‘循環の一端’ カテゴリーのアーカイブ

人は信じるべきだ

2007/01/20

人は信じるべきだ

2007年01月19日

人を信じる……だがそれは、騙されたことが無いが故の信念であるのか、疑うことの苦しさから行きついた信念であるのか。

前者は一度騙されると揺らぐ甘さがあり、後者は騙されることを恐れぬ強さがある。

人は信じるべきだ……その信念をきれい事と呼ぶのは、信じる心にも二種類あることを知ってのことだろうか?

・・・・・・・

 人が騙されるのは嘘ばかりではない。他者の錯覚を鵜呑みにしても人は騙されたと感じるだろう。だが人は、己の錯覚や理想や希望からも騙されるのだ。人を信じてみないと、自分の過ちに気が付かなくなる。

過たぬ方法はないから、人は真理を学ぶべきだ。たとえ、真理なる物が現実とは相容れない夢想に思えても、進むべき方向性を見失うよりはよほど心強いのだから。

・・・・・・・

 疑うことに疲れ、信じることを恐れる多くの人々。……証を切望し、証を切望し、証を切望する。だが、その証が正しいとどうして知ることが出来るのか? 騙される者を愚者と笑えるのだろうか? 正しきものを知らず、ただ疑うことしか出来ぬ者が。

学びは、信じることから始まるのに。学ばずしてどうして正しきものを見分けられるというのだろう?

本当に恐いのは騙されることなのか、むしろ、己の無智を、己の強欲さを見抜かれることではないのか?


信じることが出来ない

2007年01月20日

「人は信じるべきだ」というが、やはり信じられない相手がいる、というメールが来た。

“信じるべきだが信じられない”……なぜこのような堂々巡りに陥ってしまったのか。そして、どのようにこの堂々巡りからどう抜け出せばよいのか?

……信じるか、信じないかよりもさらに重要な問題、心のシコリを明らかにするための良い話題、つまり「循環の一端」を掴む話題だと思う。

・・・・・・・

 信じるということが、単に騙される恐れを知らぬ事なら、たった一度、大きく騙されただけで人間不信に陥る。……だがそれは、真実の何たるかを知らぬからだ。確信の持てることだけを信じるなら、人はどうして成長できよう? 未知を信じることから成長が始まるのである。

だが、なぜ、信じられない相手まで信じようとするのだろうか?

私は「人に騙されよ」とは言わないし、「人の過ちに付合え」とも言っていない。だが、誰もが正しいと確信できることが一体どれだけあるだろう? 時には確信が持てなくても信じて行わなければならないことがある。……私が信じよ、と主張するのはその程度のことだ。なぜそれを大袈裟に受取るのか?

暗に、相手を非難していないか?

暗に、自分を過剰に庇っていないか?

相手の嘘を、相手の過ちを自ら見抜けなかったことから、目を背け、忘れようとはしていないか? 自分が悪いのではなく、騙した相手が悪いのだと、大声で泣き叫んでいるのではないか?

あなたが、目を背け、逃げようとしているとしても、私は非難しない。 だが、あなたが騙されることを恐れて何も信じられなくなったら、大切な何かを失うのは誰か?

私は、逃げるな!、というのではない。逃げる必要があるのか? と問うのだ。

誰も追い掛けていないのに、逃げ回る人があまりに多い。しかも、自分が逃げていることにも気がついていない。……いつも息切れして、心が安らがず、頼るべきものを探している。そういう人に、「逃げる必要はないのですよ」といっても信じない。たとえ嘘でも除霊をしました、といえば、感謝の涙を流すのに。

なぜ、信じないのだろう? ……正しい知識がないからだ。

なぜ、嘘を喜ぶのか? ……真実よりも自分を大切にするからだ。

なぜ、嘘を受け入れるのか? ……真実の大切さ、信じることの大切さを知らぬからだ。

たとえ善意から出たものであろうとも、嘘は嘘だ。正しい嘘と、間違った嘘との間にどれほどの差があるのか一体あなたは知っているだろうか? いや、そもそも正しい嘘などというものが本当に存在するのか?

……私は知らない。だから、嘘をつくぐらいなら、ただ、口を噤む。

・・・・・・・

 私の言葉にも無意識の嘘、つまり過ちが含まれないとはいえない。だが、失敗を恐れて沈黙しては、何のために生まれてきたのか判らなくなる。

善いと思うことを世に問い、切磋琢磨してこそ人は成長するのではないか?

逃げるなとはいわない。だが、本当に逃げる必要があるのか?

……悲しいかな、人は真実以前に、人間と付合わなければならない。

多くの人は、真実よりも都合の良い嘘を喜ぶ。たとえ出来が悪い嘘であっても、都合の良い嘘を喜ぶのだ。昨今のニュースに多い、不祥事の隠蔽。 それらは結果から見れば隠蔽工作と呼ばれるが、彼らの内部では、都合の悪いことを、都合良く解釈しただけのことなのだ。それぞれが小さな取り繕い、それが集まって大きな社会悪として取り扱われている。

結果から見れば明らかなように、その小さな取り繕いは決して軽い罪ではない。……だが、世の責任者等は、その取り繕いが重大な罪悪であるとは考えようともしないものだ。

真実は大切だ。だが、真実は、真実であるが故に、重大な影響を及ぼす。……責任ある人々が心を閉ざしてしまうほどの。

真実を口にするときには、よくよく考えるべきである。……不幸ではあるが、地上で生きるには必要なことだ。真実を口にする時には、よくよく自分の逃げ道を用意しておくべきだ。

くそ、くそ、くそ。 これが、魂の修行の場であるというなら、地上は悪魔の養成所だ。


第三の答え

2007/01/18

2007年01月18日


今年に入って、「どちらを選ぶべきか?」という相談を二人から受けた。つまりは二者択一である。私の答は、三番目の物であった。

二者択一に対して、三番目の答え……裏切られたと思う人は多いだろうが、なぜ、答が二者択一であると決めつけるのだろうか? ただ単に、答はその二つしか有り得ないとあなたが思うからではないか。

いや、二者択一に限らない。三者択一でも、四者択一でも……答は選択肢の外にある物だ。何となれば、どちらがよいか選べない、という段階で、すでにどちらも真の解答とは認めがたいではないか。

なぜ、どちらがよいのか選べないのか? ……特に秀でた部分がないのか、はたまた、あなたがその問題を正しく理解していないのか、さらには、その問題を解決する力がないのか。

いずれにせよ、その問題はあなたの手に余っているのである。手に余る。それを受け入れれば、なぜ悩むのかが判るはずだ。どちらも適当ではないのだ。

二者択一に集約できるようでいて、集約できない。その迷走の理由が実は、自分の手に余ることを理解できたなら解決の道も開けてくる。そう、三番目の答を受け入れられた人は幸せである。だが、納得できない人はさらに二者択一を持ち出す。その答は相変わらず三番目の物だ。

たとえば、「この問題は一人では解決できない。」……なぜ一人で解決せねばならぬのか?

結局のところ、助けを求めたいのではなく依存したいのかもしれない。


設問が不適切だから迷うのに、その不適切な選択肢に囚われては答えを得られない。

答を絞り込むから選択肢が生じるつもりでいるが、結論が下せぬのであれば、実はなんら絞り込んではいないのだ。

答が出ぬから延々と悩む。それはつまり、空回りということだ。……悲しいかな、それは無駄であって、意義はないのである。


生き方の審美眼

2007/01/14

2007年01月14日


こうすればどうなるか?……過去の行為が今を造り、今の行為が未来を作っている。にも関わらず、未来への配慮が足りなければどうなるか?

あり得る未来が貧弱にやせ細るだろう。……人々は自分の未来を食いつぶしている。いや、自らを不幸にするように努力しているともいえよう。

自分の未来を見失っているから、今の乱雑な生き方がある。

こうすればどうなるか?……自然な有り様、自然な変化を知らぬのに、どうして良い未来を得る方法を知り得るだろうか? 霊媒や占い師の意見を取入れるにしても、どうしてそれが正しいと理解できるのか?……そもそも、未来への感性、創造性、なにより善い生き方の審美眼が欠けているというのに。

霊媒や占い師等の、助言の都合の良いところだけを信じて核心を省く。……何が大切であるかを知らぬから。そんな在り方は建築物で例えるなら、和洋折衷の珍奇な家で、しかも金がかかるからと基礎工事を省いたようなものだ。……映画のセットのような耐久性に欠けた未来を欲しがる人々。……「本当にそれでよいのか?」と問うと、「それで良い」と答える人々。それは果たして愚かさの現われなのか、いやむしろ、未来の貧しさの表れではないか? そう、人は豊かになれば品質に拘るが、貧しければとりあえず得ることに拘るものだ。

未来が貧しいからこそ、運勢や癒しに群がる人々。……浪費に使う金はあるのに、なぜ、未来を良くするために金や時間を使わないのだろう? そのちぐはぐさが、つまりは善い生き方の審美眼が足りないということなのだ。


大きな目標を望みながら、努力するよりも行き当たりばったり、安易な道ばかりを選んで、夢が叶わないと不平不満をいう。……その不遇に至るまでの一連の流れのどこに不思議があるだろう?

そもそも、夢を実現していく人は、夢を励みに、苦もなく努力をしているものだ。……良い未来を得るための道筋を知っているのだ。

反対に、夢が実現しないように日々を過ごすのは、成らぬ用にしているだけのこと。人は失敗すべく努力して失敗しているのだ。……未来が見えないからではない。為すべき事に気がつかないから、失うために、しくじるために日々を過ごすことになる。

いくら将来のある若者であろうと、無駄に時間を過ごせばたちまち老人である。あまりに老いてしまえばどんな名案も活用できまい。


あれこれと試行錯誤する人々……自分の価値を知らず、未来を知らず、良い未来を作る方法も知らず、それを学ぶ方法も知らない。かくも何も知らぬのであれば、いっそ自然に身を任せれば良さそうなものを、作為して未来を削り取っている。

自然に生きる……つまりしつこい作意さえしなければ、人々は本来の未来を甘受できるものだ。当たり前のように幸せを掴む人には秘訣などあろう筈がない。その事に気がつかないから、たとえば「金持ちになる方法」を知るために金を払うことになる。教える側は、それで金持ちになったのに、その矛盾に気がつかない。


損己

2007/01/04

2007年01月04日


不運続きで物事が上手く進まない……と悩む人がいる、とする。

不運であるなら慎重に行動すべきであるし、手に余ることならば周囲、または専門家の助言を尊重すべきであろう。ところが、巧く行かぬまま努力を続けて被害を増やすのが現実。

判っていてもなかなか実行に移せない……人間とはそういうものだという。なるほどそれが実情かも知れないが、疑問がないか?

悪いこと、正しくないこと、不利なこと、損なことと知りながら、人はなぜそれを選ぶのか?

一体誰が、あなたを間違った方向に導いているのだろう?……あなたに損を与えているのは誰か?

利己的、という表現は一般的に悪口で使われる。愛他的は褒め言葉であろう。だが、進んで自らに損害を与える、損己的(造語)行動は、愚かとしか見られまい。一体誰に利を与えようと努力しているのか、「判っちゃいるけど止められない人々」は。

生命が本来、利己的な存在であるなら、損己的な人々を支配しているのは一体誰なのだろう?……そのことになぜ疑問を持たないのか?

意に反した行動を強いられるよりも、愚かな行動に疑問をもてないことの方が、よほど重度の障害だ。……助言とは、理解力の持主にしてこそ意味がある。

道を歩む人に向上があり、場を求める人には停滞がある。


嫌いな言葉

2006/12/30

2006年12月30日


私の背後霊が嫌う言葉遣いがある。助言に対して「だって、~~だから。」と、言い訳をすること……いや、むしろ、これを口癖にする人を嫌う。そして大抵の場合、助言を拒否されてしまう。

私がその言葉を苦にしないのは、要するに他人事だからだろう。と同時に、当事者の態度もまた興味本位なのではないか。……巧く行けばめっけ物、というか、奇蹟とまでは行かなくても興味深い話ではないか。

だがさすがに放置はまずいと思い至った。ダメな物なら事前にダメだと注意すべきが霊媒の義務であろうと思うのだ。

ところがこの件の調査は案外と手間取った。感情論が主であるのか、拒絶の念だけはたちどころに届くのに、その理由を尋ねるとどうも要領が得ない。で、色々な意見を積み重ねて要点を整理すると、

『原因を肯定するなら、黙って結果を受け入れろ。結果が気に入らないなら、原因を取り除け。……原因については「仕方ない」と受け入れているのに結果が気に入らないから何とかしろとはどういう事か。馬鹿にするのも程々にせよ。』

……と、まあ、かなり激しい。で、さらに探ると……いやこれは言葉としては得られなかったこを前提にするが、

『自分で原因を生み出しながら、それを何とかしろと願って、「巧く行けばめっけ物」と心の中で思うのはどういう事か。そんな者の相手をするよりも大切な仕事がいくらでもある』

……ここまで聞いて、さすがに拙いと感じた。仲介者が適切に誘導しないから至った結果だ。

祈る側に真剣さが足りない、その割には頻繁に、つまり安易に頼る。――それは必ずしも、信じていないからではない。頼ることを恐れているのだろう。周囲はそう感じられたとしても当人からしてみれば、案外真面目、または、比較的素直な心の現われなのだろうが、その心の在り方は危うい。……例えるなら、リスキーな投資先だ。

いや、私は、この疑問の発端となった質問者をかなり信頼しているが……すると、再び声が聞こえる。

『初心者に任せられる相手ではない。年長者が携わるほどの功徳の持ち主でもない。』

なるほどと思う。たとえば「自殺者の霊」に憑依されたりして自殺願望を持っている人から相談を受けても、「私は死にたいのです」等とネガティブな言語表現を使われたら、私は相手をしないだろう。当事者が逃げ腰なのに、赤の他人の私が、無料で本気になれるか、と思うのだ。それと同様だ。真剣味が足りない……いくら当人が真剣のつもりでも、しっかりと逃げ道を用意して、しかもそれに気がついていない。少なくとも、逃げ道を用意するための努力を、自分の真剣さと錯覚している。


酷い世の中だと思う。有料に誠意を感じて、無料に裏や下心を疑うなんて。

なるほど昔から「地獄の沙汰も金次第」とはいうが、金さえあれば天国に行けるという話を聞いたことはない。この差をお分かりだろうか? つまり、金さえあれば地獄のような状況でも楽が出来る、というだけであって、金持ちが天国に行けるという譬えではない。そもそも、貧しくて死にたがる人はありきたりではあるが、豊かで幸福だから死にたいという人を私は知らない。

そもそも、地獄で楽をするのと、天国で暮らすことの差を誰が知っているのだろう? いうまでもない、その差を知っているのは天国の住人だけだ。

死後に天国に行く者は沈黙し、地獄に堕ちる者は「皆楽」を口にする。……なんてことだろう。なんてことだろう。なんてことだろう。


正義の未熟さ

2006/12/27

2006年12月27日


正義……という言葉が、地上のものだと誰が知るだろう?

たとえば、あなたに二人の子供がいるとする。その二人の子供が、おかずの取り合いで争うとしよう。あなたはどちらの肩を持つだろうか?

正義を守るよりも仲良きことを願うのではないか?

兄弟とは人生最初のライバルというが、親から見ればどちらが正しいかという問題よりも、わが子等が互いに争うことのほうが悲しいものだ。

ならばもしも、神が我らの親の様なものであるなら、正義よりも調和を大切にするのではないか。

私は決して不正に寛容な訳ではないが、正義や裁きを絶対視する事も出来ない。

……が、が、である。寛容であっても事態が破綻すればどうにもならないではないか。裁くのは人ではない、そう思う。


悲しい出来事

2006/12/27

2006年12月27日


世の中には悲しい出来事がある。すると多くの人は思う。悲しみを無くしたいと……。

だが私は思う。本当の問題は、悲しい思いをせずには学べぬ事ではないか?

または、悲しい思いをしてもなお、学べぬ事ではないか?

悲しみとは結論であり、原因が有って生じるものである。原因を放置したまま、悲しみだけを無くそうとするのは空虚な方策だ。


チャンスとは?

2006/12/15

2006年12月15日


「時機・天機」……チャンスという表現の方がわかりやすいか……は、人の意志や都合に従わないし、用意が出来ていなければ、掴むことも出来ない。……占に吉凶があって、吉と聞けば悦び、凶と聞けば憂う人が多いが、何とも残念に思う。

「春夏秋冬」……草木は、春に芽吹き、夏に繁り、秋に実って、冬に散る。だが、冬で命が終るのではなく、新たな芽吹きのための準備期間として冬がある。12月に入り、既に枯葉も散り尽した桜の枝を見るとよい。どの桜も既にびっしりと花芽を蓄えている。……桜は、冬中に備えてこそ、満開の春がある。

が、悩める多くの人々は、不平不満で心身を腐らせる以外の何をしているだろう?

冬の最中にも花を咲かせ、実らせようとして疲れ果て、蓄えに努めるべきが不平不満を募らせている。

・・・・・・・

今が辛いと泣言をいうのは、本当の不幸のなんたるかを知らぬのだろう。辛さを感じるのは、落ちている最中(動き)であって、落ちきった・落着いた(静止)時にではない。不幸に落着いた者が恐れるべきは、這い上がる術のないことで、痛みを感じているうちは這い上がれるのである。ただ、切っ掛けさえつかめれば。

痛いと泣言をいうのは、這い上がってから……せめて、切っ掛けを掴んでからにすればよいのに、泣いていては何所まで落ちるのか。


仕事に関する相談を何件か受けているが、返事が出来ない。

仕事が欲しい、または、金が必要だ、という事情は切々と伝わってくる。……が、給与に見合う仕事をするという手応えがない。

金と、安定と、社会的体面を要求するが――その代償を担えるのだろうか、と、不信を感じるのである。

「いや、そんなことはない、絶対に答えて見せます。」……と、返事するだろう事は予測……というより実は理解している。ただ、それが何ヶ月続くのかというと、これまた精神統一をしなくても見えてきてしまうのは、相手の祖霊や守護霊等からして、信用していないのではと思えてしまう。

私が、社長や、人事担当であれば絶対に採用しないな……と思うのだから、他に紹介できるはずもない。

どうも、心霊相談に就職の話題を持込む人には、一つのパターンが見える。情熱的で……それだけだ。

以前、配偶者の実家の都合で地方に引き移った人から、「仕事がない!」と、悲鳴にも似た相談を受けた。不景気な最中、無理もないことと承知してはいても、現実はより厳しかったということだが、私はしばしの……というより、精神統一する間もなく、「牛乳配達でも新聞配達でも!」と返事を出した。

『土地勘が養えるではないか。』……土地勘を養っておくのはどんな仕事をする上でも無駄になるはずがない。逆に、よそ者が就職で苦労するのは土地勘がないからともいえるのだ。……結局、配達の仕事には携らなかったが、営業の仕事を見つけたらしい。

いずれ、その仕事にありつけたとしても、事前に土地勘や人脈を養えたかどうかで以後の成績に差が出たのではなかろうか、と思う。


不満は助けを遠ざける

2006/12/11

2006年12月11日


「風邪をひいて具合が悪い」……良く聞く定型文だ。だが、私は違うと思う。

「体調が悪いから風邪をひいた」ひいては「具合が悪いから風邪をひく」のであろう。

日常生活の乱れや、無理、無駄、虚弱……そういう自己責任を棚に上げて、病気を敵視しているから、なかなか治らない。風邪を治しても、具合の悪さ、ひいては生活態度を改めないから……

不幸は嘆き、救われないことを呪う。――相手だけが悪いのか? 自分に非はないのか?

状況が悪いことにふて腐れていては、誰があなたの状況を良くするのだろう?……誰があなた自身の生活に責任を持つというか?……みな自分の事だけでも、充分に忙しいのに。

そして、自分を改めず、周囲の変化だけを求める者を……自分を改められぬ者が、一体誰を、そして何を変えられるのか?

色々言い分はあると思う。だが、誰の人生なのだろう?


自分の偏見に苦しむ

2006/12/06

2006年12月06日


こうでなきゃ! …… こうでなきゃだめだ!

・・・・・・・

何を持って目標とするか。価値観の問題である。

だが、あるべき姿、真実の姿を知るのは誰だろう?

いや、あるべき姿を知って、それを目標にしているのか?

つまりは、流行に踊らされてはいないか?

・・・・・・・

多くは、自分の持つ偏見を目標に努力して挫折している。――理想の高い人ほど挫折が身に沁み、苦しみと感じるのであるが、それはつまり、人の持つ偏見にヤスリがかけられているようなものである。

うまくいかなければ反省し、方法を確かめるつもりで、手ごろな事々を片付けてみる。……こつこつと前に進むのは、傍から見ればもどかしく思えても、成果を手に入れやすくて当事者は苦にならぬもの。いや、やってみれば案外に楽しいものなのだ。

だが……、怠けた者、正しい知恵のない者は、一挙挽回を目指して、あてにならぬ大博打をやる。可能性の問題であるとどうして割り切れるのだろうか? バラの木にバラの花が咲くのは無理もないが、トンビがタカを産むには無理がある。

そう。一歩一歩進むことの自然さと楽しさを知ることのない者が、不条理に陥る。……そして、こつこつと努力するのが嫌だと泣き喚く。

「そうしなければいけないことはわかるけれど」……表面上の理解でしかないことに気がつくかない。こつこつと努力することの大切さとは、耐えることの大切さではなく、楽しさを見出すことの大切さなのだ。

表面的な理解だけで知った気になり、偏見と誤解を知恵と信じて他に誇る。その偏見と誤解こそが、あなたに挫折を与え、苦しみを与えているのに。……当たり前であろう。間違った方向に努力して、どうして正しい結果にいたるのか? 意味もなくトンビがタカを生むはずもない。

カエルの子はオタマジャクシだって? ……、だが、見た目は違ってもカエルの子はカエルなのである。いずれはカエルになる。一時の見た目に惑わされることなく、あるがままを見るべきだ。偏見を捨てて。

・・・・・・・

嫌なことがあるとすぐ挫折する。失敗や苦労は、成功までの一過程であるのに、過程を惜しんでどんな結果が得られるというのだろう? 苦労を嫌っているのではなく、成功を捨てていることに気がつかない人々。それを助長する現代人の価値観。

あるべき姿を知らずに、あってほしい姿を追いかけて……努力や苦労を嫌って、不毛な行為に勤しむ。

誰が苦しめているのだろう? 誰が賤しめているのだろう、あなたのことを。


あの世に地獄があるのか、ないのか。あるとして、どうして亡者はそこから出られないのか?

地獄はあるのではなく、その人の心が生み出すのである。

出られないのではなく、出ないのである。

不幸や苦労を他のせいにして正しく思わず、目先の苦労を嫌って、目先の楽に飛びつくから。

他の誰かが苦しめているなら助けようもあるだろう。だが自らを苦しめているなら、どうやって助けるのか? 助けを願いながら、自分を苦しめている愚者を。


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