小高い丘に桜の巨木が咲き誇っている。そんな光景が見えた一瞬、目の前に女性が一人立っていた。存在感はとても強いが、しかし、見かけ上は小さい……妖精だと感じた。あでやかな打ち掛け、背にはカゲロウのような羽を持っている。桜の精なのだろう。
そして、私に向かって優雅にお辞儀をする。
私 「はじめまして」
桜 「こんにちは」
私 「いくつか質問させてください」
桜の精は、ゆっくりとうなずく。
私 「失礼ですが、老木の様に見えます。他の木ならば老人の姿を借りるものだとばかり思っていました。」
桜 「花の咲く木々は、女性の形を借りるものです。そして、華咲く限り、私どもは乙女の姿を恥じる事がありません。心というのはそうあるべきものですわね。」
確かに。……グウの音もでない。
私 「人によっては、花一輪一輪に、妖精が宿るかのように言います。桜の木に妖精があるのか、それとも桜の花一輪にも妖精が宿るのか、どちらなのでしょう。」
桜 「それは妖精の問題ではありません。私たちはいわば大自然の意思の表れです。一つであってすべて、たくさんであって一つなのです。たとえばあなたが大人に憤り、子供に微笑むかのように、私たちも一本の木として自己を主張する事もあれば、風に舞う花びら一つに意志を込めて人にメッセージを送る事もあります。それぞれは別物のようにも見えるでしょうが、すべては一つの自然の意志です。」
わき上がる「群体知性」などという無粋な想像をはね除けると、相手はゆっくりとうなずいた。
桜 「私たちにはそもそも「個」という概念がありません。ただ、お役目があるだけの事です。ですから別段、元々小さいものがたくさん集まって一つの意識を持ったわけではないのです。本当は、とっても大きなものから必要な大きさの一滴が別れてこうして話しているのです。」
この時は自然に話を続けたが、念のために説明を入れると、意念の交流では、どうしても雑念が混じり込む事がある。精神統一の修行で、雑念はただ流せばよいと教えるのは、この雑念が意念の交流の妨げになるからだ。消そうとじたばたするとかえって雑念が強くなるのは、対人関係に似ている。騒がしい人に「うるさい」と注意すると、ますます騒がしくなるようなものだ。相手にしなければそのうち気にもならなくなるのである。
それはともかく、ひとしきり疑念が払拭されると、私にも話を聞く準備が出来てきた。それを見計らうように桜の精が語りかける。
桜 「私たちの話を聞きたがる霊媒がいるというので、お訪ね致しました。付いては少し聞いていただきたいことがあります。
……その背後に数人の老若の姿をとった妖精の姿が見えた。
桜 「この者達は、未だ人と意志を交換するには未熟な精達です。こうしてお連れ致しましたのは、こういう事であります。私たち妖精も、本来は人様とじっくりお話しし、そしてお互いに良い関係を作り出していきたいのです。しかし、人には霊的な感応能力は限られております。」
桜 「私たちとしても、人のものの考え方や価値観を理解する事が難しく、不慣れな精達では、真剣に話しても何やら冗談と思われる始末。本当はお話ししたくて焦れているのに、人様には何やらいたずらしているようにしか見えないご様子。それでは……と嘆息していたものなのです。」
桜 「どうぞ草木のお好きな方は、私たちにも話しかけてくださるよう、お伝えください。すべての草木は、私たち、自然の精が宿り、それを道具に人々と交流する事が出来ます。ただ、その上手な方法を習得するのに手を貸して頂きたいのです。」
様々な意念が私になだれ込む。皆が一斉に意見を言い出したようなものだ。それはただ妖精が騒いだというのではなく、私にわき上がる雑念に皆が反応したという事らしい。
ため息と共に気持ちを整える。すると誰のものと区別する事の出来ない意志に私も組み込まれてしまった。
本日、皆でそろって、申し上げたいのは、こういう事です。
私どもは、『人は人の道ばかりを探して歩くのではなく、この自然の中、自分の果たす役割についてもっと思慮を働かせるべきでは』と思うております。
いくら人として立派であろうと、その人々が暮らしているのは自然を痛めた上に成り立つ文明です。それでは、いずれは都市の明かりも消え、文明も滅びていきます。近年、環境保護活動が盛んになりましたが、それも所詮は痛めた自然を元に戻そうとするだけの事。人はどんどん増えるのに、自然をそのままにどうして保てましょうか。
人が、文明が、そして都市が発展していく時には、同時に、すべての生物と共に発展していく、そういう考えが大切なのです。
いずれ人は、月、そして、その先の火星にまで生活の場所を広げていくのでしょう。そして、人々と共にならば、私たちは不毛で過酷な宇宙に広がっていけるのです。大切なのはそういう関係です。植物を、そして、動物を守るというのが、必ずしも今の、そして過去の保存であってはなりません。共に前に進む事が大切なのです。
しかし、人の助けが必要だからといって、私どもは、物質に支配された人類の精神を、私どもの盟主として仰ぐつもりはございません。もしも人間が大自然に対する畏敬の念、せめて、私どもに対する友愛の念を失ったなら、私どもは別の手によって、私たちの世界を広げていくでしょう。
今は、そういう時代なのです。もうそういう選択の時が迫っているのです。
私どもは長い事、人々と助け合って参りました。なるほど人類は大自然の中にあって、乱暴きわまりない暴君であり、非情の簒奪者でもあります。しかし、人類が奪えるものはすべて、人類の未来が抵当となっているのです。人々が一方的に奪ったつもりでいたところで、ただ未来が貧しくなるだけの事。それを知っている私ども妖精は、その人類の所行を恨みは致しません。しかし、このまま行けば、私どもの忍耐も、報われることなく無為に消えていくでしょう。
因果応報とはいえ、私どもも人々がいなくなる事は寂しい。人類が滅びていくのを見るのは辛いのです。……どうか未来を失いませんように。
……なんだか、さらりと重大な話をしているようだ。
太い男性の声が響く。
『人類は多くの生き物を絶滅に追い込んだ。いずれ強大なる存在が地上に現れ、人類を邪魔に感じたとしたらどうなるだろう? 人類が生存権を主張したところで、誰が人類を助けようとするのか。人々が牛や豚を殺して食うように、人々を家畜として扱うものが現れぬといえるか。因果応報とはかくも無情なものだ。人類の過ちを救うのは愛情であるが、人は人との間だけの愛情を大事にするが、他に愛情を注ぐ事を忘れてはなるまい』
……耳にたこができるぐらい、繰り返し聞いた、私の指導霊の持論だ。うん。そういえば、私のHPの更新でも、自身の向上をテーマにしても自然との強調というテーマはおざなりだったね。それだけじゃいけない。確かに、確かに……