きたい時もあるが、大丈夫といった時は絶対大丈夫だという、その安心感は裏切られた事がない。ようやく気がゆるんで眠くなる。

天狗 『これに懲りるなよ?』

私  『ああまた遊ぼう、いやちがった、また心霊研究しよう。今日はありがとう。身体は痛いけど、とても興味深かったよ。うん。痛いから印象深かったな……』


 翌日、いやすでに当日になっていたが、出発前にトラブルはなく、スムーズに参加者と合流し、無事にオフ会を終えて帰宅したのだった。

岩窟訪問

2004/07/27

 この夜は、どうにも寝苦しい、うつらうつらして、ふと気がつくと崖の前に立っていた。又幽界である。中ほどに木製の格子がはめ込まれた丸い穴があいていて、そこまで崖が石段状に刻まれている。

 せかされてその階段を上る、私を急かしたのは三人の天狗の子供達だった。

『面白いところがあったら案内しろといっただろう?』と言われた。うーん。明日の寝不足が怖い。第一、覚えてメモが取れなければ意味がない。まあいいか。

 穴をのぞいても中は真っ暗で何も見えない。すると子供たちは穴に向かって盛んにはやしたて始めた。なんと乱暴な事を……と思って子供等に尋ねると、この穴には隠者が住んでいて、どんなに声をかけても決して出てこないのだそうだ。出てこないのが修行なのだから声をかけるのは悪い事ではないという。やれやれ……子供等とともに石段を降りて腰をおろす。

 「どんな事情があるのか知れないけれど、こもっている者を引きずり出すのも意地の悪い話ではないか……」いい終わらぬうちに人の気配にふと振り返ると、背後に身の丈60センチほどの髪はぼうぼう、ヒゲぼうぼう、ぼろぼろの野良着のような服を着ている一人の男が立っていた。

 「ちょっといいか」男は話し出した。

 「あんたの噂は聞いている。私はこの穴にこもっていたコウというものである。見てのとおり人として生を受けた事のない男だが、長い事、人世を見ていてふと疑問に思ったことがあり、出家……といっても僧になるわけでもなく、神様からのお勤めを一切断ってここに暮らしている。

 疑問というのは他でもない。なぜ人々の魂はいろいろと修行をさせられているのに、わしら自然霊の者どもはいつまでも同じ仕事で代わり映えもない暮らしを続けるのだろう。わしらだって修行をしてはいけない法はあるまい。だが、修行する機会がトンとないのはなぜだろう。わしらはお造りになられた神様に見放されているのだろうか……」

 いい終わらぬうちにコウは頭を抱え込んだ。そばにいる私にもわかるたくさんの思念がコウの元に集まっている。

 思わず私が呶鳴りだした……いつものように

 『うるさい、うるさい、うるさいあっちへ行け、低級霊どもめ、人が真摯に考えているのにすぐにくちばしを挿みやがって、お前等の考えなんて風で木の葉が舞う程度のつまらん物じゃないか。』無理に言葉にするとこういう感じだけど、要するにつまらぬ話は聞きたくないという意思表明をバンと送りつけた。そして、不満げな気配とともに雰囲気がだいぶ静まっていった。

 「私にも覚えがあるよ。なんかちょっと哲学的なことを考えようとすると、途端にそれは違うとか、これはああだとかいう霊信が頭の中になだれ込んでくる。自分たちはこれだけ難しい事を知っているんだ、と自慢したそうな感じでね。だけどさ、事実にそんな違いがあるはずはないのだから、現実を知る霊からの通信ならごった煮みたいな意見になるはずがない。奴等、知らないくせに知ったかしているんだよな。」

 コウはしたりと肯いた。……私の事を知っているというのは、この怒鳴り声を聞いていたということか。

 「だけど、自然霊が修行しちゃいけないなんて法はしらないし、それどころか修行がないとも思えない。それにしてもこんなにくだらない霊信がなだれ込んだら思索も出来やしないよな。」

 すると助言者を送る……という声が鳴り響き、私の目の前に、一人の女性の霊が現れた、私の良く知る、先生の守護霊だ。

「そう、間違った考えは霊界(幽界)中に蔓延しているの、その考えの一つ一つを神様達は正したりしません。ただ、正しい思索は神様の御胸とつながるでしょう? すると暖かな同意の念をいただけます。そういう思索が正しくて、他にいろいろと考えているのは周囲の霊達の雑念に巻かれて迷子になってしまうからいけないのです。常に精神統一を心がけなさいね。霊界でいろいろ考えるというのは風の吹いている中に旗を立てるようなもの。途端に風に巻かれて足元が揺らぐものなのですよ。」と、教えて去っていった。

 なるほど……と思う。そういえば、理屈っぽい私の事を良く叱っていたっけな……と思いコウの方に振り向く。

「人は体の中にもこもって、他人の思念に鈍感になっているから自分の考えを養えるのに、私は洞窟にこもっても、何か考えるたびにいろいろな思念を寄せられてしまう」とうなだれてしまった。

「私は間違った事を考えたいのでなく、いろいろと考えてみたいのだ。それだけなのだが」

 他人事ではない。自分らしく考える事が叶わない世界なんて、私にとっては地獄に均しい、すると天の声が聞こえた。

『幽界というのは、お互いの距離が近すぎるのだ、だからたちどころにいろいろ学べるが、自分の考えを育てるのは難しいところだ、もっと高い霊界に上っていけばいくらでも自分の考えを育てていけるよ、暫くの辛抱だ』と聞こえた。そんな言葉に関心を持つ間もなく自分の意識が変わるのを感じた。私に支配霊が懸かったのだろう。

『コウ、お前は人まねをして言葉で理屈を考えようとしているだろう。だが、人の言葉というのは意見を伝えるのには便利だが事実の半分も伝えられぬ愚劣なものである。お前が思索に用いるべきは神の言葉であって、それに慣れれば幽界にあっても思索は出来る。みよ、欲深い人を見て考えるのにいちいち欲深い人を思えば、不快な霊達とつながるのは当然の事である。下を見ずに、上を見て考えなさい。お前達自然霊は、修行をしていけないのではない、無駄な修行をする必要がないのだ。人間のマネなど下らぬ。さあ、手伝ってあげよう。』

 我に返ると、私の目の前には三人の天狗の子供がいて、見上げるとコウは洞窟に戻るところだった。どうやら、納得したらしい。

『また訪ねてきておくれ』……声だけで姿の見えぬコウに向かって手を振りつつ、天狗の子らと帰途についた。……筈が、気がつくと朝だった。

霊界の喧嘩騒ぎ

2004/07/26

 深い眠りに落ちるつもりが、むしろ頭がクリアーになった。

 私は今、杉木立を天から見下ろしている。木々の間には天狗と思しきものたちが数十組、棒や木刀で打ち合っている。まるで剣術の練習風だ。とはいえ、その光景は冷静になってみると滑稽でもある。実際の杉林というより、墨絵のアニメーションみたいな光景で、注目すればいくらでもディテールが見えるのに、全体はなんともとぼけた線画調にしか見えない。まるで、大昔のコンピューターゲームのようだ。

 でも冷気を含んだ春先の風のような、さわやかな気配と木々の香りが感じられた。

 観察していると、声を懸けられた。気がつくと隣に天狗がいた。

『随分と怖い思いをしたようだな。だがどうだ、ここの景色は』

『とてもすがすがしい。きもちいいよ』

『よければ遊んでいけ』

 地上に降り立った私の周りを取り囲んだのは、14、5歳の子供に見える天狗達だった。いや天狗といっても山伏風の衣装をしていて、手や顔の毛が濃いというだけのこと、別に烏天狗もいなければ鼻の長い大天狗もいない。で、わたしは子供の頃から天狗伝説のある神奈川の山々が好きであったので、別段天狗に警戒心もなく、天狗の輪に囲まれた事を素直に喜んだ。

 そしてせっかくだからと、先に見た夢の話をした。

 『君等、霊魂なのに個人の鍛錬をしていたね。でもつい先ほど、私はとても怖い思いをしたんだ。子猫のいたずらを邪魔したら、怒らせてしまい、気がついたらたくさんの猫達に襲われたんだよ。いや、ほうほうの呈で追い払ったのだけど、してみると、棒やら木刀やらでいちいち打ちかかるのは、ああいう場合、身を守る事にはならないと思う。もっとうまい方法を練習しなくていいのかな? それでなくても個人競争よりも、協調性を伸ばすような鍛錬が必要なのでは?』と問い掛けると、口々に、私等のやり方が一番いいに決まっている。他にどんな方法があるのかさ……と、いいはやすので、たとえば……と、実演して見せた。なにせほら、想念の世界では風景さえも、関係者全員の心だから、共有する魂が清らかならば、清らかな風景になるし、いたずら想念を抱けば大地も揺れるわけで……まあ、何とか、ビビラせることに成功した。

 指導役の天狗が言うには、

『うーん。こういうことは試した事がないが、お前の言うように怖い思いをすることがあるなら、わしらもこういう事を学ばねばなるまいな。だが、その前に長老に話をしてみなければなるまいて。』

 すると突然、天にいくつか黄色い光球が現れた。中の一つはオレンジがかっているのが少々気になったが、一番大きな光球が『わしは杉山僧正である』と名乗った。

 ふと気がついて、霊体に意識を集めると、五人の取り巻きを連れた、一人の天狗が見える。幽体と霊体とを同時に見るのはテレビのザッピング見たいでどうにも落ち着かない。幽体の天狗たちにとりあえずいとまを告げて、杉山僧正に意識を集めた。


 岩間山人で有名な杉山組正か……と思うが、どうせ審神《さにわ》の方法もない。事実は追々明らかになるのだろうから、とりあえず、その名を信じる事にした。なお、何度か字を確認したが、「杉山組正」ではなく、この天狗は「杉山僧正」だそうだ。これは僧侶の階級ではなく、修験道の階級だということだ。

 さて、ざっと事情を説明すると、杉山僧正は、

『なるほど、そのような思いをしたのであれば、身を守るのに工夫が必要だろうな、だが、果たして私の術が、お前の術よりも劣るものだろうか。これは一勝負せねばなるまい。』

 別に敵意があるわけでなし、私も思い上がって勝負を挑んだわけではなく、ただ、体験談を語ったのみ。試合程度の事ならばおじけ付く必要もないことと勝負を受けた。すると僧正は、

『では早速幽体を用意いたす。しばしば待たれい』という。

『ちょっと待った! 何で霊体のままではいけないんだ? やり方に違いがあるわけじゃなし。』

 怪訝な顔をして僧正がいう。

『霊界というのは調和が大切な世界である。そこで試合といえども乱闘を行うのは決してよろしくはあるまい。だから幽界に降り立って試合をせんというのだ。』

『だって、悪い霊だって幽体を失って霊界に行き、わるさをするかもしれないじゃないか』

『そのような輩は神様がご処分いたす。わしらが考える事ではない。』

『それは常識で、何も乱暴な方法で身を守るというのもおかしな話。なら、なんで、若い天狗たちには武術を習わしているのですか?』

『それは精神力の鍛錬であり、身を守る為にでは御座らん』

『だったら、霊体で試合をしてもおかしくはないはずです。別に悪意で持って争うわけでなし。』

『それもそうだ……』

 なんだかバカらしくなり結局、幽体をまとって子天狗たちの下に降り立った。

 口々にどちらが勝ったのかと子天狗が聞く。

『うむ、競う事には意味がないと話し合いで決着がついた。霊界では皆こうして話し合いで決めるのじゃ。天狗らの武術にはなるほど個人を大切にするという欠点があるのは、この人のいわれる通り、それはわしらの負けじゃ。だが、皆、自分を鍛えようとするのは大切な事じゃ。そのことはわしらの勝ちじゃ。』

『フーン』と子供達。皆怪訝な貌をしている。

 こうしている間にも、この天狗達のかもし出す雰囲気がとても気に入って、私も別れ難くなってきた。でも……

『私はそろそろ戻らないと。身体の疲れが取れないと明日の仕事に差し支える。話は途中になってしまうけれど、いずれどこか面白いところがあるならつれていってよ……』と、童心に帰って挨拶する。それに子供達が応じてくれた。かわいいけれど、たぶん地上的な視点で、この子らを見たら私はビビるんだろうな。

 僧正の取り巻きの一人が別れしないにこう挨拶した。

『先ほどは、自慢話の好きな奴とばかりに、偏見を持って悪かった。奇抜なようで見たままをいっていたのだな……』

色の濃い光球に見えた霊だった。

 そして再び眠りに落ちた。

私はまだまだ若いぞ!

2004/07/25

04年 07月 25日


「私はまだまだ若いぞ!」等と私がいうと、周囲の人々は少々痛々しい……らしい。

 べつに、「今の若い者」に迎合しようなどとは思わない。また、時の流れに逆らうほど愚かしくもない。しかし、労《いたわ》られるなら甘受もするが、年寄り扱いされると正直、腹が立つ。私は老人ではなく中堅クラスの年齢なのだ。

 中堅クラスのつもりがそれ以上の老人扱いされることに腹が立つわけではない。私は年齢相応に、(いや内心では年齢以上に)人間としての内容を充実させてきたつもりなのだ。つまり、内容以上に年寄り扱いされる=内容がない人間だといわれることに腹が立つのである。……まあ、そういうのは見る目のない奴だろうが、ねぇ、そう思いませんか?

 更にいえば、「年齢相応の内容」のなんたるかを知っている人が本当に少なくなったと思うのだ。そう、若さなんて、生まれた時から誰でも持っている。私だって持っていたのだ。老神と名乗る私だって、0歳の時もあれば、3歳の時もある。そして輝かしい17歳の時もあり、絶望と戦った18歳もあって今の私がある。……そう言おうものならば、年寄りの負け惜しみ扱いされてしまう……だから私は微笑んで年寄り扱いを受け止める。

心の底では、『これから君が進むべき道を私は知っている。そして、侮蔑に耐えられる私は、あなたの苦労を見て見ぬふりをすることも出来るだろうね。』って、思いながら。

・・・・・・・

 ……さて、いささか、トップページの内容に相応しからざる惨めったらしい内容であろうか。いや別に本日年寄り扱いされたというわけでもない。むしろ逆、今日、山歩きをしていて、案外自分の肉体年齢の若いことに気がついた。まあ、若いかどうかは相対的な内容でありますが。……で、自分なりにその違いを考えてみたのです。

 別段、私の肉体年齢が絶対的、又は一般と比べて若いわけではない、そう思います。では、たまたま私を増長させたのは何か、おそらくそれは目的意識だと思うのです。私はこの苦しい道のりの先にあるものを理解し、それを楽しみに歩むことが出来ます。しかし、嫌々同行した人なら、歩くのが嫌になるというものです。

 そして年寄り扱いする人に対して辛辣なイヤミを綴ったのはこういう事です。『若さに甘えて年齢の持つ意味を忘れている人があまりに多くないか?』てね。

 たとえば、私の眼前で、『もう若くないんだなぁ、て、思い知りましたよ』と言ったあなた。歳を取るのは自然の摂理です。しかし、年齢相応に自分の内容を充実させていなければ、たとえば18才の青年だって、世の中に出るのに恥ずかしいのですよ。

 意味を知らずに言葉を扱い、その言葉に騙されて真実を見失っている人がとても多いと思います。


子猫豹変

2004/07/24

 夢の中で私はパソコンの前に坐っていた。心なしかキーボードの周りがきれいだった。そこに二匹の子猫が現れた。どうも片方は、もう一方の影のように感じなくもないから、おそらくこの子猫も寝ていて想念の世界に紛れ込んだのだろう。

 この影は無視して話を進めるが、一匹の子猫が机の周りを駆け回る。それはもうキーボードの上もべたべたと踏みつけている。

 「こらこら邪魔じゃないか」と猫をどけようとすると、気に入らないのか噛み付こうとする。余りしつこいのでとうとう叩いてしまったら、猫が憎しみで黒ずみ身体も心なしか大きくなった。噛み付こうとする子猫ともみ合うたびに猫がどんどん大きくなり、いつしか私よりも大きくなってしまった。

 私も恐怖心から必死に抗うが、子猫の憎悪が、他の猫達を呼び寄せてしまい、まるで竜巻のようになって私の周りを駆け巡っている。もみ合いが続きふっと気がついた、もつれた糸はほぐすのにはコツがある……一瞬で静けさが戻り薄暗い中に想念が生み出す黒い霧が未だに漂っている。

 すると突然、女性の声が聞こえた。

『生き物はみな、生きるのに忙しいから、一つ恨みをいつまでも抱えつづける事は出来ません。もっと目先の大切な問題に気を捕られて恨みを忘れてしまうものです。特にか弱い子猫にしてみればいちいち恨んでいては身が持ちはしません。でも、身体を失って想念だけになれば、いくらでも恨みを大きくしていけるのですよ。

『子猫のささやかなイタズラだって、扱いを間違えれば化け猫のように育ててしまう事にもなります。人の魂は理屈を大切にしますから中々犬猫の霊とは接点がありませんが、一度拗れると、頭を下げても、わびをいっても獣には伝わらぬ事をよく覚えておきなさい。』

 支配霊の一人の声だった。これは授業だったのだ……でも怖かった。理屈云々ではなく下腹部にどっしりと恐怖感が腰を据えている。

 うん、でも、この夢の中でディテールをはしょった部分は、怪談話のネタにつかえるかな……とそろばん勘定の様な負け惜しみを心に浮かべつつ、又眠りの深みに落ちた。

お知らせBy老神いさお。

・スマートホン
iPhone/Androidで閲覧時に、最適化したページが表示出来るようになりました。よろしければ、ご感想をお寄せ下さい。

・サイト再構築中
移行途中のデータが時折、トップページに掲載されますが、編集作業の都合ですので、今しばらくご容赦ください。旧作については、本文右上に日付が記載されます。

・ページ更新
 現在:1056㌻
 復旧予定: 残り480㌻位・・・

老研カレンダー
老研イベントリスト
みにみにぶろぐ
  • ・原発全廃
  • ・その後悔の帳尻が合う生き方をしているか?
  • ・我が国だけが原子力を全廃しても、隣国が原子力発電を推進すれば、危険性は無くならない。
  • ・生きるとは生むことである。
  • ・いろいろなる不平不満はあるだろう。だが人は歩んでいる。
  • ・与えられる事を当たり前に思っている者が飢える。
  • ・なぜ、争うのだろう? 事態はただ現実への妥協を求めているだけなのに。
  • ・ 見せられると信じたくなる
  • ・豊かな者は足りぬものに気が付かず、知りたる者は、知らざることに気が付かぬ。……
  • ・ 心に不満が生じるのは、あなたが焦っている証。もう少しゆっくりと生きなさい。

More »

サイト内検索
アーカイブ
サブ・サイト