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10月15日(オンライン)

2003/10/15

10月15日(オンライン)


 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


 どうも最近、守護霊に関する変な……海の魚が空を飛んでいるような……質問を多く受けます。私は何も他所で心霊を学んだ人を拒絶しようとは思いませんが、私がいってもいない事、しかもへんてこな質問をされるのははっきりいって不愉快です。

 守護霊はむろん、皆様の幸福のために、一生懸命働いているというのは、私も同意する所なのです。しかし、幸福とは何か、ここに私とそうでない方との間に大きな差異が生じてきます。

 一口に、あの世この世と区別しますが、顕幽は相対ではありません。肉体に縛られているのがこの世、その制約がないのがあの世なのです。生きている人と、死んだ人と果たしてどちらが幸せか……この違いは、いわば海に潜って貝を集める海女の仕事に似ています。海に潜るのは身体も冷えるし危険な仕事でもあります。でも危険を冒して深く潜ればこそ、海の幸を集められるのです。

 海女は、海に潜りたいから潜るのではなく、海の幸を集めたいから海に潜るのです。潜らなくても収穫があるのなら、どうして海女は海に潜るというのでしょうか。

 人生も同様です。いくら長生きした所で、何の収穫もなければ、空手の海女です。それならいっそ潜らない方がお腹が空かない、身体が濡れない・冷えない。結構な事です。つまり楽に生きるというのは、矛盾しているのです。それこそ肉体に感化されて、物質的な豊かさを追い掛けたり安穏な生活を送りたがるのと同様です。私たちはもう人生に慣れて、この人生が水底であることを忘れています。でも、水底にいる事だけでなく、収穫する事を忘れてしまっているのが人間なのです。

 私が申し上げたいのは守護霊とは、せっかく海に潜った海女を手ぶらで陸にあげるような真似はしないという事です。ところがどうも趣味で素潜りしているような質問者が最近増えています。つまり収穫はいらないから楽に潜りたいというのです。こういう事は心霊思想を前提に考えると、そもそも潜らなければもっと楽ではないかと思えます。

 苦労というのは、それに見合った報酬がないから苦しく思えるのです。報酬が多ければ苦にならぬのが苦労の面白い所なのに、なんだか、楽する方法、いわば、苦労をうやむやにする事ばかりがもてはやされている昨今。わざわざ苦労しろとはいいませんが、避けられぬ苦労を後回しにして、年老いてからそのツケを払わされてはとても辛い事でしょう。

 肉体の感化で魂の痛みに鈍感になっているとしても、本来、肉体を持つ事はとても苦しいのです。たとえば、動物愛護の精神に富んだ人が、牛や豚や魚たちを食べて暮らしている……可哀想な動物と食べられる動物ではどこが違うのでしょう? 私たちはなるべく食べる事に罪の意識を持たぬようにしてはいますが、本来魂は、こういった罪の意識に苛まれているのが普通です。だからこそ、霊性の顕現を迎えた人が菜食に拘りもするのです。そうやって日々、魂の痛みを生み出しつつ生きているのが人生なのです。だからこそ、痛みから逃れるよりも、その痛みに見合う、またはそれ以上の収穫をもって私たちは霊界に帰りたいものです。

変な質問

 整理します。私が変だというのは、

 人生の苦労を減らす手段を求める事……「会社に行って仕事しないで給料もらえない」に似ています。

 私が心霊主義を通じて学んだ事は、人生の苦労に見合うか、それ以上の収穫を求める事……「会社でちゃんと働いてたくさん給料を貰う」という事です。

 むろん、余暇は大切だと思います。ならば、会社を休んで存分に余暇を楽しめばいい。給料もらえずに毎日会社に行くよりも、五日みっちり働いて、二日みっちり遊ぶ方がよほど充実していると思うのです。つまり「楽したい」という気持ちは同じでも、使命を無いがしろにするか、しないかでその結果は大きく異なると私は思います。

霊査事例1

 とても素直な祈り声が聞こえます。そして周りに6人ほどの霊が佇《たたず》んで、その祈りに耳を傾けています。

 単に、霊査を待つばかりではなく、あなたなりにいろいろと試行錯誤をしている事はとても良い事です。なぜなら、心霊主義とは、救いを待つのでも、救いを求めていくのでもなく、より多くの霊たちと調和を持ち、助け合って前に進む事だからです。調和の中において、自主性は一時的には混乱の元ではありますが、自主性を忘れた調和は一部の努力家に、他の多くがぶら下がるだけになりがちなのです。

 ただし、あなたは生まれつき、他から頼られがちな人です。自分が無償で与えられるのはどこまでであるか、無理をしない為にも、その限界を時々見直しましょう。

 また、良ければ一度、教会なども尋ねてみてください。静かな一時を楽しむ事もあなたにとって良い事です。

霊査事例2

 「感謝する事が大切です」と説教されても、感謝の気持ちなどわき上がりません。

 対抗心をあおられたって、憎む気持ちも湧いてきません。

 自然な暮らしの中で、「ああ、当たり前な生活だって、守られているから当たり前なんだよな……」と思えたら、それが先祖供養の第一歩です。人より多くのお祖父様を持つあなたは先祖の守りの堅い方ですよ。

霊査事例3

 熱心に精神統一している姿が見えます。そこそこに深いのだけど、どううまく繋がっていないのです。不思議に思ってしばらく観察してみますと、周りに幾人もの霊が取り巻いて、ただ見ているのです。あなたには準備が出来ているのに、誰も手を出そうとしない。せっかく、ボールを遠くに投げても誰も受けてくれないから、つまらぬキャッチボールにしかなりません。

 これはどうも、あなたの信仰心、帰依心に問題があるようです。内心で守護霊に絶望してはいませんか? キャッチボールというのは、投げる時は相手の胸に目掛けて投げるのです。ですが、相手の球は必ずしもあなたの胸元に目掛けてくるとは限りません。しかもそれは相方が下手だとは限りません。風が吹くかも知れないし、通行人に当たらぬように相手が工夫をしたのかも知れないのです。

 ボールを受け取れないからといって、不平で口をとがらせる前に、もっと身体全体を左右に動かして、とにかく一球でもボールを拾う事です。そして二球三球と拾えるようになると、信頼感が増してきます。

……念のために申し上げますが、あなたはボールを受けるのが下手だとおもいます。そもそも、人は、失敗からも学べるし、他人の成功・失敗からも学べます。ところがあなたは成功しないと、経験値が増えないかのような錯覚をしています。無事ほどの幸せはないのですよ。

霊査事例4

 小さな幸せと、大きな幸せと、あなたの思い描くのはとても極端で間がありません。小さな方は誰が助けなくても手にはいるが、大きい方は誰が助けても手に入りません。そしてあなたの願いに中間はないから、助けようとする者がいても何も出来ずにいます。

 これもまた、理想が高い上に、自分に厳しいあなたの人生上の傾向です。少しずつ良い方に……それを望画してみませんか。

霊査事例5

 安逸な人生は決して幸せな人生ではありません。それは無価値な人生なのです。

霊査事例6

 何か新しい趣味をはじめたのでしょうか。ちょっと気配が遠のいていますが、いつものあなたの背後さんの声で、「ちゃんと元気にしていますよ」と聞こえました。

 これはあなただけに降りた霊査というわけではないのですが……

 人間、この世に生まれくるには、それなりの気力の後押しが必要です。子供が生まれる、子供として生まれるというのは簡単な仕事ではないのです。

 たとえば災難続きで神も仏もないように見える家であっても、子供を産み出すというのはそれなりに、気力霊力を持った家であるという事です。その気力が失せればそもそも子供なんて生まれてきません。いや配偶者すら迎えぬ事でしょう。

 では、神仏の加護が見えがたい家とは何かというと、要するにその気力霊力を生活の活気に結びつけるのが下手な人々であるという事なのです。

 さて、私の霊媒としての体験で、統一も必要の無いぐらいポンポンと返事が口からこぼれる場合もあれば、反対に頭を絞りに絞っても返事がわき上がらない場合もあるのですが、この差をたとえると、水源のダムに水が満々とあるのに、用水路が詰っていて下流に流れぬ場合と、そもそも水源のダムに水がないから下流に流れぬ場合があるの違いなのです。

 私も請われれば、コップに水を二杯三杯、誰にでも振る舞う気概はあるのですが、「なんだこれっぽっち、使えない奴だな」といわれる有様。ですが、さすがに田んぼを潤すほどの水は、それぞれの上流のダム(すなわち当人の前世と祖先の功徳)に水源が無ければどうにもならない事なのです。(有料相談なら考えるけどね。)

 と、これまたあなたにはくどい話かも知れませんが、あなたが過去に不幸を引きずっているのは、別段あなたの祖先が弱いからでも悪いからでもありません。ただ、あなたの近親者が、祖先の功徳を上手に使いこなせなかっただけです。

 今のあなたは、無理をしないし、高望みはしない。だから、もうちょっとわがままに生きても大丈夫なようですよ。


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