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霊査事例: 2010年12月5日(アフターケア)

2010/12/06

 


 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


 ここのところ常に使っている言い訳だが・・・「とても忙しい。」

 実のところ、私は本年初頭まで、社会人としては異常な自由時間を持っていた・・・通勤時間は片道30分足らずで、定時に問題なく帰宅できたし、親は略、放っておいても大丈夫だった。・・・ところが、雇用主は変わっていないのに、サービス残業当たり前の昨今。

 すっかり更新はご無沙汰になってしまった。・・・が、事態は待ってくれないし、放置すれば拗れもする。

 というわけで、霊的残務整理。

事例1

 世間では、いまだに、「パワースポット」ネタは価値を失っていないようだ。一方、私はネット上で、パワースポットを取り扱わない。・・・そもそも、相性がある、誰が底に行っても良い影響を受けるとは思わぬからだ。

(それは相性、つまり、Aさんはここ向き、Bさんはあそこ向き・・・というより、「Aさんは放っておいても運はいいです。Bさんは何をやっても運が悪くなります。」・・・つまりは、もっと自分を信じて冒険してみるべき人と、黙々と努力すべき人の大雑把に二種類の人がいるというべきか。)

 とはいえ、オフ会などでは、結構、こういうミーハーな話題も口にする。そんなこんなで、11月の東京オフ会でも、「えーっとあれ、私が紹介して行った人がみな絶賛するあそこの・・・」・・・どうしても名前が出ない。(今はちゃんと思い出せる。あのHORIKOSHIね。)

 ちなみに、上記、絶賛者は皆、私の元相談者なので、おベッカや偽薬効果の恐れもあるが、たとえ気休めにせよ、それなりに効果が出ているらしいので「アリ」とする。

 で、東京(アフター)オフ会では、どうしても思い出せなかったので、「あとでメールします。」と、いっておきながら、もうそろそろひと月が経つ。 別に忘れていたわけじゃ・・・はい。忘れていました。そんなこんなが突然今日、車で信号待ち中にその時の光景が脳裏に現れ、『お前(質問者)には、その前に行くべき場所があるだろう。』といわれて、思い出した。

 結局あの時、思い出せなかったのは、『みだりに言うな』ということだったのだろう。

 では、どこに行けというのか。・・・あなたのご先祖(おそらくはあなたの配偶者の)と縁のある場所、なのだろう。

事例2

 以前の東京オフ会の参加者に、霊査を一々否定されたことがある。先日、その方とお会いしたときに、その事で謝罪を受けた。・・・「あの時は気づかなかったけど、思い当たるところがあった。」というのである。強いていえば、かつて私がいった時にはまだ、認めたくない、避けたかった事柄であったようだ。

 人間、嫌なのに避けがたい事柄は、他人には不思議に思えるような解釈で、自分と折り合いを付けていたりする。・・・とくに、子供時分には。

 しかし、「他人には不思議に思える」ということは、他人から見て、「痛い」部分が、自分自身にある、ということなのだ。

 とはいえ、少なからず、誰にでもあることなので、別段恥じることではない。というより、恥じていると解消が遅れる。さらにいえば、死を目前にする年齢となっても自認出来ない人のほうが多そうである。

 つまるところ・・・

   あなたは何に追い詰められているのか?

   ちょっと嫌なことがあると、身体を壊してしまうあなたは、

   いったい心中に何を潜めているのか・・・

 と、いうことなのだが、それを直接いえば、相手を追い詰めてしまうのだろう・・・・

事例3

 やる気はあるのに、、イザとなると体調を崩す人がいる。 いじわるな表現をするなら、「仮病体質」だ。

 当人もそれに気づいているみたいで、私が「頑張らなくてもいいじゃないですか」とメールすると、落ち着くらしいが・・・しばらくするとまた同じことをやる。

 当人は、「なんで私はやり過ぎるのか・・・」と、その都度、反省してもいるのだろうが、私は思う。個々の失敗よりも、なんども同じ様な失敗を繰り返すこと・・・繰り返すことこそが真の障害であり、その原因究明こそが解決の糸口である。とはいえ、その克服は困難である、というより、当人が自ら見たくなく、また、認めたくなくて、無意識に問題をすり替えてしまっている結果なのであろう。・・・当事者が嫌がっていたら解決するものも解決しない。たとえどんなに簡単な問題でも、触れなければ解決しようがない。

 この場合、さらに困ったことがある。嫌なら嫌でも、のんびりした人ならば、それこそ、風化して解決することもあるが、仮病体質の人は、往々、当人も気付かぬほど頑張り屋で・・・結果を出したことが少ない、もしくは全然無い、または、あっても記憶にないので、結果を出すことにコンプレックスを抱いているらしく、無理に努力する。無理な努力とは何か、というと、つまり、「過ぎたるは及ばざるが如し」を実践する、ということだ。しかも、無駄に頑張ってうまくいかないと、次はもっと努力しようとする。

 足りないのは努力ではなく、器用さなのだが・・・いや世間では、例えば児童教育をするのに、器用さよりも無駄な努力を尊んではいないだろうか? 要領の良い人を捕まえて、悪党呼ばわりしていないか? ・・・もしかすると、学校時代に良い子でありすぎた結果かもしれないが。

 アキレスは亀に追いつけない、という。つまり、いくら足が早くても、亀のいた場所にたどり着いた時には、亀は前に進んでいるから・・・理屈はともかく実践上はナンセンスな話である。人が何かを追いかけるとき、追いかけるのは「それが居た場所」ではなく、「それ」なのだから。

 つまり、まあ、克服困難な問題を抱えているのだろうことは分かる。

 でもそれはそれとして、1,自分は努力家(ただし過剰に)であることを自覚する。間違っても「過剰」という文字を取り外さないこと。そして、2,追いかける対象を間違わないこと。である。 


霊査事例: 2003年12月13日

2003/12/13

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


霊査事例1-1

 あなたが抱えている問題は、神計りにかけて、徐々に解いていこう。沢山の問題があるが、それは一つ一つが別々な問題ではなく、実は一つの根元から別れているものである。掃除が進んでそこまで手が届けば、あとはハラリと解決するだろう。

霊査事例1-2

 だんだん良い方に向かっていきます。今その時期を空かす事は出来ませんが、悩みは解決に向かっております。ですから、必要な時が来たらすぐに動けるように、準備をなさい。

(Q 時期が判らないと準備が出来ません)

 解決の時期はあなたの仕事の都合も含めて私たちが考慮しております。そして、時期がいえないというのは、不祝儀の袋を事前に用意するなというのと同じ理由です。すなわち、あなたの幸せは誰かの不幸せなのです。自分の幸せに浮かれていると思わぬ恨みがあなたの幸せを覆すかも知れません。耐える事は相手の恨みに呑まれないためにも必要な事なのです。

霊査事例1-3

 みぞおちから上、上半身にストレスが溜まっています。良く背伸びをして。

霊査事例1-4

 子を思う親心、常に子の上にあり、されど、子を救うのは親心にあらずして、親の行い成り。故に、親、心を子の上に掲げるよりも、まず己の心身を鍛えなましめ。心配ばかり子に押しつけても、それは子を救わぬ成り。子を救うべき時に汝の身体が役立たずでは、子を思う事の意味も無かりけり。

霊査事例1-5

 分からず屋が相手では、何事も予定が立ちが足し。焦って己が身を痛めるべからず。

霊査事例2-1

 あなたの取り組んでいる仕事に、ふさわしい指導霊を探してあげよう。

霊査事例2-2

 あなたの祈った事は難しくて答えがたい。

霊査事例2-3

 あなたの取り組んでいる仕事は、思うほど世のためにはならない。でも、あなたが世のためになろうと思う事はとても貴重である。

 座って仕事ばかりしているので、背中に疲れが溜まっている。背伸びをして……

霊査事例2-4

 あなたの取り組んでいる仕事は、霊界で既に終わっている。(あとは地上で形にするだけだという)

(Q 余計な心配をするのはやめます。)

 ようするに、あなたが不安を感じるのは、霊界では既に終わっている仕事を世の中に出すのにボトルネックになっている人がいるという事なんですよね。

霊査事例2-5

 利のために働きなさい。善意の奉仕を行うのも、志を実現するのにも、やはり金は大切です。歳をとってから稼ごうと思うと辛い。世のため人のためという気持ちは、とても得難い志だが、世を潤すぐらいに金持ちになろうという気持ちが有っても構わない。

霊査事例3

 石段の上に立たせられて……「観脚下」と聞こえる。

 「霊媒としてどう努力すべきか……いくら汝が努力した所で、依存心が強い者達にとっては、汝の努力が毒となる。楽をするためでなく、向上するために霊界の助言を必要とする人を一人でも増やすように心がけよ。汝が霊媒として大成するためには、汝の努力を人生に生かせる、基礎の出来ている人を増やさねばならない。すなわち、有力なる霊媒が世の中に必要なのではなく、霊界の助言を正しく受け止められる社会基盤こそが世に必要なのだ。

 すなわち、汝が努力をなすならば、まず、汝が踏みしめるべき良き、基礎石を見いだす事である。せめては基礎を踏みしめる事である」

……まあ、とにかく今月もオフ会を開けました。内容も大切ですが、継続も大切な事です。


12月04日(オンライン)

2003/12/04

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


廬氏より

 幸せになるのは難しいと思われるか。それは勘違いというべきである。その勘違いをまずは自覚して欲しい。

 心霊学徒なる方々は、人に慈愛をもて、慈悲をもて、そして人々に奉仕せよと自分を励まし、短気はいけない、憎んだり、妬んだりしてはいけない、と自分の事を戒めておられるようだ。だが、あなたは、憎めといわれて人を憎めようか、妬めと言われて人を妬めようか。……感情の働きは、誰ぞに命じられて働く事はない。自分が憎もうとしても、妬もうとしても感情はなかなかついては行かない。憎みやすく、妬みやすい人であろうと、言われても、思っても、憎めず、妬めないのである。ならばどうして、言われ・思って人を愛し、尽せるというのか? 愛念も憎悪も、生み出すのではない。生まれてくる物なのである。そこに作為を用意する事は愚かであり罪悪である。

 しかし、人には心がけ、己を返る手段もある。憎しみや妬みの感情の中でも冷静な観察をやめることなく、また、人を哀れみ、情けを抱いたなら、難しい考えはやめて素直にその情に従う事である。

 結果は、そう望ましい事ばかりではあるまいが、少なくとも悪しき事に努めて、または、善き事を躊躇して……後味の悪い思いは減るだろう。それで充分ではないか?

 あなたはまだ、幸せになるのは難しいと思われるか。それはつまり主体と客体の違いを知らぬという事である。

 感情の働きは、誰の意志でも変えられぬ。だが、その働きをより良い方向に向ける事はあなたの努力で出来る事だ。幸せになるというのも、あなたの意志や神仏の意志でもどうにもならぬ事である。だが、あなたを取り巻く様々な力(すなわち因縁やカルマなど)をあなたにとって都合の良いように用いる事は出来るのである。

 私は船乗りの経験は持たぬが、よい船乗りは、帆船を風上に向かって進ます事もするとか。それはある時は右から、ある時は左からと交互に風を受けて行くのだという。このような考えは、ただ真っ直ぐに進みたがるだけの者には容易に発想できないが、ともかく行きたい所があるなら、その方法もあるのだ。このような操船術を知る者にとって、恐れるべきは向かい風ではなく無風なのである。

 あなたはまだ、幸せになるのは難しいと思われるか。――幸せを追掛けるのではない。幸せを得るために何を利用するのか。つまり手段こそがあなた方が決して目を離してはならぬものなのだ。だが、手段を追掛けて目的を見失ってはならない。その二つを同時に見る事が大切である。

 多くの人々は、幸せという目的ばかりを見て、手段を探そうとしない。これは大河の向こう岸を眺めて船を探さぬようなものである。

 反対に、幸せの手段ばかりを探して、幸せの意味、つまり目的を探さぬ者がいる。これは船を見つけて河に流されるようなものである。

 幸せになるのが難しいのではない。あなたの今までの行いが難しいのである。

霊査事例1

 理想は高い。――それはよい事である。が、理想が高い者は、兎角手段を見つけられぬ。

 理想が高くて手段を見つけられぬのを不明という。

 もう少し智慧がある者は理想を下げて手段を探す。これを愚かという。

 智慧ある者は、理想を下げずに頭を下げて手段を探す。

 あなたは、頭を下げては、ふんぞり返る。それは威張っているというのではなく、生神でもしないような難しい生き方を正しい生き方と信じているからである。

 己が人間というような、そういう生き方を素直に受け入れられたら、正しい物の見方が出来る。

 あなたは決して愚かではない。が、愚か者の空論を信じているのである。

霊査事例2

 あなたはどれだけ自分が周囲から愛されているのか、その愛の大きさに気がついていない。なぜなら、あなたにとって愛というのは目的ではなく手段であるからだ。すなわち、あなたが満足するような方法であなたに愛情を示してくれる人が、一人も周りにいないのである。

 極端な表現かも知れぬが、だが、内心頷かずにはいられまい。……そして、それはあなたの不満を和らげはしまいが。

 一人にすべての満足を求めるから、満たされぬのである。しかし、よくよく考えれば、あなたは望むすべてを得ているのではないか? 不足はない。では、なぜ不満なのか。それは一人ですべてを与えられる人が見つからぬから……あなたは、この人にはあれが足りぬ、あの人にはこれが足りぬ、と、無意識にえり好みしている。それはあなたが意地悪なのではなく、それぞれ未熟なりに、または、それぞれ都合があるなりにあなたを愛してくれているのに、その表現方法がどうも得心しないからである。

 端的に言おう。あなたは、子供のころに思い描いた愛情を受け取れずにいる。でも、あなたが思い描いていたのは妄想である。

 幸い、あなたも人々を愛せる人だ。だから、あなたの受け取り方に気むずかしさがあっても、それであなたが孤立する必要は今のところはない。今の状況を楽しみなさい。楽しめば周りはもっとあなたを喜ばせようとするだろう。……思いもかけぬ人まで。

霊査事例3

 不安というのは、自分に対する不満である。自分に対して多くの不満を持つものが、事に当たって不安を抱く。自分に不満が無ければ……それはつまり自信があるという事……なかなかに不安を感じる事がない。

 不安を抱くのは辛かろうが、不安を抱いたならまず考えよ。

『私は自分のどこに不満を抱いているのだろうか』

 原因に気がつけば、克服できよう。イヤ、せめてその弱点を補う方法を考える事が出来よう。

 無知・不明……すなわち、原因に気がつかないという事……は、ただ不安を助長するのではなく、確実にあなたを絶望に誘い込むのである。

 ふむ、なるほどあなたにはもう一つの悩みがある。だが、その原因もまた、自分に対する不満ではなかったか。確かに可哀想な事をした。だが、自分を哀れむものは、その逆境から逃れられぬ。あなたは不安をバネに幸せを捕まれる事である。それが相手に対する何よりの供養となろう。私はそちらにも気を配ろう。

霊査事例4

 あなたは誰よりも自分に厳しい人である。その厳しすぎる自己批判が、おうおうにあなたを現実逃避に向かわせしめる。そして、あなたが苦しむ不幸は、みな、あなたの現実逃避の結果である。

 自分を追いつめてはいけない。あなたは実に理知的で行動力もあるのに、無理をするから思いもつかぬ不幸を手にする。幸せを掴むべきあなたの才能が、変に働いて災難をもたらすのである。

 迷ったら、小技を棄てて誠意に徹せよ。失敗を恐れずに災難を恐れよ。失敗せぬように取り繕うのがあなたの災難の原因のすべてといっても過言ではないのだ。

*** 通信者変わる ***

霊査事例5

 汝、妻のために手を汚して働く事を厭うや否や!?

 社内の人間関係に、不快感を育てているようです。しかし、一人一人が悪いと思うべきではありません。それぞれはみな、守るべきものがあって必死に頑張っているのです。

 あなたが悪いのでも、相手が悪いのでもなく、状況が悪いのです。

 罪を憎んで人を憎まずという言葉もありますが、この経済的苦境を憎んでも、相手を憎んではいけません。難となれば、あなただって同じ状況下にあったら同じ事をしないとは限らないし、何よりも、あなたはこの状況下でもなお、ちゃんと職が確保されているのですから。

 この不況下にあって、職があるだけでも感謝せよ……といわれたら、一生懸命働いているあなたの事、さぞや不快でしょうが、ならばその状況下で、職を追い出された人の気持ちも察して下さい。

 くれぐれも状況を憎んで相手を憎まぬように。憎しみはあなたの身体に害を及ぼします。

霊査事例6

 あなたは本当に表現が下手です。表現が下手な人は一体何から学べるというのでしょうか?

 心霊書よりも、詩集や名言録などの方がどれほどあなたに有益か。いや、ストレッチ法やマッサージ術を学ぶとか……眼前の問題を解けずに、何の勉強をしているのですか!?


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11月24日 静岡オフ会・質問事例

2003/11/24

Q1 「夢に喜び事がありながら、朝起きて現実に気がついた時、無性に切ない」

 まず、夢に具体的な光景を思い描く事が、実現には大切です。家を建てる時も図面を描けばこそ、大勢の職人達が助け合って建てる事が出来ます。一人で建てるのならば図面が無くても構わぬでしょうが……背後霊に助けを求めるのにだって、図面が必要なのです。どういう未来を欲しいのか、心の中に思い描く事が大切です。これを望画《ぼうかく》と呼びます。

 さて、あなたは睡眠中に望画しているとの事。夢に見ながら手が届かぬのは確かに辛くはありますが、夢も見なくなったらそれが幸せといえるかどうか。朝起きてそれが夢である事に気がついたなら、『産土の神様、祖先・守護の霊達、どうかこの夢が実現するようにお導き下さい』と祈るべきでありましょう。

Q2; 兄弟・姉妹で、運不運、役割がまるで違うのはなぜだろう。心霊的に見て意味があるのか?

 人は生まれてくる場所を選んで生まれてきます。心霊知識のない方々は、「こんな家に生まれたくはなかった……」などとうそぶきますが、その実体は、「自分の持つ功徳では、せいぜいがこの家を選ぶのが精一杯であった」という事なのです。

 たとえ不承不承であっても、生まれてきた以上はその勤めを果たさなければ、来世ではもっと惨めな人生が待っています。境遇を嘆くよりも境遇を生かす努力が大切です。

 さて、兄弟姉妹で役割が違うとの事ですが、それは要するに、兄弟姉妹のある者に家の因縁が集まり、ある者は楽をし、ある者が一人で苦労をするのはなぜだろうか……という事ですね。

 人生を左右するのは境遇と才能のバランスであります。どんなに才能溢れてもそれを生かせる境遇に生まれなければ不遇ですし、どんなに境遇の良い所に生まれても才能がなければやはり不遇な人生となってしまいます。でも、人は助け合う事も出来ます。兄弟姉妹が助け合えば、どんなに深い因縁のある家でも、みな幸せになるでしょうし、反対に兄弟姉妹が足を引き合えばどんなに素晴らしい境遇の家でも、みなが不幸になってしまいます。

 あなたの家の場合は、長女のあなたはあなたらしく生きる事で存在意義を獲得し、真ん中の姉妹は、『勉強では姉に叶わぬから、家族を大切にする事で自分の存在意義を手に入れよう』と努力し、末の妹さんは、「私には何も残っていない」とふて腐っているかのようです。

 そうはっきりと違いが現れるのは、お互いの良い所を学ぼうという気持ちが、あなた方姉妹の仲になかったせいといえましょう。……端的にいえば、姉に反発するよりも姉の美点を吸収・利用しようという気持ちを持っていたら、もっと幸せになれたはずなのです。


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11月24日(静岡オフ会)

2003/11/24

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


回答事例1

 (家を探しているとのこと)

『見栄えはよいけれど、安普請。すぐにあちこちが痛み出す』

 気に入った家と出会ったら、まず、見せかけだけで中身の空っぽな建築ではないかを疑ってみて下さい。

 またこれは一霊媒としての体験ですが、俗に方角や、今はやりの風水などでいう「家相の悪い家」に引っ越したから、離婚したとか、災難に遭ったなどという話を聞きますが、夫婦がケンカしながら家を探すと、わざわざ家相の悪い家で妥協してしまうことを実によく見ます。……つまり、私が思いますに、家相が悪いから離婚したのではなく、仲が悪いから家相の悪い家を買うことになるのだと考えております。

 ですから、家を買うのではなく、より良い「家庭の器」を探すのだと、ご夫婦で良く納得してから探すように致しましょう。

『自分に出来ることには限りがあり、物事にも限りがあります。(どこかで妥協せねばならない) その中で出来るだけ良いものを得るには、人事を尽くして天命を待つことが大切です。自分の力で探そうと力めば、自分の理解の外でつまらぬ過ちをしてしまうことにもなります。神頼みに甘えるのではなく、わずかな好意すらも自分の人生の助けにするつもりで生きていきましょう。』

回答事例2

 嫌な事は忘れるのではなく、天に預けるか、水に流すかにしなさい。忘れたつもりでもあなたの心の中にしまい込まれていたら、つまらぬ時に思い出して苦しむ事になります。

・ ・ ・ ・ ・

 あなたが、腹を立てるのは当然の事であると思います。でも、心の未熟な人の事であなたが思い煩って何になりましょう?

「自分が心配する事ではない」、そう思ったら、「神様仏様、あわれなあの方に愛の手を!」と、祈る(天に預ける)か、「どうせ因果応報」と割り切る(水に流す)か、いずれにせよ心を悩ませるのはやめましょう。

回答事例3

 足を冷やさぬように注意して下さい。止む負えず、冷える時には気を抜かないことです。

 足に限らず、大切なこと、大切な物には全て気を通すこと。間違っても『(神様や守護霊が守ってくれるから)大丈夫だろう』などと、大切な物を運に任せてはいけません。

回答事例4

 滝行の結果が良かったです。

『考えても仕方のないことを、背後霊に預けよう、という気持ちをこれからも心がけなさい』(滝行の最中に虹が見えたが、この時、気持ちの切り替えがあったらしい)

『お前の気持ちは預かった』

回答事例5

 「苦しみに意味がある」というのは、あなたが苦しむことに意義があるというのではありません。その境遇や結果に意味があるということなのです。その境遇や結果を「苦しみ」と名付けるのは、あなたなのです。

回答事例6

『(現状は)没我滅行(滅私奉公?)、でも利は少なし。』

『人生の意義をよく考えよ。人に与えるために生きるのではなく、人も自分も豊かに、幸せになるために働くことが大切なのだ。』

回答事例7

 あなたのお父様が、「私の跡継ぎはお前がいるから大丈夫」と、高らかに宣言しています。まあ、口裏を合わせておきなさい。親にとって子を誇りに思うのは幸せな事なのですから。

回答事例8

『出来る事はする。出来ぬ事は天に預ける。』

 出来ない事をしようとあがいて、病気にならぬように。

回答事例9

『神棚に誇りがかぶっている。どんな有名神社のどんな神様よりも、我が家の神様が尊い物(あなたに親身である)だ。』

回答事例10

『知識や感じる事で、神仏を計ってはいけない。表に出る部分はわずかな物だし、あなたにその器がなければ、せっかくのお力があなたを幸せにする助けには生かせないのだから』

……助けを求めるよりも、神様の道具として生きられるように努めよとの意……

回答事例11

(守護霊より)

 失敗や苦労から学ぶのはそろそろ卒業したいね。


11月19日

2003/11/19

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


 新車になったことを先生に電話報告して、ついでに「胃が痛い」といったら、こともなげに、「必死にハンドル握っているからでしょう」と言われた。考えてみたら、ハンドルは軽いし、ブレーキは軽いし、でも慎重に操作するしで、筋肉の緊張の逃げ場がなかったんですね。

 要するに、自分のことは必死だからこそ理解が難しい……そういうこともあるわけです。

霊査事例1

 不平を忘れてはつらつと働くあなたがいます。でも、仕事が終わると途端に不平不満が頭をもたげる。あなたは頭で幸せを考えすぎています。人と比べて幸せか、不幸かを判断しようとしています。それは辛いですよ。

霊査事例2

 初心に返って下さい。目的を見失っては、努力が全て無駄になります。

霊査事例3

 不平不満を暴力で表現するような人は、実は、理解者を求めています。理解してくれる人を相手に意地悪するものなのです。

霊査事例4

 いろいろともめ事も横たわっていますが、来年のあなたは明るい日差しが差しています。あまり自分を虐めないように。

霊査事例5

 答えに執着しないで下さい。過程こそが今のあなたに必要なのです。もどかしいかも知れませんが、答えというのは死後に必要な物であり、今のあなたに必要なのは今をどう過ごすかなのですから。

霊査事例6

 天気が良い時には良く背伸びをして下さい。だいぶ煮詰まっています。来年はいざこざが多い年ですが、でも、今年ほど大事件は無いと感じます。


11月15日(東京オフ会)

2003/11/15

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


霊査事例1-1

 お母様の体調に気をつけて下さい。たまには旅行に誘ってみるのも良いでしょう。

霊査事例1-2

 親子に遠慮や照れがあれば他人よりも遠い存在になってしまいます。あなたは、大切な人ほど遠い人にしてしまう癖があります。それは甘えの裏返しなのでしょうが。

 大切な人ほど親しい人に成るように努力しなければ、あなたは一生寂しさの中で暮らさなければ成りませんよ。

霊査事例2

 真っ直ぐに進むから抵抗が多いのです。搦め手も一つの方法です。

霊査事例3

 「神機」、「神縁」ということを考えて下さい。あなたは頭の良い方ですが、理屈が通ることばかりやっていたら、めざましい向上は望めません。あなたに余裕があって、リスクが少ない事であれば、たまには騙されてみるのも良いことです。

霊査事例4-1

 あなたの身体に触れた時、とても強い痛みを感じました。ものすごいストレスを感じます。

 あなたは不平不満から攻撃的になっているようです。しかし、あなたも周囲の人々に馴染むことが出来ず、不安を抱えているように、周囲の方々もあなたに慣れずにいるのです。ぴりぴりせずに、相手を理解する努力をなさって下さい。

霊査事例4-2

 相手に意志をぶつけるのはやめましょう。ボクシングの試合を思い浮かべて下さい。良い選手は、相手の打ち込みを見極めて反撃します。ただがむしゃらに手を動かしてもダメージを受けるのはあなた自身ですよ。

 (むろん、暴力は避けるべきですが……)

霊査事例5

 上司(次長という字が見えました)が、目の上のたんこぶになっている。でも、曲がったことの出来る人ではないので、その人の視点になって物事を考えてみると、ハッと気がつくことがあるのではと思います。

霊査事例6

 頭に力が入りすぎています。論理で考えるばかりでなく、感じることも大切なのです。ですから、精神統一中ぐらいは、お腹で考えてみましょう。

霊査事例7-1

 あなたが思う現実とは、ただの事象の現われですが、人にはそれぞれ意志があります。つまり、悪い現実があるとして、それは、当事者の悪意の現われか、それとも当事者の未熟から来る思わぬ結果であるのか、どちらでしょうか?

 あなたが思うほど世に悪意はありません。

霊査事例7-2

 あなたのお母様とおぼしき方が発言しようとするのを、あなたのお祖母さまが引き留めていったことです。

「女子の身魂《みたま》の因縁を恨むなかれ、乗り越えてこそ、身の幸せあり」

……先日、セクハラにあったとのこと。

 嘆くよりも、証拠を突きつけて恐喝するぐらいの気概を持てということらしい。(恐喝を実行せよというのではありませんよ)


11月5日

2003/11/05

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


 今年もあと、残す所三回の霊査発信で終わり……忙しい、忙しいといいながら、実は自分を見失い掛けている日々。

 イベントを次々とこなしているけれど、どうも、楽しかった嬉しかったという感慨に浸るよりも一つ終わった、二つ終わったと勘定することばかりになっている。なんだか、精神統一甲斐の主催者に精神統一が必要な毎日になってるなんて、変な話。

弛緩する3

 ストレスというのは、重要な案件に対しやすいように、心身が準備をしているのです。つまり、ストレスを持てない人はだらだらとした人生を送ることになります。問題は、事が済んでもリラックスできないということ。これが万病の元なのです。

 精神統一というのは、実は心と背後霊とを一つにする為の修行な訳ですが、私たちがやっているのは、その統一以前に、背後霊の意志を拒絶しないために、必要な時に寛容・寛大の精神状態を作れる、つまり、必要な時に意図的にリラックス出来るようにする訓練なのです。

 で……過去何人もの方が、精神統一を続けられないからとおやめになっていきましたが、むろんそれは私の指導が下手であることも要因の一つですが、皆さんがリラックスするのが下手であるというのも大きな要因だと思うのです。リラックスできないから座っていることが苦痛に感じるのですね。

霊査事例1

 考え事をなさる時には、一つ一つ答えをまとめてから次に行くべきです。そうしないから纏まらず、結果的にただの妄想になっている。物事に、あれこれと欲をかくから全部中途半端になってしまう。気がつけばいろいろやったけれど、でも何も結果が得られない。何も得られないから焦りばかりが生じます。それがまたあなたにストレスを与える。

 これでは後悔が生まれます。死後に後悔を持ち越しては、「心霊を学んだ」とは申せません。

 まず、一つ事を終わらせるべきです。

霊査事例2

 あなたは責任感の強い方です。ところで、その責任感の結果、あなたはいつも「○○しないと××さんに申し訳ない」と考えてはいませんか?

 人生において、助け合いは確かに必要ですが、まず第一に自分の霊性向上のために生まれてきたことをお忘れ無く。すなわち、せめて後悔の半分は「このままでは自分に対して申し訳ない」という気持ちをもたれることです。

霊査事例3

 あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ、そう考えていると周囲の確認がぞんざいになります。あなたはハラハラする事が無くても、周りはハラハラのしどうしならそれは事故の危険サインです。

 身近な人の言葉を聞き漏らしたりすることに思い当たることがあれば、特に車の運転時には雑念に囚われぬように注意なさって下さい。

霊査事例4

 結果が出たことは考えてもどうにもなりません。いや、考えれば考えるほど、本来ならば次の逆転のチャンスを目指すべきなのに、変わらぬはずの過去を変えたくなっていきます。

 そういう時、気持ちの切り替えを上手に行うのが、精神統一を修行している人の為すべき事です。

 が、心霊という観点からいうと、人が妄想や過去への執着に囚われるのには、霊的な理由、すなわち、亡者に話しかけられた結果と見ることも出来ます。その上であなたにアドバイスすると、どうにもならぬ事が思い出されて仕方がないなら、亡者と共に悲しみに浸るよりも、自分と共に亡者も一緒に励ますように、自分に、「頑張ろう、明日を目指そう」と語りかけてみて下さい。

 互いに成長する。それも人生の使命なのです。

霊査事例5

 あなたの妄想を考えるなら、父方のご先祖に事故でなくなった方がいらっしゃいます。くれぐれも、交通事故にあって始めて気がついた……等ということの無いように。

 「考えても仕方のないことに囚われず、人生は山あり谷あり、一緒に頑張りましょう!」そう自分を励ましてみて下さい。

霊査事例6

 熱心に心霊を学んだ人は、どうも修行中毒の霊に魅入られやすいのです。

 「お釈迦様は、楽器の弦は緩ければ音が出ず、張りすぎても良い音が出ないと、中道の思想にたどり着きました。だから私もあわてず、確実に行きたいと思います」と言い聞かせてみましょう。

霊査事例7

 人が宗教や心霊に関心を持つのは、その魂がふるさとを恋しがっているからだ、という話があります。その通りだと思います。

 さて、せっかく神棚をまつっても、最近ではただの一習慣になって手を合わせることもぞんざいになっている様子。わずか15秒でも精神統一で、その精神統一が事故を避ける直感を鍛えます。お水を上げるよりも手を合わせることを大切に。

 なお、どうも背中が冷えているのを感じます。肩こり、筋肉痛はそこから来ますよ。お風呂で良くお腹をもみ、湯船に背中をこすりつけて刺激してみて下さい。

霊査事例8

 私は職場でも時折3分ほどの精神統一を行います。その時、あなたが会社で働く姿が目に映りました。その時、一緒に狐とか、その他変な霊がふわふわとあなたの周りに浮かんでいるのが感じられたのです。これは祟りとか、そういう問題ではなく、同僚の方々の注意力散漫を暗示しているのです。釣られてつまらぬミスを犯さぬように、ご自分の仕事はチェックリストを作りながら確実にこなすようにして下さい。

 もう一点。ある程度の規模の会社は一定割合で身体障害者を雇う制度があるはずです。あなたの会社で、下肢の障害を持って、車いすを使っていた人がクビになったという事件はありませんか。あなたが入社してからのことです。

 どうも、弱い者いじめが多いというのが聞こえてならないのです。この雑音と手を切るためには、一通り聞かせて貰いたくて。


10月15日(オンライン)

2003/10/15

10月15日(オンライン)


 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


 どうも最近、守護霊に関する変な……海の魚が空を飛んでいるような……質問を多く受けます。私は何も他所で心霊を学んだ人を拒絶しようとは思いませんが、私がいってもいない事、しかもへんてこな質問をされるのははっきりいって不愉快です。

 守護霊はむろん、皆様の幸福のために、一生懸命働いているというのは、私も同意する所なのです。しかし、幸福とは何か、ここに私とそうでない方との間に大きな差異が生じてきます。

 一口に、あの世この世と区別しますが、顕幽は相対ではありません。肉体に縛られているのがこの世、その制約がないのがあの世なのです。生きている人と、死んだ人と果たしてどちらが幸せか……この違いは、いわば海に潜って貝を集める海女の仕事に似ています。海に潜るのは身体も冷えるし危険な仕事でもあります。でも危険を冒して深く潜ればこそ、海の幸を集められるのです。

 海女は、海に潜りたいから潜るのではなく、海の幸を集めたいから海に潜るのです。潜らなくても収穫があるのなら、どうして海女は海に潜るというのでしょうか。

 人生も同様です。いくら長生きした所で、何の収穫もなければ、空手の海女です。それならいっそ潜らない方がお腹が空かない、身体が濡れない・冷えない。結構な事です。つまり楽に生きるというのは、矛盾しているのです。それこそ肉体に感化されて、物質的な豊かさを追い掛けたり安穏な生活を送りたがるのと同様です。私たちはもう人生に慣れて、この人生が水底であることを忘れています。でも、水底にいる事だけでなく、収穫する事を忘れてしまっているのが人間なのです。

 私が申し上げたいのは守護霊とは、せっかく海に潜った海女を手ぶらで陸にあげるような真似はしないという事です。ところがどうも趣味で素潜りしているような質問者が最近増えています。つまり収穫はいらないから楽に潜りたいというのです。こういう事は心霊思想を前提に考えると、そもそも潜らなければもっと楽ではないかと思えます。

 苦労というのは、それに見合った報酬がないから苦しく思えるのです。報酬が多ければ苦にならぬのが苦労の面白い所なのに、なんだか、楽する方法、いわば、苦労をうやむやにする事ばかりがもてはやされている昨今。わざわざ苦労しろとはいいませんが、避けられぬ苦労を後回しにして、年老いてからそのツケを払わされてはとても辛い事でしょう。

 肉体の感化で魂の痛みに鈍感になっているとしても、本来、肉体を持つ事はとても苦しいのです。たとえば、動物愛護の精神に富んだ人が、牛や豚や魚たちを食べて暮らしている……可哀想な動物と食べられる動物ではどこが違うのでしょう? 私たちはなるべく食べる事に罪の意識を持たぬようにしてはいますが、本来魂は、こういった罪の意識に苛まれているのが普通です。だからこそ、霊性の顕現を迎えた人が菜食に拘りもするのです。そうやって日々、魂の痛みを生み出しつつ生きているのが人生なのです。だからこそ、痛みから逃れるよりも、その痛みに見合う、またはそれ以上の収穫をもって私たちは霊界に帰りたいものです。

変な質問

 整理します。私が変だというのは、

 人生の苦労を減らす手段を求める事……「会社に行って仕事しないで給料もらえない」に似ています。

 私が心霊主義を通じて学んだ事は、人生の苦労に見合うか、それ以上の収穫を求める事……「会社でちゃんと働いてたくさん給料を貰う」という事です。

 むろん、余暇は大切だと思います。ならば、会社を休んで存分に余暇を楽しめばいい。給料もらえずに毎日会社に行くよりも、五日みっちり働いて、二日みっちり遊ぶ方がよほど充実していると思うのです。つまり「楽したい」という気持ちは同じでも、使命を無いがしろにするか、しないかでその結果は大きく異なると私は思います。

霊査事例1

 とても素直な祈り声が聞こえます。そして周りに6人ほどの霊が佇《たたず》んで、その祈りに耳を傾けています。

 単に、霊査を待つばかりではなく、あなたなりにいろいろと試行錯誤をしている事はとても良い事です。なぜなら、心霊主義とは、救いを待つのでも、救いを求めていくのでもなく、より多くの霊たちと調和を持ち、助け合って前に進む事だからです。調和の中において、自主性は一時的には混乱の元ではありますが、自主性を忘れた調和は一部の努力家に、他の多くがぶら下がるだけになりがちなのです。

 ただし、あなたは生まれつき、他から頼られがちな人です。自分が無償で与えられるのはどこまでであるか、無理をしない為にも、その限界を時々見直しましょう。

 また、良ければ一度、教会なども尋ねてみてください。静かな一時を楽しむ事もあなたにとって良い事です。

霊査事例2

 「感謝する事が大切です」と説教されても、感謝の気持ちなどわき上がりません。

 対抗心をあおられたって、憎む気持ちも湧いてきません。

 自然な暮らしの中で、「ああ、当たり前な生活だって、守られているから当たり前なんだよな……」と思えたら、それが先祖供養の第一歩です。人より多くのお祖父様を持つあなたは先祖の守りの堅い方ですよ。

霊査事例3

 熱心に精神統一している姿が見えます。そこそこに深いのだけど、どううまく繋がっていないのです。不思議に思ってしばらく観察してみますと、周りに幾人もの霊が取り巻いて、ただ見ているのです。あなたには準備が出来ているのに、誰も手を出そうとしない。せっかく、ボールを遠くに投げても誰も受けてくれないから、つまらぬキャッチボールにしかなりません。

 これはどうも、あなたの信仰心、帰依心に問題があるようです。内心で守護霊に絶望してはいませんか? キャッチボールというのは、投げる時は相手の胸に目掛けて投げるのです。ですが、相手の球は必ずしもあなたの胸元に目掛けてくるとは限りません。しかもそれは相方が下手だとは限りません。風が吹くかも知れないし、通行人に当たらぬように相手が工夫をしたのかも知れないのです。

 ボールを受け取れないからといって、不平で口をとがらせる前に、もっと身体全体を左右に動かして、とにかく一球でもボールを拾う事です。そして二球三球と拾えるようになると、信頼感が増してきます。

……念のために申し上げますが、あなたはボールを受けるのが下手だとおもいます。そもそも、人は、失敗からも学べるし、他人の成功・失敗からも学べます。ところがあなたは成功しないと、経験値が増えないかのような錯覚をしています。無事ほどの幸せはないのですよ。

霊査事例4

 小さな幸せと、大きな幸せと、あなたの思い描くのはとても極端で間がありません。小さな方は誰が助けなくても手にはいるが、大きい方は誰が助けても手に入りません。そしてあなたの願いに中間はないから、助けようとする者がいても何も出来ずにいます。

 これもまた、理想が高い上に、自分に厳しいあなたの人生上の傾向です。少しずつ良い方に……それを望画してみませんか。

霊査事例5

 安逸な人生は決して幸せな人生ではありません。それは無価値な人生なのです。

霊査事例6

 何か新しい趣味をはじめたのでしょうか。ちょっと気配が遠のいていますが、いつものあなたの背後さんの声で、「ちゃんと元気にしていますよ」と聞こえました。

 これはあなただけに降りた霊査というわけではないのですが……

 人間、この世に生まれくるには、それなりの気力の後押しが必要です。子供が生まれる、子供として生まれるというのは簡単な仕事ではないのです。

 たとえば災難続きで神も仏もないように見える家であっても、子供を産み出すというのはそれなりに、気力霊力を持った家であるという事です。その気力が失せればそもそも子供なんて生まれてきません。いや配偶者すら迎えぬ事でしょう。

 では、神仏の加護が見えがたい家とは何かというと、要するにその気力霊力を生活の活気に結びつけるのが下手な人々であるという事なのです。

 さて、私の霊媒としての体験で、統一も必要の無いぐらいポンポンと返事が口からこぼれる場合もあれば、反対に頭を絞りに絞っても返事がわき上がらない場合もあるのですが、この差をたとえると、水源のダムに水が満々とあるのに、用水路が詰っていて下流に流れぬ場合と、そもそも水源のダムに水がないから下流に流れぬ場合があるの違いなのです。

 私も請われれば、コップに水を二杯三杯、誰にでも振る舞う気概はあるのですが、「なんだこれっぽっち、使えない奴だな」といわれる有様。ですが、さすがに田んぼを潤すほどの水は、それぞれの上流のダム(すなわち当人の前世と祖先の功徳)に水源が無ければどうにもならない事なのです。(有料相談なら考えるけどね。)

 と、これまたあなたにはくどい話かも知れませんが、あなたが過去に不幸を引きずっているのは、別段あなたの祖先が弱いからでも悪いからでもありません。ただ、あなたの近親者が、祖先の功徳を上手に使いこなせなかっただけです。

 今のあなたは、無理をしないし、高望みはしない。だから、もうちょっとわがままに生きても大丈夫なようですよ。


9月18日(オンライン)

2003/09/18

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


弛緩する2

 横浜オフ会で、自己催眠式の精神統一を皆で試してみました。かなり具合がいいようです。わたしを含めて……船をこいでいる人もいたりして。

霊査事例1

「先祖供養を強いるのは、惨《みじ》めったらしいから止めてくれ」といわれたのですが、前々から感じていた事です。あなたのご両親は、どうも血の繋がった祖先を大切にするけれど、家の繋がった祖先は疎かにしているきらいがあります。しかし、義務を疎かにすると霊界はてきめんに冷淡になります。

 地上の感覚ならば、「見えない部分は手を抜いたっていいだろう」という事に寛容ですが、霊界の感覚だと、「見えないからといって手を抜くような不誠実な奴は全く信用できない」といったように実に辛辣な部分があります。

 ご両親の考え方はもう変わらないかも知れませんが、ご長男としての自覚で補えるのではと思います。

霊査事例2

 あなたは感覚が鋭敏すぎて、精神統一の満足感が得にくいのかも知れません。肉体的な感覚が勝ってしまうわけです。本来ならば、そのスイッチが自由に入り切れ出来なければいけないのですが。

霊査事例3

 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」……いや、嫌な事はさっさと忘れて気分を変える事は必要なのですが、忘れてはいけないものを忘れ、忘れていい事をいつまでも引きずっては、誰よりも、あなたが不幸です。

霊査事例4

 あなたの夏風邪は、環境の問題もありますが、やはり体質の問題が一番大きいでしょう。身体の弛め方が下手なのです。だから病気にでも成らないと弛緩しない。体

質・気質もありますが、弛緩する事に罪悪感を抱いていませんか?

 また、お母様をお大事に、まだ、人生を卒業するのは早すぎます。とはいえ、どうせ生きるのならば、腹を立てず、楽しく生きるように心がけましょう。嫌々生きても一生、楽しく生きても一生なのですから。

霊査事例5

 たとえ手応えが感じられなくても、確実に因縁は片づきつつあります。ゆったりとした気持ちで暮らしましょう。

霊査事例6

 いい諭す口調で、

「いくら祖先の霊が強くても、祖先の霊が大切にする事と、おまえが大切にする事は同じではない。また、人生で出会う困苦は魂の修行に必要なものである。災難にあったからといって、くれぐれも神仏を恨んだりせぬように。」

 災難の傾向があるようですが、あなたならきっと乗り越えられます。


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