‘心霊主義’ カテゴリーのアーカイブ

皆で幸せになろうよ

2011/03/24

 ちょっと、時期を失した感もあるが、静岡オフ会でのこと。スケジュールの都合もあって、全員いっぺんに精神統一できなかったが、乞われて一人の霊査をとった。

『我が身のことを思って、人を助ける。上手に助けられないからといって、相手を恨んだりせぬように。』・・・自分を犠牲にしてまで、誰かを助けようとすれば、報いられないと痛みが生じます。するとつまり、相手の為を思うつもりでいて、実は、自分の利害に振り回されることになります。(あえて書くと)弱者から、金品を奪わぬ代わりに、無形の何かをせびっているなら、それはやはり、利己的行為といえましょう。


  仙台で、被災した方からの、「平穏無事な日常生活のありがたさがわかった」とのメールを読んでいるときに、霊信を受けた。ところがいささかキツイ内容なので、それを先方に伝えることにしばらく躊躇した。・・・まあ、背後たちは、よほど相手を信用しているようなので、思い切って相手に伝えることにした。

 意地悪なようだけど、とてもとても大切な事で、しかも、とてもとても良い機会だから、我慢して以下を読んでください。

  1. 何も考えずに上手く行くことなど、本来、有難(あるのがむずかしい)事なのです。それを古来日本人は、「有難(ありがたい)」と表現します。 あなたは、平穏な生活のあることに、感謝することの出来る人です。でも、どれほど有難いか、その事を思ってください。
  2. 現実でなければ良い、と思えるのは、恵まれている、または、誰かがやってくれる、と信じているからです。つまり、あなたの心には重大な甘えがあり、それは、今生だけでは拭いきれないでしょう。良し悪しの話ではありません。そこにあなたの課題がある、ということです。とはいえ、今慌てる話でもありません。
  3. 辛いのは、楽しんでいないからです。・・・当たり前ですが。 でも、人類が、「万物の霊長」などと、威張るのは、数々の危機を克服したからです。そして、克服するなら、楽しむほうが良いのです。工夫することはとても楽しいし、それで誰かの命が救われ、また、生活が向上するなら、それほど有難い事はないはず。長く、苦しいのは、工夫していないからです。いえ、(バカにするのではなく)あなたは、素直で良い子だから、逆境を楽しむ、他者の苦しみを命の糧とすることが苦手なのですよね。
  4. 被災者のために祈ることは良いことです。でも、災難に苦しむ人は世界中にいるのに、身近な人の無事だけを祈るのでは、いささか視野が狭いでしょう。

 とくに、これは言っちゃいけないな、と我ながら思うのは、「それは、今生だけでは拭いきれないでしょう。」という部分だ。霊媒が来世をいえば、相談者を不安に追い込みかねない。(・・・金品とかは要求してませんよ) が、あえてこの表現はそのまま使った。

 そして、災難に苦しむ人は世界中にいる。・・・この人はやさしい人だからこそ、手の届かぬ不幸から眼を背けてしまったのだろう。

 その気持は私にも判る。でも、血を見るのが嫌だから、といって、(例えば)血だらけのケガ人を放置して良いはずもない。

  人の好意を受けて、「幸せだな」と思えたなら、ひとつ、人を幸せにする方法を学んだ、ということだし、

  自分が、怖い、嫌だ、と思うことがあれば、ひとつ、人を守る方法を学んだ、ということのはず。

 すぐに、すべてを幸福に変えられないのは、人である以上、仕方がない。でも、人である以上、少しは何かを変えられるのではないか?

 自分の幸せを忘れて、人のために働け、というのではない。むしろもっと、利己的な方法の誘惑である。

 人の不幸から眼を背ければ、人生に死角が出来、災難は知恵ある如くそこを攻めて来る。たとえ見るのが辛くても、人の不幸に関心を払っていれば、自分を守る助けになるのだ。

・・・誰かを幸せにせよ、というのではなく、皆で幸せになろうよ、と私はいう。


 

 

地震雑話

2011/03/20

 私の心霊の師匠に当たる人は、ナガサキ被爆者である。当日、学校をサボって買出しに出かけて難を逃れたという。真面目に授業にでていた生徒は皆、亡くなったというのに。師の姉は、電話ボックスに入っていて難を逃れ、師の母は、飛んできた戸板に庇われて助かったという。

 たとえ運がよい人でも、行動の自由を持たぬ人なら、災難を逃れられようはずもない。選択肢が多いほど、難を逃れ得る。

 ・・・何々、しなくっちゃ。という考えに縛られていては、天も救いようがないのでは?

 または、・・・あなたは誰かを救えるだろうか?  ・・・親切の押し売りをせずに?


 何年前のことだったか。

 神奈川県から、千葉県北西部に引っ越そうとする友人から相談を受けた。

 「うーん。好ましくない、って、聞こえるのだけど。理由は教えてもらえない。でも、どうしてもダメ、というわけじゃないみたい。」

 結局、ご主人の仕事の都合もあって、友人夫妻は引っ越した。

 昨年の暮には、クリスマスプレゼントをもって、この友人の新居(といっても引っ越してからずいぶんたつが)を訪れた。

 ・・・ちょっと高台で、水はけも良さそうだ。地震が来ても平気だろうし・・良いところに住んでいるのに、何が悪いというのか?

 それが分ったのが、今回の福島の原発事故である。

 神奈川よりも、千葉県北西部の方が、原発に近い。それゆえ、釘を刺されたのだろうと思う。・・・『選んだのはお前だ。』

 たしかにいろいろ不安かもしれない。でも、『ダメ』とは言われなかったことに、救いもあると思うのだけど。

・・・・・・・

 物事には必ず、一長一短がある。・・・長所だけに目を奪われても、短所を厭うだけでも、結局、人は行詰る。

 時には大きな代償を強いられることもある。かつて、時として、大きな報酬を得たことは、いずれ支払いもあるということなのである。

 ・・・強いられる代償が支払い難く思えても、きっと払えるよ、今まで通り、誠実に生きるなら。


逃げれば無事か?

2011/03/16

『流言は智者に止まる』・・・くれぐれもデマの片棒を担がぬように。


 私がもともと、霊能の師匠の失笑を買ってまでサイトを開いたのは、当時、ノストラダムスの予言ブームに一家言表したかったからだ。

『予言通り、1999年に人類が滅びるとして、あなたはそれまで生きられるのか?』・・・地球の終わりのその前に、ガンに罹るかもしれない、事故に遭うかもしれない。

 そして今回。

 誰もが昨日と同じ今日、今日と同じ明日が続く・・・いや、迎える週末の予定を思って楽しんでいたかもしれない・・・その当たり前の思いが、もしかしたら妄想だったのでは、と、恐れ、戸惑うような思いをしたであろう、東日本大地震である。

(茨木・郡山の知人の安全確認済み、私事、我が宮城の知人の無事も確認済み。仙台市内から東京オフ会に参加してくださった方の無事も確認)

 福島の原子炉事故を、不安に思う方も多いだろう。

 また本日/昨日(2011年3月15日)、「1都4県で過去最高の放射線量(核実験時除く)」が、観測されたと公表された。その数字は、私は「平均値?」か(最大値はもっとずーーと多いのでは?)とも思うが、それはともかくとして・・・

 その放射線の影響で生命を失うまで、あなたは生きていられるのだろうか?

 地震や津波や・・・交通事故や病気で死ぬこと無く?

 あなたは昨日と同じ今日、今日と同じ明日が続くと信じているのか?

 この期に及んでもまだ?

 原子力発電所で何が起ころうとも、あなたは無事だ!!・・・と、いうわけではない。申し訳ないが、不特定多数の霊査などとれないし、何でもかんでも解る便利な霊能者では・・・少なくとも私はそうではない。

 でも、あなたは原子力発電所の心配だけしていれば良いのだろうか?・・・いやそれ以前に、(少なくとも当サイトの読者は・・・)、原子炉の心配などしたところで何が救えるというのか?

 少しでも西に、または、南に逃げる?

 うん。まあ現時点ならばそれも良さそうだ。いや、頭で考える限り、それは最善でもあろう。

 ・・・とはいえ、明日のことは誰にも判らず、逃げた先で大地震に合うかもしれず、逃げる途中で事故に合うかもしれない。または、隣国の核実験でもっと多くの被曝を受けたり・・・

 あなたは、自分の知力の範囲内で、本当に安全・無事を確保できるのだろうか?

  もしくは、あなたが思う限りの安全策に、誰かの同意を得ることで、安心感を得ようとしていないか?

そういうのをデマと呼ぶのだが?


絶望とは、望(のぞみ)が絶える、と書く。

文字の順番が違うなどと、低レベルなリアクションは断る。
無くならなくても、諦めれば望は絶える。

 たとえば、原発なんて作るな! という意見がある。

でも、原発無くして今の日本の繁栄があったかどうか?

 いや、仮定の話をしたいのではない。『何事も、一長一短である』と言いたいのである。

 今、短所が出ているのは、今まで長所(安価な電力)を甘受してきた反動だ。その事から目を逸らしてはいけない。・・・いま、福島にある原発の危機から眼を背けたとして、原発は、福島にだけあるのではない。東北地方にだけあるのでもない。日本国内だけにあるのではない。まして、隣国の核実験も避けがたい。さらには、今安全な原発も、いつまで安全であるというのか?

『逃げるな!』というのではない。でも・・・逃げればほんとうに安全なのか?

 恐怖感にかられて、ドツボにハマらないように。あなたの命を害する要因は、福島の原発以外にザラにある。それこそ、鉛筆の刺さりどころが悪くて死ぬ人もいれば、飛行機が落ちても、助かる人がいるのである。

 冷静に。そして出来れば霊性に従い、なすべきことをなすように。


 もしくは、あまり無様に心配して見せて、人としての信用を失わないように。

 どうせ逃げるなら静かに。

  

亡者

2011/02/17

 汚れた姿の男が紳士風の男にすがり付いて、「助けてください。助けてください。」としきりにいう。

 紳士風の男は、一喝した。

「おまえのような愚か者が、どうして救えよう!!」

その剣幕に腹を立てた、汚れた姿の男は、なじる様にいう。

「あなたは多くの者を救ってきたというのに、どうして私には意地悪をいうのです。」・・・自分よりも背の高い、紳士風の男を無能呼ばわりする気配である。

 紳士風の男は静かに言う。

「よき指導に従ってこそ、苦しみから逃れられるというのに、おろかなお前は、指図ばかりしているではないか。救え、救えと。お前の指図に従えば、神仏ですらただ苦しむだろう。それは無駄なことだ。」・・・話にならん、という態で立ち去ろうとする。

 すると汚れた男は、再びすがり付いたが、再び紳士風の男が一喝する。

「そら見ろ、お前は人の話を理解しない。黙って付いてきたなら共に高みまであがれたかも知れんのに、人を支配したがるお前の性が、その苦しみを生んでいるのだ。」

霊査事例: 2011年2月12日 

2011/02/14

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


事例1

  • 『意気込みはよし。でも今(統一中)は無心に』・・・もっとリラックスして。
  • 『いいのです。良いも悪いも相手は勝手に解釈します。あなたの努力ではどうにもならないこと。あなたは自分のベストを尽くしなさい。』
  • 『心配する暇があったら、身体を動かせ。あなたが思う以上に、全ては上手くいっている。』・・・心配のあまり余計なことをしませんように。
  • 『信仰とは己以外の価値に、己を生かせること。信じるのは神ではなく、世の中と自分の関係。』・・・いくら神様を信じても、神様の価値観を受け入れなければ、誤解が横たわるままです。決して信仰に逃げ込まないこと。神様を信じただけでは良く生きられません。

事例2

  • 『人は己の中に「癒しの泉」を持ちます。それを引き出すこと。』 ・・・原稿整理中に補足が聞こえました。『癒しの泉とは何か、気づいたのか?』とのことです。
  • 『あなたの微笑には癒しの力があります。』・・・もっとにこやかに。 上記、「癒しの泉」とは、あなたを癒す力で、あなたの微笑に備わるのは、他者を癒す力です。
  • 『あなたが思う以上に、あなたの気持ちは周囲に伝わっています。ただ、相手が不器用で迷惑なだけです。それぐらいで悩まないことです。』
  • 『心配する暇があったら、自分にとって何が幸せで、どうすればもっと幸せになり、そうするには何が必要かを思うことです。』
  • 『欲に振り回されず、自分らしく生きるあなたはステキです。批判する人があるとしても、それは自分の価値観を守ろりたいから(相手にする必要はありません)。自分らしさを失わずに。』

事例3

  • 『あわてずに』・・・(精神統一中の姿勢があまりよろしくありませんでした。)もうちょっとリラックスしないと、私には何も聞き取れません。
  • 『かくさない!』・・・霊査とは、心の秘密を暴くものではありません。あまり緊張なさらずに。
  • 『人の話に振り回されず、もっと自分の内面に目を向けましょう。あなたは分かる人です。価値や意義を大切に。』・・・つまり、着眼点さえ間違わなければ迷うことはない、という意味です。
  • 『結局、自分を信じる、ということは、信仰につながります。人は、一人ではないと気付かないと、真の自信を得られません。あなたは強がらない。それは大切な美徳です。』

事例4

  • 『しっかりと守られています。』・・・(精神統一中の姿勢は良かったです。)あなたの座っている姿に、覆いかぶさるように守る姿が見えました。
  • 『息をひそめて生きる必要はありません。自然体でいられないなら、そこにあなたの居場所はないということです。』
  • 『あなたのおばあさまも霊感(直感)の強い人でした。』・・・ご当人も勘の良さを自覚無さっているとのこと。
  • 『状況に振り回されている。』
  • 『体質が悪いが、霊統は良い。』・・・私は霊感を電話に例えて、良い電話機があっても、掛ける相手がいなければ情報を得られない、電話が悪くても、掛ける相手に力があれば、それこそ郵便でもなんでも、いろいろな手段を使って伝えてくる・・・と、考えます。あなたは合理的な人ですから、霊感を受けるには向いていないかもしれません。でも、良い背後霊をお持ちです。

事例5

  • (怒りの炎が背中を走っている図を見せられて) 『あなたが思うほど、悪くはないし、あなたが思うほど憎しみもありません。「風が吹いている」ぐらいに思ってください。』・・・今の状態、というのではありませんが、(なにかに)腹が立つのは、相手が悪いというより、無意識なストレス発散行動として喧嘩相手を探しているようです。
  • 『良い。己に解決力のあることを信じよ。』
  • 『姿勢正しく。年をとってから苦しみますよ。』
  • 『問題に気づけば解決できるが、問題を直視しないくせを何とかしないと。』

事例6

  • (引越しの相談を受けて) 『あなたの住む場所などどうでも良いが、かわいい孫には良い場所を・・・』・・・と聞こえました。あなたの祈り方にも問題がありそうです。
  • 『むずかしい。』・・・欠点の無い選択肢はありませんよ。
  • 『「文句を言う」には、己が天国にいなければならない。でも本当に天国にいるなら、なぜ不平が出るのか?』・・・己が正しいなら、苦しむはずもない、苦しいのを誰かのせいにするのは、苦しむための境涯にある、という意味のようです。
  • 『感情は、捻れた霊性からのメッセージ。(今あなたが)不愉快なら、(あなたの魂には)何か言わんとすることがあるのだ。』・・・とはいえ、知らぬふりも大切かも。

事例7

  • 『ふがいない! 男の仕事をわきまえろ!』・・・原稿整理中に補足が聞こえました。『(夫婦の中で)上手くリーダーシップをとれば、両家に角が立たないものを、聞く者がいないからとつまらぬことを口に出せば、上の者(上級祖霊)は呆れ、下の者(下級祖霊)は半目(方針がバラバラ)する。時が経てば自ずと(結論が)一所に決まるとはいえ、決まるまでの間に何人(霊も含め)が右往左往するのか。人が動けば反動が生じる。他者がジタバタするのに見物を決め込めば、お前への愛情も薄れるのだぞ。』
  • 『仕事の分担をしっかりとする。全部背負わなくても良い。』・・・解決のためでなく、拗らせないための努力を。
  • 『ご時世を思えば、巧く行かなくて当たり前です。』
  • 『この世にいて、あの世に生きるな。世事も大切に。』・・・仙人であらぬことです。
  • 『大問題はスルーして、少問題にはよく気づく。そのままで良いはずはない。』

事例8

  • 『世の中、どうにもならぬ事あり、ならぬ人あり。それぞれにはそれぞれの理由があり、あなたが思う以上に相手は悩んで居るものです。解決を急ぐなら、(急かすことで)開いてを苦しめないことです。』
  • 『考え事が多いときは、往々、内臓のつかれがひどいものです。人を思う半分も(ご自分の)身体の心配をすれば良いのですが。』
  • 『病気(気質?)体質!』・・・病気にでもなれば、もっと大切にしてもらえる、などと思っていませんか? 思いもよらぬ大病の気配があります。健康第一で。
  • 『作用には反作用。無理を通せ道理が引っ込む。だが、いつまでも引っ込んだままか? 良い老後は一人では得られない。あなたが嫌なことは、奥様にとっても嫌なものだから、表現に気をつけて。』・・・寝たきりになってから仇をとられないように。というか、奥様も辛いのでしょうから、その気配りもいたしましょう。

事例9

  • 『あれこれ思わず、感じることを大切にする。あなたの直感を信じなさい。』
  • 『幸せとは、ごくごく当たり前のものの上に成り立っています。当たり前のことを大切に。』
  • 『どうせ言っても、どうにもならないから、もっと悪口を言わなければ。お腹に腐ったものを置くと身体を壊します。』・・・溜め込みすぎていませんか?
  • 『心配するより、対策を。(心配するのは)転ばぬ先の杖か、それとも唯の重荷か? 頭を使いましょう。』・・・ひょっとして、不幸救世が付いているかも。

事例10

  • 『祈りは通じます。ただ、もう少し、爽やかに。あなたの心もそうなるように。』・・・事後に理解しました。怒りや憎しみで祈った結果、穏やかな生活が戻るはずもないのです。
  • (あなたの足元に棒が置かれているのが見えて)『視線の手前に障害があります。』・・・躓かぬように。
  • 『無視は意識の同義語です。』
  • (将棋にたとえて判るとは思えないのですが、もしかしてお父様の将棋が好きでしたか?)『へぼ将棋、王将より飛車を可愛がり。一度に一つしか見ないから失っても気付かない。』・・・問題を抱えているにしても、それが隙を作っていませんか。

まあ、いろいろあるだろうけど

2011/01/27

「愚痴もほどほどにしろ!」と言われて、ハッと気づく人もいれば、怒り出す人も居る。

 気づけば愚痴が止まるとは限らない。当事者にしてみれば心のバランスを取るために愚痴をこぼしていることもままあるから、下手に止めようとすれば心のバランスを崩して、怒り出すのである。・・・いわば生理現象、出物腫れ物所嫌わず。

 とはいえ、愚痴で心のバランスを取るというのは、いささか無様ではないか?

 無様もやむなき事情があるのだろうか? それとも、無様さに気付かぬだけなのか?

 もしくは、愚痴をこぼすのはタダ(代価がない)と思っているのか?

 

 愚痴は、ほぼ、生理現象であるから、人皆、グチをこぼすことに心地良さがある。・・・恥ずかしさを忘れていなければ。

 だが、他者の愚痴を聞いて喜ぶ人は少ない。・・・人の不幸を内心あざ笑う人でもなければ。

 でも・・・愚痴でバランスを取るような心って、ちょっと安くないか?

・・・・・・・

 または。・・・当事者は、心のバランスを取っているだけだから、それを愚痴だとは思わずに居る。

 他者を穢さずにはいられない、その心はいささか汚れてはいないか。・・・いや、それは相手に言わず、ただ、黙って立ち去るがよい。

 なあに、立ち去った結果、多少寂しくなろうとも、それは特殊な事情ではない。どうせあの世でも、人が(無駄に)溢れているのは、偽物の天国と、本物の地獄だけだ。安易な賛同と、真の理解とを混同するのは、とても寂しいことである。・・・つまるところ、人が求めて懸命になるのは、いかなる事であるかを思えばいい。

 あなたは他者の理解を欲して、迎合したり、苦しんだりしていないか?・・・わが道を行くには、別れと努力が当たり前である。

 無駄に人が集うのは、偽物の天国と、本物の地獄だけだ。

・・・・・・・

 人の非が多く見えるのは、まあ、良い。

 だが、人の非を多くいう人は、己の心に気づいているだろうか?

 物質界にどっしり腰を降ろし、その中で世界を見ていることを。

・・・・・・・

 あなたは価値有ることをしているのか。それとも自らを貶めているのか。

 あなたは、どちらを目指して生きているのか。

・・・・・・・

  それぞれ、苦しいのは、まあ、仕方がない。この世は、哀しいかな不自由で、しかも鈍いのだから。でも、あなたが言わんとするそれは同情されれば片付く問題か。または、誰かに八つ当たりすれば解決するか?

 もしくは、第三者が心を傾けるべき価値ある問題か?

 あなたが極、自然に選んだその道は、果たして、あなたが未来に贖える選択か?

 

 

 

 

 ・・・安易に他者に八つ当たりしていないか? あなたは。

霊査事例: 2011年1月8日 東京オフ会

2011/01/09

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


祈りの大切さをもう一度考えてみましょう。・・・神仏心霊の有無以前に、心の整理に役立つはずです。嫌なことを「嫌だ嫌だ」とわめいていたら、実際は、つまらぬことが、おおげさになってしまうこともよくあります。

事例1

  • おつかれ、というより、気落ちを感じます。
  • 身体の芯にまで疲れがあり、(心に)雑音が出ます。
  • 『やるべき事を整理しましょう。このままでは倒れます。』
  • 『息を上手に吐く、思いつめると人は息を停めます。』・・・ストレスを上手に受け流しましょう。
  • 自然に伸びが出るのは、身体の調整機能の働きです。『よろしい。』
  • 『人生山あり谷あり。つらいことは一時のことです。先を見ましょう。』

事例2

  • (いわゆる)明神がついていて、悩み事を掬い上げている様子が見えます。・・・頑張りすぎてはいませんか?
  • 呼吸を深く、ゆっくりとしましょう。
  • 息が早いのは、貯めこむタイプの人です。
  • 『志の強い人は往々、志に負けて不幸に死にます。あなたは、笑って最後を迎えますように、もっと笑う癖をつけましょう。』

事例3

  • 婦人病にご注意を。
  • 『女らしい生き方を心がけています。とてもよろしい。』
  • 『どんな服装をしている時も心のなかはドレスを来ているつもりでふるまいましょう。 心の装いも大事です。』
  • 『今年は良い年になります。チャンスを逃さぬように、でも、引き返す勇気を忘れぬように。』・・・いろいろなことが起これば、中にはよくないことも含まれます。

事例4

  • 『息苦しいのは、ご先祖が集まるから。心配かけすぎ。』・・・泣き言が多くありませんか?
  • 『普段ならば「腹をくくれ」というが、あなたの場合は、もっと胸のほうに「気」を上げる。』
  • 『ひとつことすな、時には吐き出せ、うるさいと手伝わんぞ。』・・・時々泣き言が出るのは仕方がありませんが、あまり泣き言ばかりだと、お産の(いわゆる)神様が手伝わない、と、お付きの方がいっているようです。
  • 産土様に安産祈願しましたか? 『祖先の霊らはうるさくいうが、本人が祈らぬことを・・・』と聞こえました。

事例5

  • 『心配するところが違うのでは?』
  • 『普段の緊張が足りません。(あえてリラックスしているから)インスピレーションを得られますが、それでは自分を鍛えられません。』
  • 『老後の趣味を準備なさい。人の世は逆算するのも大切です。』・・・これ、趣味が主題なのか、それとも、後何年働くつもりか、というのか・・・
  • 『今年一年、それに取り組んでみましょう。』

事例6

  • 『腹に力を入れて。実行力は充分にあるのですから。』
  • 『目移りしないことです。自分にないものを持つ人に人は憧れますが、安易に人に求めてはいけません。』・・・あてにすると、都合の違いで裏切られたように感じることもあります。
  • 『追いかけるよりも、進んで歩くように。後ろから見てもわからないことが、前に出ると分かります。』
  • 『先に行ってゆっくりするほうが、遅れそうで慌てるよりもあなたにとって幸せです。』

事例7

  • 寝過ぎです。背中がバリバリに凝っていますね。 『良い一年にしましょう。良いというのはよく価値を知る、ということです。』・・・価値がわからないと良いと分からないなら、それは・・・
  • 『仕事に専念しなさい。余計なことに手を出さない。うまくいかない時は何をやってもダメです。』・・・趣味に対してでなく、投資や新規事業に対する事のようです。
  • 『内容の充実に努める年です。今年の努力は三年後に大きく出ます。』・・・今年は謹んでください。また、奥様を大切に。
  • 戦略眼・・・今年一年のことであれこれ思わず、数年、数十年で物事を思いなさい。』

事例8

  • 祖師を敬い、道に励む・・・
  • 『もっと、柔軟に、硬く考えず。あなたは否定から始めます。』
  • 『良縁に合えど、結果に繋がらず。』
  • 『あなたのように為すべきことが明確な人は幸せと思うだろうに、苦しく思えるのは世の中が未熟だからです。』

事例9

  • 無念無想の代わりに、真っ白い壁をイメージしているようです。もっとリラックスしてください。
  • 『人に優しく、自分に厳しく。程々に、でも手を抜かず。』・・・あなたも緊張が苦手な人ですからどうしても自分に甘くなります。
  • 『不幸なほど、記憶に残るものですが、あなたは不幸な人ではありません。自信を持ってもっと可能性に挑戦してください。』
  • 『(寿命が)短いと思うならなおのこと大切に生きてください。あなたは不幸な人ではありません。』

不惑

2011/01/06

 論語に、「四十にして惑わず」・・・とあるが、なかなかそうは行かず、日々あれこれと迷(惑)う・・・まあ、心霊家が孔子を論じるのは波風の元なのだが。

・・・・・・・

 惑いのない人生が面白いのだろうか? 時折、「レールを敷かれた人生は嫌だ」という人が居る。すると世の中には惑いたがっている人も居るようである。

 まあ、私だって、そのレールの先が奈落の底ならば嫌なのは異議がない。が、何不自由のない生活であるなら・・・ねぇ。そういう場合は、環境に文句をいうより、内面を磨くことに集中すれば良いと思うのだが、あいにく私には縁のない(少ない?)選択肢のようである。

 皮肉なことに、惑う必要のない人は惑うことを求め、惑うことが多い人が惑うことを嫌う・・・すると、その他多くの問題と同様に、答えは中庸・中道の大切さに行き着く。

 多すぎるから逃げたいのか、少ないから求めるのか・・・おそらく、求めるべきは不惑ではなく、その手前の何かだ。もしくはさらに手前、つまり、自分のコントロールが出来ずに居るのか。・・・落ち着きがない人が、己の心に不惑を求めるのはナンセンスだからだ。

・・・・・・・

 (とはいえ、これこそ、波風の元なのだが・・・)

 不惑とは、「迷いがないこと」であろうが、かの孔子様は果たして、人生の細々した事柄への対処を、この不惑、という言葉で片付けたのだろうか?

 たとえば、夕飯を何にするとか、休日はどう過ごすとか・・・に対して不惑を求めたのか? ・・・まあ、口に奢らず、余暇があれば勉学に励む、ぐらいは言いそうであるが。(それまた答を暗示するが)

 つまるところ、わざわざ東洋の大聖が、惑わぬ、というからには、それ相応の問題に就いて惑わぬ、という宣言であって、それは大雑把に説明すれば「志を変えぬ」ということであろう。

 これは逆に読んでみると、実は無理のない話で、「志を達成するためには、贅沢も諦め、余暇もそれに費やす。」といえば、何も難しいことはなく、むしろ、不惑を目指す人から見れば、「贅沢したまま、遊び呆けて、それでも志は達成したい!!!」と、いう者がいたら、果たしてどのように感じるかを考えてみて欲しい。

・・・・・・・

 思うのだけど・・・聖人の教えというのは、論理的に難しいというより、情理的に受け入れがたいのであって、分かり切ったことなのに理解しようとしないから、救いようがない=救いが必要、なのであろう。

 そう考えると、変な結論に至る。

 不惑に至れないのは、迷いが多いからだ。

 または、迷うのを辞めないから・・・

 関係の無いことを考えているから・・・

 流されて生きているから・・・

・・・・・・・

 不惑である前に、聖人を目指すのを忘れ、諦めていないか? あなたの志は一体どこに向いているのか?

 行き着く先(絶対進行方向)をまっすぐに観ている人なら、たとえ道がクネっていようが、少ないムダで答に至るものである。

 ところで、40歳で不惑を目指すのは、人格完成のマイルストーン(目安)としてのことの筈? するとそれは最終目標ではないということだ。・・・言い換えると、たとえば試験(ペーパーテスト)の際に、あなたは、解けない問題にいつまでも取り組んでいるだろうか? それを飛ばして、判る問題から解いていかないか?

 本当は、誰もが解けるはずの問題なのに、過去の多くの挫折者の怨念が、あなたを答から遠ざけている・・・

 

 

 

 

霊査事例: 2010年12月11日(東京オフ会)

2010/12/11

 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


事例 1

  • 『任せること。「呼び鈴」になったつもりで。』・・・霊が掛かってきても自分で除霊しようとモガク必要はありません。「呼び鈴」・・・守護霊に低級霊が来たことを知らせる役目と割り切ることです。
  • 『腹をくくって。意識が頭に集中しています。』・・・身体を動かすと、なるほど意識を下げやすいものですが、意識を下げるのは手段であって目的ではありません。
  • 『最初から良い統一をしようとするな。ここ(の会)では(身体を)動かさずに意識を下げることをする。無理はしない代わりに反作用も少ない。・・・急ぐと背後がついていけない。』・・・ゆっくりとした変化に意味があります。心霊でいう精神統一は、ヨガや瞑想と違い、一人でするのではなく、背後霊との二人三脚が目的の一つです。
  • 『婦人病のおそれがあります。無理はしない。』・・・因縁が見えますので、避けることは出来ません。あとは大難は小難、小難は無事に。
  • 『玄関で待っているから通りの音までうるさく思います。居間にいれば良いのです。身内の霊はそこまで入ってあなたに声をかけるでしょう。』・・・霊感は使うつもりがないと効果が出ます。

事例 2

  • 『心身ともに健やかに。』・・・辛いこともあれば、痛いこともあるでしょうし、忙しいのも耐え難いものです。でも、それで心を煩わせないことです。
  • 『人の三倍信仰なさい。』・・・言葉としては「信仰」と聞こえましたが、どこそかの神仏を拝め、というのではなく、「感謝せよ」の意と受け取りました。まあ、ご先祖の功徳を一身に受けているのだから、というニュアンスもありそうですが、強いて言いません。、
  • 『赤ちゃんを(お腹に)抱えるのではなく、(霊性が)ダッコしているつもりで。』・・・腹をくくる・・・霊性の発揮・・・その腹に赤ちゃんを抱えているわけです。すると、あなたの霊性が赤ちゃんをダッコする姿といえます。なお、このメッセージは子供言葉で聞こえましたので、お子さんの守護霊が発信元と思われます。
  • 『忙しいからこそ、我を忘れるな。』・・・まあ、あなたが段取りを考えなければ、うまく行きませんよ。

事例 3

  • 『目標を忘れるな。』・・・上下関係もあるでしょうから、時として我を折らねばならぬこともあるでしょうが、だからといって捨てて良いものではありません。
  • 『家族に遠慮することなく、仕事に打ち込みなさい。』
  • 『(あなたは)無理が身体のコリとして現れますから、嫌になる人です。』・・・努力することが肉体的な苦痛として現れやすい人ですから上手に自分の肉体を扱いましょう。
  • 『ぎっくり腰に注意。』・・・忙しく活躍されているのが見えます。が、痛そうです。
  • 『車は(中古車)にすべし。』『家移りは多し』

事例 4

  • 白髪の老翁の姿が見えます。『素朴であっても無力にあらず、大切に、大切に。』・・・たとえ小さな社であっても、そこに宿る神霊が無力とは限りません。人の信仰心と神威は別物なのです。なお、「大切に」という語を二度続けたのは二重の意味がある、とのことです。
  • 『腹を括りなさい。頭では判らぬことを知りたいのでしょう?』・・・頭の良い方ですから、理屈では割り切れぬことが多々あることをご存知ですよね、不合理なことは腹をくくって受け止めるしかありませんから。
  • 『(統一の)座り始めは依存心が強かったが、だんだんと自信を取り戻している。 』・・・つづいて『よおく頑張っています』と伝えてくれと言われました。何が正しいのか、判らぬ世の中ですから、人は迷わずに入られません。でも、あなたは、わからないなりに誠意を尽くしていらっしゃると思います。
  •  結果オーライの年です。少し運気の上昇があり、物事はあまり気にしなくて大丈夫です。

 

事例 5

  • 『楽しみに我を忘れるな。』・・・楽しむな、というのではありません。楽しみ、遊びの中にもチャンスが潜んでいるから、それを見落とすな、とのことです。
  • 『姑息に走らず、大本を大切になさい。』・・・あなたも頭の良い方ですから、困ったときにはいろいろアイデアが出ることでしょう。でも、それを姑息、と表現しました。場当たりの解決で済まさず、もっと奥まで追求してみましょう。
  •  茶器(ティーカップ)を選んでいる姿が見えます。・・・いろいろ考えるよりも、こういう息抜きが大切かもしれません。
  • 『疲労が脳天から抜ける。出し切ったほうが癒しが早い。・・・出し切り方が大事です。』・・・あなたには燃料漏れの傾向があります。でも、一度、空っぽにしないと穴をふさぐことが出来ません。
  • 『もらえる物を宛にせず。』・・・あなたは、大きなエネルギーを持っています。それを活かすには人を充てにしないことです。頼った相手の器量に縛られてしまいますから。『急がず、諦めず』

事例 6

  • 『どうしても我が捨てられぬ。その我はどこより生まれしものか?』・・・精神統一中に、心音を数えたり呼吸を数えたりする人がいますが、それは肉体とのつながりを確認することでもあります。それでは我から離れられません。
  • 『醜い己を恐れるな、醜いからこそ醜い人を理解できるのだ。』・・・瞑想や座禅というのは、一つ間違えると、醜い自分の心からの現実逃避かもしれません。眼をそらせているなら、真理が見えよう筈もありません。
  • 『「◯◯でなければならない。」が多すぎて勘が働かない。』・・・親の呪縛は割り切りましょう。
  • 『作為を忘れれば悟りに至るが、忘れるにはどうするか?』・・・日頃の論理から離れないとなかなか難しいですよね。
  • 『親の躾が子を縛る。』
  • 『周りを気にせず生きるつもりが、結果として流されている。(どうでも良いつもりが裏目にでる) 逃げ出すには藁にもすがる必要がある。』・・・信仰やら血統やらは太い綱ですが、一本の綱に引かれいれば、その流れ場は単調に傾きます。藁は身を託すに足りなくても、流れを変えるぐらいの役には立ちます。つまり選り好みをしないほうがあなたには良さそうです。

その他

  • 『人の話を聞かぬ者ほど、自分の意見を言いたがる。』・・・社会は人々の意識が集まってその方向性を決めます。なのに、人々の意見に耳を傾けぬ人は、社会とそりが合わず、現実から裏切られたように感じることでしょう。
  • 『上手に歳を重ねるには、上手にいらぬものを減らすことです。』・・・いろいろ抱えたままで歳を重ねるから、めんどくさい(言い訳の多い)年寄りになります。

霊査事例: 2010年12月5日(アフターケア)

2010/12/06

 


 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。  以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。


 ここのところ常に使っている言い訳だが・・・「とても忙しい。」

 実のところ、私は本年初頭まで、社会人としては異常な自由時間を持っていた・・・通勤時間は片道30分足らずで、定時に問題なく帰宅できたし、親は略、放っておいても大丈夫だった。・・・ところが、雇用主は変わっていないのに、サービス残業当たり前の昨今。

 すっかり更新はご無沙汰になってしまった。・・・が、事態は待ってくれないし、放置すれば拗れもする。

 というわけで、霊的残務整理。

事例1

 世間では、いまだに、「パワースポット」ネタは価値を失っていないようだ。一方、私はネット上で、パワースポットを取り扱わない。・・・そもそも、相性がある、誰が底に行っても良い影響を受けるとは思わぬからだ。

(それは相性、つまり、Aさんはここ向き、Bさんはあそこ向き・・・というより、「Aさんは放っておいても運はいいです。Bさんは何をやっても運が悪くなります。」・・・つまりは、もっと自分を信じて冒険してみるべき人と、黙々と努力すべき人の大雑把に二種類の人がいるというべきか。)

 とはいえ、オフ会などでは、結構、こういうミーハーな話題も口にする。そんなこんなで、11月の東京オフ会でも、「えーっとあれ、私が紹介して行った人がみな絶賛するあそこの・・・」・・・どうしても名前が出ない。(今はちゃんと思い出せる。あのHORIKOSHIね。)

 ちなみに、上記、絶賛者は皆、私の元相談者なので、おベッカや偽薬効果の恐れもあるが、たとえ気休めにせよ、それなりに効果が出ているらしいので「アリ」とする。

 で、東京(アフター)オフ会では、どうしても思い出せなかったので、「あとでメールします。」と、いっておきながら、もうそろそろひと月が経つ。 別に忘れていたわけじゃ・・・はい。忘れていました。そんなこんなが突然今日、車で信号待ち中にその時の光景が脳裏に現れ、『お前(質問者)には、その前に行くべき場所があるだろう。』といわれて、思い出した。

 結局あの時、思い出せなかったのは、『みだりに言うな』ということだったのだろう。

 では、どこに行けというのか。・・・あなたのご先祖(おそらくはあなたの配偶者の)と縁のある場所、なのだろう。

事例2

 以前の東京オフ会の参加者に、霊査を一々否定されたことがある。先日、その方とお会いしたときに、その事で謝罪を受けた。・・・「あの時は気づかなかったけど、思い当たるところがあった。」というのである。強いていえば、かつて私がいった時にはまだ、認めたくない、避けたかった事柄であったようだ。

 人間、嫌なのに避けがたい事柄は、他人には不思議に思えるような解釈で、自分と折り合いを付けていたりする。・・・とくに、子供時分には。

 しかし、「他人には不思議に思える」ということは、他人から見て、「痛い」部分が、自分自身にある、ということなのだ。

 とはいえ、少なからず、誰にでもあることなので、別段恥じることではない。というより、恥じていると解消が遅れる。さらにいえば、死を目前にする年齢となっても自認出来ない人のほうが多そうである。

 つまるところ・・・

   あなたは何に追い詰められているのか?

   ちょっと嫌なことがあると、身体を壊してしまうあなたは、

   いったい心中に何を潜めているのか・・・

 と、いうことなのだが、それを直接いえば、相手を追い詰めてしまうのだろう・・・・

事例3

 やる気はあるのに、、イザとなると体調を崩す人がいる。 いじわるな表現をするなら、「仮病体質」だ。

 当人もそれに気づいているみたいで、私が「頑張らなくてもいいじゃないですか」とメールすると、落ち着くらしいが・・・しばらくするとまた同じことをやる。

 当人は、「なんで私はやり過ぎるのか・・・」と、その都度、反省してもいるのだろうが、私は思う。個々の失敗よりも、なんども同じ様な失敗を繰り返すこと・・・繰り返すことこそが真の障害であり、その原因究明こそが解決の糸口である。とはいえ、その克服は困難である、というより、当人が自ら見たくなく、また、認めたくなくて、無意識に問題をすり替えてしまっている結果なのであろう。・・・当事者が嫌がっていたら解決するものも解決しない。たとえどんなに簡単な問題でも、触れなければ解決しようがない。

 この場合、さらに困ったことがある。嫌なら嫌でも、のんびりした人ならば、それこそ、風化して解決することもあるが、仮病体質の人は、往々、当人も気付かぬほど頑張り屋で・・・結果を出したことが少ない、もしくは全然無い、または、あっても記憶にないので、結果を出すことにコンプレックスを抱いているらしく、無理に努力する。無理な努力とは何か、というと、つまり、「過ぎたるは及ばざるが如し」を実践する、ということだ。しかも、無駄に頑張ってうまくいかないと、次はもっと努力しようとする。

 足りないのは努力ではなく、器用さなのだが・・・いや世間では、例えば児童教育をするのに、器用さよりも無駄な努力を尊んではいないだろうか? 要領の良い人を捕まえて、悪党呼ばわりしていないか? ・・・もしかすると、学校時代に良い子でありすぎた結果かもしれないが。

 アキレスは亀に追いつけない、という。つまり、いくら足が早くても、亀のいた場所にたどり着いた時には、亀は前に進んでいるから・・・理屈はともかく実践上はナンセンスな話である。人が何かを追いかけるとき、追いかけるのは「それが居た場所」ではなく、「それ」なのだから。

 つまり、まあ、克服困難な問題を抱えているのだろうことは分かる。

 でもそれはそれとして、1,自分は努力家(ただし過剰に)であることを自覚する。間違っても「過剰」という文字を取り外さないこと。そして、2,追いかける対象を間違わないこと。である。 


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