‘心霊掌編’ カテゴリーのアーカイブ

まあ、こういう時期もあるさ。

2017/02/05

私事、ただ今絶賛、停滞期の真ん中。出口は見えない。いや、あれとこれと、早く終わらしたいのだけど・・・

これは、暦とか、占いの話ではなく、現実・・・日常生活上のあれこれのこと。日常が忙しければ、どうしたってHPの更新も後回しになる。

 

いや確かに、結果が出ないって辛いし、やるべき事が溜まって気が重い・・・なんてことを、一部の年賀状に書いてしまったような、言葉足らずだったような・・・なんて思い起こす時点でまさに停滞期そのもの。結果が出せない。まあ、昨日今日の付き合いでは無いので大丈夫とも思うが。

 

たとえ好みでなくても仕方がない。寒いのは嫌いでも四季は巡って冬は来る。暑いのが嫌いでも夏は来る。春は心地よくても花粉は飛ぶ。・・・その時々に合わせて工夫をして現実と理想、状況と希望の折り合いを付けるしかない。私だって人間、巧く行かなければ、気の焦りだって生じるけれど、努力でどうにかなるなら事は別として、待つべき時に焦るのは逆効果。巧く行かないものに執着してジタバタするよりも、来たるべき時に備えて、出来ることを進めておく方が、精神衛生上も良いと思う。というか、「常夏」なんて幻想以前に、いろいろな面で飽きるだろう。・・・状況に合わせて行動を変えられるようでなければ、流されているのと変らない。

 

1人で頑張っているつもりだって、大勢の人々が押し合い、へし合いしている社会の中で生きていれば、時代の流れというか、流行り廃りもあるだろう。自分の思いと時代の流れが同じとは限らない。逆風もあれば、無風の時もある。そんな中で努力が稔らない時、果たして運が悪いのか、それとも、己に運を見る目がないのか?

 

吉凶、善悪、正誤・・・日々、よりよき生き方を目指すのは正しい。いや、正しいと思う。でも、選択肢はたったの二つだろうか?

 

今は二月初旬。河津桜は咲き始め、染井吉野や大島桜は花芽を育てている時季であろう。そして春咲く花にとって、冬は不要な季節だろうか?または、秋に実る草木にとって冬は終わりの時季なのか?・・・吉凶はプラス・マイナスじゃない。過ごすべき在り方に違いがあるだけ。

 

凶や不運は、逃げるべき事ではなく、正しく受け止めるべき重大事なのである。凶は吉と、不幸は幸運と等しく大切な時季だ。・・・停滞期であるのは、停滞期であることに気づいている人にとって、決して悪い、嫌うべき、誤った何かではない。要は、外に向かって努力すべき時と、内の充実を図るべき時期があるということ。

 

よろしくないのは、向かうべきでない方向に努力して無駄にリソースを損なうこと。・・・幸せになりたければ、大切なモノを嫌い、無駄に努力をすることなく、大切なモノを大切にし、必要なことに手を抜かないことが大切だろう。

 

たぶん、人々が天気予報を日常生活に活用するように、自分の運気の変動を予測できるのは便利だろうが、便利に流されて、目先の快のみを拾い、必要な苦を避けることのないようにすべきだ。苦難に立ち向かう覚悟無くして、この先の苦難を知るのは乗り越えるべき苦しみよりも辛い道のりかも知れない。

 

というか、この程度の段差で足が引っかかるようなら、きっと、過労か加齢で足がちゃんと上がっていないのだ。・・・あれ、停滞期じゃなくて年か? ならば、この状態が死ぬまで続くのかも? やれやれ。心霊研究のつもりが、究・・・いや、ただ今、老化の実践中。

平和祈念

2012/08/14

私事、毎年、旧盆の頃は身体が重くて仕方がない。

あちら(隠世・死後)では、いろいろ言いたいことが多いようだが、私の浮世の仕事は今頃がハイシーズン。忙しい。気が散る。能率が悪くて気が焦る・・・という悪循環が例年のこととなる。・・・定年まで待ってもらいたいものだ。

ぼやくのはここまで。

八月は・・・日本では・・・平和を祈念するイベントが多い月でもある。人が神仏、もしくは祖霊に世界平和を祈念するのは無論、悪いことではない。

で・・・も・・・。

あちらから、祖霊・・・祖先の霊たちが、私たち相手に祈念していることに気づいているだろうか?

親族・家族仲良く、喧嘩せず・・・

戦争を嫌う人はとても多いが、諍いを止められない人も多い。

小さな火種をそのままに・・・(いや、息を吹きかける人までいて)・・・火事が起きないとでも?

 

とはいえ、諍いというのは、相手がいて出来るもの。または、相手がいるから出来るもの。

というか。・・・人が向上を目指すなら、競わざるを得ないし、競い合うのも熱が上がれば諍いに発展しなくもない。

ある程度の諍いは仕方がないことなのだろうが・・・

貸借(バランス)感覚

2012/06/05

先日の横浜オフ会で質問があった。

「身内に病人が多いので、ある霊能者に相談したところ、お墓に問題がある。と、言われた。」とのこと。

私が、「でも、(病人の)皆さん、いいお歳(年齢)でしょう?」と、問うと、そうだ、とのこと。

私はお墓の問題を軽んじはしないけど・・・

 

もう少し、わかりやすい事例でいうと、

「あなたには背後霊(?)が付いている。それはよくない。」と、占い師(?)にいわれた、という相談者がいた。でも、背後霊のいない人なんて、私は見たことがない。もっとも、鑑定を頼まれると面倒なので黙ってはいるが。


仮に霊的な障害(いわゆる「霊障」)を借金に例えてみる。

たとえば数万円の借金だって、支払い能力が無い人ならば大問題だ。

一方、 一千万の借金を持っている人であっても、・・・たとえば年収が数億円もあって、支払い能力が十分にあるなら、その借金は問題とはなり得ない。いやむしろ、金貸しは喜んで貸すのではないか? ・・・この不景気なご時世、優良な投資先は貴重であろうから・・・


よく聞き話として、たまたま霊感に目覚めた人が、神社・仏閣を訪れた時に、その聖域に、案外、低級霊が多いことに驚くという。

だが、患者のいない病院が良い病院であろうか?

客のいない料理屋で、味が期待できようか?

たぶん、町で行列を見かけたら、並んでみるのも一興だと思う。特に、頑張っている人は往々、冷静な周囲を愚かに思ったりもするけど、多数意見を無視すると大抵損をするものだから。

 

同様に、徳の高い祖先霊がいる家系(余力のある)の人に低級霊を預けて、修業を積ませる事例も多々あるようだ。こういう預けられた霊のことを「随伴霊」と呼び、油断すると悪事をなす低級霊ではあるが、いちおう、守護霊や高級祖霊の目こぼし・承認を得ていることから、背後霊の一柱に勘定されることがある。


心霊相談を求める人の目的は、「難を逃れる」にあるだろうが、相談者が想定する解決方法は、払う、取り除く・・・霊障を借金に例えると、「借金から逃れる方法を求める」と例えられる。これ、難しいというより副作用が強い。

「私が借りた金じゃない!」・・・と、ゴネル人もいるかもしれないが、それはさらに副作用を増やす。

そもそも人間は、知らぬうちに不幸の種を捲くもの。いや、良かれと思った行いが非難の対象になったことは誰しも経験があるだろうし、それが嫌だと引き籠れば、誰かに養ってもらわねばならない。親が面倒を見てくれるうちはまだ良いが、甘えた態度が嫌われて、周囲から相手にされなくなれば行き詰る。

災難・障害に出会ったときは、責任追及の前に解決に努め、

不満があっても誠実に努めるが吉である。

人をなじっても解決しないし、不満だらけなら周囲から人が去る。

反対に、いわれなき苦労(他人の目から見て)を黙々とこなす人は、人の同情を得て助けの手が入りやすい。

人が助けてくれなくても、見えざる者の援助、いわば陰助を受けやすくなる。

そして、陰助を持つ人が、霊能者にすがって救われやすく、不満を持つものは低級霊に構われやすい。・・・迷いが難を呼び、難がさらに迷い深くして、誰も信じられなくなる。・・・当事者にとっては。これを第三者が見ると、「苦しむために努力する」=「業が深い」となる。

ゆえに私は、障害は逃れるよりも乗り越えようとする。

・・・借金の肩代わりをしてくれる人は期待するだけ無駄。

つらい時、人の助けがほしい時ほど、他者への親切を心がける。

・・・心の柔軟さを心がけるため。

迷う時ほど、人の言葉に耳を傾ける。

・・・救いは人の手を借りてやってくる。

とはいえ、我の強い人、支配欲の強い人から、遠ざかるように努力する。

・・・随伴霊はあの世の奴だけで沢山だから。


利を追う者はいずれ損に追いつかれ、損から逃げる者は当然利を逃す。

損得勘定に敏い者と、付き合うのは疲れるかもしれない。・・・特に私は、最初は、損得抜きで付き合おうとするので、計算高い人間と付き合うのはうんざりとする。

でも、利(または理)だけを追って、他は見えないとか、リスクから逃げるばかりの責任転嫁魔などと比べると、計算高い人間のほうが、よほど信頼できる気がする。・・・何しろ、裏切りがコントロール可能なのだから

最初から裏切る気・満々なのに、そもそも裏切りとは気づかない身勝手(傲慢)な人間と付き合うより、よほど良い。


せっかく購入した家の家相が悪くても、家族一致団結して工夫をすればなんとかなるが・・・互いに責任転嫁していては・・・

私の知る限り、家族仲に問題のある人ほど、家相の悪い家を選びやすい・・・奇をてらうとしくじる。

むろん、3.11以降の放射能問題やら、今年五月のホルムアルデヒド問題などは、家相問題ではなく、とうぜん家族仲に原因を求めるのは間違っているだろうが。

心がけておくこと

2011/10/02

少しでも良いことをする。悪いことをしない。

 

激しいこと、難しいことは避け、出来ることを、諦めずにコツコツと片付けていく。・・・目立ちたい心を遠ざけるため。

苦しみを忘れることが幸せではなく、心にゆとりがある幸せ。・・・生活に創造を。


・・・当たり前な生活の中で、知らずに犯す罪の多いこと。良い行いの少ないこと。

不満

2007/03/25

2007年03月25日


個々それぞれに、いろいろなる不平不満はあるだろう。だが人は歩んでいる。歩み去った後に不満が何になるのか。今日足りるものは明日足らず、今足らぬものは明日余るやも知れぬ。それが物質世界で生きる日々の営みである。好意的皮肉家がいうとおり、不満のない人はなく、ただ、不満に気が付いた人と、気が付かぬ人とがいるだけのことだ。

ならば、ただ不満を口にし、心を悩ますことに何の意義あるか。たとえ不満があろうとも、前に進めるなら前に進め。目的は進むことであって、充足することではない。充足を目的にしているから、不満が気になる。本当に理解する人ならば、歩まぬからこそ不満が生じるとも理解するだろう。


不器用だから

2007/02/01

2007年02月01日


不器用だから、困ったことに陥る……

無自覚だから、陥るまで気が付かず……

陥っているから、自力が生かせず、ただ諦めるか、救われるかの両極端の中にいる。

何度苦境に陥っても、そこから抜出す方法を学べず、ただ自信だけが失われていく。

・・・・・・・

自分を信じることは大切だ。なんとなれば、自分以外の誰を信じるべきなのか?

だが、信じるためには先ず知るべきだ。……不器用な自分を知ればこそ、早めに手を打つなり、練習するなり、回避するなりの手も選べようものを。

己を盲信することを自信と勘違いしているから、避けられる痛みを、更に痛くして、痛くてたまらないのに、痛くないフリをして生きなければならない。

苦しんだ挙句に、「神も仏もないものだ」とうそぶく……それが、己の盲信の結果とも気が付かずに、天を恨む。

神仏が居ないのではなく、信仰心が歪んでいると気が付かない。……不器用だから、信仰心まで歪む。


謎かけ

2007/01/29

2007年01月29日


この言葉の意味が分るなら、あなたはきっと十年以内に大きな幸せを掴んでいるだろう。

人の手を煩わせる。それこそが孤独でない証だ。

人の手を煩わせる。だからこそ人は孤独となる。

・・・・・・・

一得一失――何かを得るのに代償を支払う。

貪るな。自分の未来を今、食いつぶすな。

明日のために何かを残せる人が、明日、幸せを掴める人なのだ。


異なる見方

2007/01/28

2007年01月28日


人の行為は思わずして大きな影響を及ぼすこともある。

だからといって、自分の行為が相手に及ぼす影響を心配しすぎるのもナンセンスだ。送る側にも責任があり、受取る側にも責任があるのだから。

・・・・・・・

人を信じよといい、信じなくても良いという。

大きな影響があるといい、影響を心配しすぎるなという。

その時々で言うことが違うと、戸惑う人もいる。……だが、人生というのは決断の繰り返しではないか。ただ、同じ事だけを繰り返して生きられるほど人生は単純でない。

私は、人生の指針を与えているのではない。ただ、あなたとは異なるであろう視点を提示しているのだ。違う見方があるということを、あなたが認識すれば、それが最大の成果なのである。


己を磨く

2007/01/25

2007年01月25日


悩みにも人それぞれ、色々とある。

自分を取り繕う者もいれば、

最善を尽そうとする者もいる。

つまり、今ある姿を歪めようとする者もいれば、

今ある姿を研ぎ澄まそうとする者もいる。

……君は後悔しているのではなく、身をすり減らして、磨いているのだ、と、言えないことの切なさ。いや、その切なさには希望がある。だが、苦悩で身を切り刻むだけの人もいる。その切なさには希望がない。

どちらが正しい、という問題ではない。

あなたにも夢があるだろう。……よろしい。

だがその夢には希望があるか? それとも絶望が支配しているのか?

希望のある者は、希望を受け止めるために身を慎み、

希望のない者は、絶望に支配されるが故に身を慎むことがない。

古来、聖人は身を慎んだというのは、つまり、希望を抱いているからなのだ。一方、小人(つまらぬ人)は、絶望に支配されているが故に身を慎むことがない。……どうせ失う物など何もないのだから。


誰を信じないのか?

2007/01/24

2007年01月24日


天気が悪いから信じない、

体調が悪いから信じない、

あいつの声が嫌いだから信じない、

あいつの雰囲気が悪いから信じない、

あいつに裏切られたことがあるから信じない、

要するに不機嫌だから信じない。

……論理をおろそかにして感情で信じるか、どうかを決めていないか?

人として大切な判断をするのに、人として恥じるべき手段で決めていないか?

人は生かされているのに、信じるものがなければ、何を頼れるのだろう?……流されるだけの人生では、疲れ、そして心細い。

「信じよ」といわれて「信じられない」といい、「信じなくていい」といわれて、戸惑う。……問題は本当に、信じるか、否か、ということなのだろうか?

巧く行かないことに苛立っていないか?

突破口が開けぬ事に苛立っていないか?

振り向いて貰えぬ事に苛立っいてないか?

失うものの多さに苛立っていないか?

信じるべき相手に、八つ当たりしていないか?

相手を信じるか、信じないか、それ以前に、ちゃんと自分を信じているのか?

判らないのではなく、判りたくないのだ。信じられないのではなく、信じたくないのだ。……自分の本心に気がつかずに、他者に翻弄されてはいないか。


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