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対人関係 2

2003/01/01

 智者は知る事を秘する。どこまで知識を得ようと、それは究極への道程に過ぎぬ事を知るから。しかし、愚か者は、自分の知る事の全てをさらけ出して自らを誇る。知識が乏しき者を愚かというのではない。己を知らぬ者を愚か者というのである。


…… だいぶ以前に受けた質問ですが、諸般の事情から今の公開になりました……

Q 『「身内争いについて」の質問を受けた。漠然として掴みにくいが答えられる事があればお願いしたい。』 

 双方の未熟さ――身内争いの問題は、この一言に尽きる。そして私が論じたいのはこの一点である。人に依存している限り人間関係の生み出すそれぞれの苦しみから、人は逃れる事が出来ないと。

 互いに未熟である事を認められぬから人にただ頼り、依存するから相手の未熟さが自分の苦しみとなって跳ね返る。もしも相手に何も望まぬのであれば、その相手から苦しみを受ける事もない。黙って別離の道を歩めばよいのである。

 とはいえ、なるほど血縁者が相手であれば、容易に別離は選べまい。だがこうも考えられる。そのような血縁者とともに地上に生きることにはいかなる意味や価値があるのかと。

 持って生まれた肉体然り、家の財産然り、血縁者の人格然り、それは総て地上にうまれてくるに当たって、その個人に与えられた試練の一部である。人はその試練を免れる事は出来ない。その試練を乗り越えた者だけが、堂々と死を迎え、死を恐れることが無い。

 しかし、与えられた試練のただ一つの課題だけでも、解決を逸して死を迎えたならば、その人は死を恐れる。なぜなら、その人の境涯は自ら解決で消えぬ困苦を抱える事になるからだ。

 もしも地上の課題がこなせぬなら、どうして死後の課題がこなせよう。人々は共に生きることの大切さを学ぶとともに、自立した魂を鍛えさせられる。孤独は辛く、人間関係は難しいものなのだ。

 争う同士の共通利――身内同士というのは、本来共通の利害を有する者である。それが争うのは、多くの場合、共通の利害を見失っているからである。そして、人間関係が生み出す苦しみには、相互依存の心がある。

 人は死を免れられぬ。互いに依存しあい、依存しあうがゆえに苦しめあうのは、互いに生きているからである。しかし、いずれは死別の時を迎える。死別の後は一体誰に依存心を向ければよいのか、身内には許された甘えを、他人が果たして許すものか。身内との争い事は、未来の基盤を食い荒らす事に通じる。

 しかし、知って行う者は導き易い、知らずに行う者には手取り足取りの指導が必要である。無知なる者を導くなら、最後まで導く覚悟が必要である。それが無い者は偽善者と呼ばれよう。

Q 『質問はどうも「親子関係の仲裁について」ということらしいのです。』

 悪意の発生――悪意は邪まな心よりも、むしろ思いを遂げられぬの事から生じる。外から見ればどれほど悪辣な出来事が身内で行われていようと、血縁者同士の真情は、他人には計りがたく理解も難しい。度を過ぎた子供の甘えも親心には甘美な麻薬であることも多い。成長した子供を頼もしく思える親よりも、子供の成長を寂しく思う親が多いものだ。このような思い違いは、時代が豊かになるほど散見される事である。

 この親子の歪んだ絆を理解しないまま仲裁しようとすると、その絆に絡め取られる。他人が口出しするまでは、世間がどう思おうと当事者同士ではうまく行っていた関係が、周囲を巻き込んで憎悪の渦を生み出す事もある。

 仲裁というのは、そも総ての関係者がより幸せになることを目指すものである。甘える事、甘えられる事に沈溺する者に道理を説いても疎まれるだけ、酔者に飲酒の害は理解できぬ。現実の幸せを与える事が出来ぬ限り人々は酔夢に浸りたがる。いや、現実の厳しさに耐えられぬ人に現実を見せてなんとなろう。それは偽善であるのか、または、甘えに沈溺する者への嫉妬であるか。いずれにせよ善意のつもりで悪意を生み出すのは、避けねばならない。

 無思慮・近視眼――人はそも、幸せへの最短距離を歩まされている。最短とはいえ、なお長く感じ、待ちきれぬ者も多い。更に近道を求めて隘路に迷い込むのが人である。

 酔者に飲酒の害は説けぬものだ。説教したければ二日酔いの朝が良い。しかし、いくら説教しても飲酒の害は免れられぬ。問題は飲酒ではなく、飲酒に追い込む他の問題があるからだ。真の問題を直視する、その覚悟が生まれるまで酔者を救う事は出来ぬ。

 眼前の悲劇を救うのではない、眼前の悲劇に救われるのだ。人の過誤は、指摘して正す事が容易であるが、人の未熟さを導く事は容易ではない。導こうとして導けなかった時、自分の未熟さに気がつくならば、自分も相手も成長するだろう。だが、導けぬもどかしさから怒りや憎しみを育てるようでは、いつまでたっても未熟さを克服できない。

 ただ、幸せな境遇にあるから悪事を行わずに済んでいるだけの傲慢な魂といわれても仕方がない事である。


 個人宛てへの回答

 もう一つ問題があろう。当事者も未熟であるが、質問者も未熟である。どちらも自分では理解できない事柄に理解できぬまま取り組もうとして意味を取り違えている。我が子のよからぬ事を拒絶できない親を一体誰が救い得るのか。ただ(親の)自覚のみが、この親を救えるのである。


Q 『「酔者に飲酒の害は説けぬ」というのは、非常に面白い表現です。確かに心霊相談の中で往々にしてこういう事例につき当たりました。』

 自分を偽りながら生きようとするものはとても多い。自分の幻想だけでは現実に立ち向かえぬからと言つて、人まで巻き込んで幻想を育てようとする。

……別な霊から割り込まれる……

 霊界というのは、人々の想念が集まった世界です。しかし、近代において、他者と想念を共有できる人々がどんどん減っています。まるで自分達の世界に閉じこもっていくかのように。

 原始、一つの大きな想念を共有していた霊界は、いま、個人(独我)という小さな気泡を放ちながらどんどん縮小しています。まるで、朝露が朝日の昇るに連れて消えて行くかのように。それは決して、個我の成長ではありません。個我の変質です。私達の世界はゆっくりと消滅の危機に曝されています。

……盧氏……

 永遠に見る事の出来る夢など無い。妄想に没頭するものほど辛い現実が待ちうけているものである。妄想の害など思う間もない。あなたは自らの心を守らねばならぬ。(人のことよりもまず自分を案じよ……というニュアンス)

 地上の人の使命は、己を知る事である。それは決して簡単な事ではない。なぜなら、人は肉体という鈍重な衣に包まれ、隠されているからである。人は我が身を縛る呪縛を侮る。しかし、人はその呪縛ゆえに地上に生まれ変わるのである。

 いち早く、己を縛る呪縛に気がついた者こそが自由を勝ち得る。しかし人々は呪縛に絡め獲られていながら自由を妄想する。幻想こそが苦しみの根源である。見よ、人は何故に苦しむのか。現実の苦しみよりも、不安や不信こそが人の心を責め苛んでいるのが現実なのである。

 人はただ、現実さえ見るのであれば、苦しみはわずかであるし、迷いも少ないものである。理想と妄想の区別もつかぬものが苦しむのは、自業自得である。霊界は揮発するという。良き事である。妄想に負けるような現実などは消えて無くなれば良いのである。

(2002年12月31日)


 自分を偽りながら生きようとするものはとても多い。自分の幻想だけでは現実に立ち向かえぬからと言つて、人まで巻き込んで幻想を育てようとする。

……別な霊から割り込まれる……

 霊界というのは、人々の想念が集まった世界です。しかし、近代において、他者と想念を共有できる人々がどんどん減っています。まるで自分達の世界に閉じこもっていくかのように。

 原始、一つの大きな想念を共有していた霊界は、いま、個人(独我)という小さな気泡を放ちながらどんどん縮小しています。まるで、朝露が朝日の昇るに連れて消えて行くかのように。それは決して、個我の成長ではありません。個我の変質です。私達の世界はゆっくりと消滅の危機に曝されています。

……盧氏……

 永遠に見る事の出来る夢など無い。妄想に没頭するものほど辛い現実が待ちうけているものである。妄想の害など思う間もない。あなたは自らの心を守らねばならぬ。(人のことよりもまず自分を案じよ……というニュアンス)

 地上の人の使命は、己を知る事である。それは決して簡単な事ではない。なぜなら、人は肉体という鈍重な衣に包まれ、隠されているからである。人は我が身を縛る呪縛を侮る。しかし、人はその呪縛ゆえに地上に生まれ変わるのである。

 いち早く、己を縛る呪縛に気がついた者こそが自由を勝ち得る。しかし人々は呪縛に絡め獲られていながら自由を妄想する。幻想こそが苦しみの根源である。見よ、人は何故に苦しむのか。現実の苦しみよりも、不安や不信こそが人の心を責め苛んでいるのが現実なのである。

 人はただ、現実さえ見るのであれば、苦しみはわずかであるし、迷いも少ないものである。理想と妄想の区別もつかぬものが苦しむのは、自業自得である。霊界は揮発するという。良き事である。妄想に負けるような現実などは消えて無くなれば良いのである。

(2002年12月31日)


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