‘その他の霊’ カテゴリーのアーカイブ

真摯な態度

2006/12/22

2006年12月22日


先祖供養の大切さを説く霊媒は多い。だが私は、供養を強いるのは変だと思う。

『私に感謝しなさい!』……て、いわれて変には思わないか?

だから私は、先祖供養の代りに、日々の歓びを大切にするように人々に説く。日常の幸せの中で、もしも、

『ああ、これは自力では出来ないことだ。きっと天の助けに違いない』

と、感じられたのなら、それこそが感謝の発端、先祖供養の第一歩だと思うのだ。

……という私の理念は決して間違いではないと思うのだが……

突然、聞こえた。

『ダメです。』

え!? どうして。

『昔から勉強は形を真似ることから入ります。』

……つまり、私のやり方では怠惰に流れやすいと。

『流れていますよね、何人も。』

……あああああぁ。でも、方向性は間違っていないのではないかと!!

『上から押しつける形が、うまく働かないことは理解します。でも、やはり形を真似ることも大切です。少なくともその方が楽であることを認識すべきです。』

……でも、笛吹けど踊らずで。

『それだけで良いと思うのが、怠惰に流れるということです。』

……よく考えてみれば、それは私の問題じゃないぞ。

『まあ、各家庭の躾の問題ではありますが……』

……大の大人を躾直すなんて、当人から頼まれないか切りできないぞ!。

『……はぁ(ため息)』

逆転?

『だから人は、怠惰に流れて困るのです。足りない物に気がつこうともしない』


頭が悪いのか?

2006/12/04

2006年12月04日


最近の私は、仕事に対する不満を抱きやすい。仕事環境の変化も要因であろうが、精神統一中に、ふっ、と気が付かされたのは、適応能力の劣化……端的にいえば、老化の結果なのではないか、ということだ。

手に余る……が、自己責任の部分に気が付かないから、なおのこと他に対して不満が生じるのだ。たとえば周囲が揉め事を持込んでも、私にとって容易なことであるなら、黙って、(でも無意識には誇らしげ)に受止めることが出来たに違いない。自分には手に余ることを自覚していれば、それなりの工夫もあるだろう。重たい荷物は必ずしも抱えなければ成らぬわけではない。背負えば更に多くを運べる。運搬具をつかうという手もある。……何とか出来ると思うから、何とかしようとして、何とも出来ずに腹が立つのだ。

分相応にやればよい。……そうすれば気を乱す必要もない。

・・・・・・・

ところで、最近、脳力開発の書籍・ソフトウエアをよく見かける。需要が有るから供給があるのだろう。

むろん、脳の処理能力は大きい方がよい。ああ、ついでにPCも高性能のものが欲しい。PCが遅ければ、イライラしてしまう。いや、案外、新しいものを買えない財布の小ささにイライラするのか?……で、PCで何をするのかといえば、WINDOWS 付属の ソリテアにフリーセル。ちょっと気張らしに……が、ついついそちらが目的になって、気が付けば本業がおろそかになっている。なにより、アクセサリーソフトは高性能なPCを必要としない。

あるから使う、使うから……他がおろそかになる。この悪循環。

必要なのは頭の高性能さなのか? むしろ、真面目に頭を使うことの方が大切なのではないか?

そう思うと聞える囁き声……「イソップ寓話のウサギとカメ」

ああそうだ。子供でも知っているのに大人は忘れる。足が速くても怠け者のウサギは、勤勉なカメに追抜かれる。

むろん、脳の処理能力は大きい方がよい。だが、その処理速度を何に使うのだろう? 仕事を早く終らせて余技に専念するために……が、処理速度が速くなるほど余技が重大になって仕事が更におろそかになる。

たとえば酒飲みが、もう一杯飲んで止めようとする。だが、酒を飲めば自制心も麻痺して、更にもう一杯飲もうとするのを止めることが出来なくなる。……同様だ。本業以外に関心が向くのは、脳の欲求なのである。脳力が向上すればより脱線への誘惑が増すのに、能力向上を役立てることが出来るのだろうか?

穴の開いたバケツで水を汲む……だからイライラする。

で、大きな穴の開いた大きなバケツで水を汲む……更にイライラしないか?

例え小さくても穴の開いていないバケツの方がより効率よく水を汲めるかも知れないが、どうにも人は、「いざとなれば頑張るしかない」と、青臭い考えに潜む矛盾が見て取れない。……怠け者であることに罪悪感があるのか? だから反省し、真面目になるというのか?……怠け心が生じるのは、努力がバカバカしく思えた結果であると、想像することが出来ないのか?

だとしたら本当に間抜けだ。間抜けが間違った努力し、その挙句に自滅したとしたら、何とも自業自得だ。……自分の間抜けさに気が付かず、「こんなに努力しているのに!!」と、天を恨み、神仏を恨み、周囲を憎んで拗ねている人のなんと多いことか。

それでも、脳の処理能力は大きい方がよい。だが、処理速度を上げるだけでよいのか?

軽自動車にスポーツカーのエンジンを積むとする。……早くなるかも知れないが、ブレーキは利くのか? ブレーキが利かぬほど速く走って……ぶつかる。壁に突き当ったのか、壁を作ったのか、どちらだろう?

人生が巧くいかぬから、巧く生きられぬから、頭がよくなりたい、未来を知る力が欲しい、霊感が欲しい……経過があるから結果があるのに、経過を無視して結果を欲しがる。……それは天国への道なのか、地獄への助走なのか、どちらだろう?

・・・・・・・

知人等と連れだって、山寺を参拝した。私はめざとく仏像の頭を撫でている友人に気が付いた(気が付かされた)

「頭が良くなりたいの?(^^)」

「そりゃ~。ちゃんと決断できるようになりたいし。(–)」

……頭が良くなれば決断できるのか?

頭が良くなれば、色々なことに気が付いて、更に迷いを深めないか? いっそ、愚かで、流されて生きていれば決断する必要もないだろうに。

なまじ頭が良くて、決断することに責任を感じたりするから、自分の脳力を心配しなければならなくなる。ならばどうして、産まれてくるときにもっと良い頭を用意しておかなかったのか?

「選べるものなら選んださ……」

……自分ではどうにも出来ないことで悩んでどうするのか。そんな無駄なことに頭を使っていながら、自分の頭が悪いと悩む……確かに頭が悪いようだ。ただし、使い方が。

必要なのはハードウエアの向上か? ソフトウエアの改良か?

いや、今、為すべき事は何であるのか?

あなたは穴の開いたバケツで、いつまで水を汲続けるのか?……無駄なことに気が付くから、努力が嫌になるというのに。

・・・・・・・・

たとえば金遣いが荒い道楽者に、誰が金を貸すというのか?……無駄が多いのに、力が足りないからと助けを求める。だが、誰が無駄なことに援助したがるのか? より高みに登った者ほど、無駄を嫌うのは自明なことなのに。

無駄が多い人なら、どうして守護霊の助けを生かせるのか?

『背後の霊達は、穴を塞ぐことに懸命なのに、あなた方は、水を流し込むことに夢中である。』

進むばかりではなく、時には立ち止り、振返ったなら気が付くであろう事に、……気が付かない。足りないのは力ではなく、反省……より良い方法を見いだすための努力ではないか?

餓鬼のように生きる……それが地獄の境涯であることに気が付かず。

求めるよりもまずは無駄を減らすことが大切とは思えないか?……いや、なによりも無駄なのは、私の説明かも知れない。

今、あるものを上手に使いこなすこともなく、ただ不満をいう。……こういう人を手助けしても、「助けが足りない、まだ足りない、助けてくれているこいつは力不足で役に立たない」……と、助けを求める自分の不甲斐なさを棚上げして、感謝されるどころか、恨まれるのが落ちではないか?


優しいから迷う

2006年12月08日

頭が悪いのか? 」……で、取り上げた話題である。

『頭が良くなるように』と、願掛けをしている友人にそれが無駄であることを私は指摘した。

……頭が良いから迷う、悪ければ迷うこともない……

学識があればこそ、または、より多くの問題点を発見してしまうような明晰さを持っていればこそ、より迷わなければならないではないか。

逆に、自分の事は棚に上げて、他人の受売りで、他人の批判をしているような人は、果たして迷っているのだろうか? ただ、自分の業に流されて行き着くところに行くだけのこと。その様な「迷いの無さ」が、果たして第三者から見て幸せであるのかどうか。幸せなのは、他人を批判して喜んでいる当人だけであろう。

からかわれたと思ったのか、はたまた、迷いの中にいるのか、友人は私に問い返さなかったし、私も敢えては踏み込まなかった。

が……もう一人の参加者は、頭が良いのに良く迷う。というか、よくよく考えてみれば、オフ会の参加者中で、私が一番の低学歴者ではないか。……いや、学歴と頭の良さは別物という、慰めとも、言い訳とも取れることは他に置いておく。

で、帰り道には、迷いの深い某君をねちねちとイジメ、解散後に生じたちょっとしたアクシデントをネタに、また、ねちねちと「決断力……云々」と、イジメ……いや、いじっていたのだが、そういうイベントが一通り終わった後に、待ちかまえていたかのように、私の背後霊と、いじめ、いや、弄られた対象者の守護霊が、そろって現われて、私にこう指摘した。

『決断せぬ事が問題ではなく、どうして決断出来ないのかを究明すべきではないか?』

……うん。もっともだ。で、どうして決断出来ないのだろう?

『端的にいえば、真剣でないからだ。』

……はい。解決しました。さて○○君。みんなと旅行するときには、もうちょっと真剣になりましょう。

『非論理的な相手に対する、処世術もある。』

……をを! 私も学ばねばなりませんね。

『なによりも、大切なのは……あなたを大切に思うから、あなたにとって良いことを願うあまりに、決断出来ないのだ。』

……うう?

『どうでも良ければ、迷いはしない』

……屁理屈?

『いや、表面的な理由を並べたのだ』

・・・・・・・・

『人生の選択肢、つまり答はそう多くはない。複数の答があるとせよ、損得で並べ替えれば最善を選ぶことも出来る。……たとえ、思うとおりにならなくても、修正可能であれば充分である。

『たとえ、知識や経験不足から最善を見出し得なかったとしても、それを悔いる必要もあるまい。なぜなら、人は結果に対して、好き嫌いを抱くことは出来ても、実際の損得を計れる者が、地上のどこにいるのか? 計算上の最善値は、事故で消去されるかも知れないのだ。』

……たしかに。結果が出てみなければ、本当の評価は出ない。

『確かに彼の者は、お前から見れば決断力に劣るだろう。だが、本当に問題なのは決断なのか?

『最善を選ぶつもりでいても、物事には事情も絡む。思うとおりにいかぬなら、大切なのはむしろ、最善を追うよりも、最悪を避けることではないか? いや、お前もまた、最悪を避けようとして、別な案を提示したのであろう? 最悪を避けて。でも、最善を選べなかった点において、お前は非難する権利を失う。』

……いや、ああ……屁理屈は捨てよう。

『相手に決断を押しつけた結果ではなく、互いに、最悪を避けようとした結果なのである。その点を、もう少し評価してくれ。』

……確かにそれは分る。大切にするからこそ、切り捨てられないからこそ、優柔不断に見える人はいる。だが……

『判断力が不足しているのではなく、情が篤いのだといってくれ。真理を話すには、まずそれを踏まえなければなるまい……』

……それを踏まえて、話題は続く……


正しい心霊知識は……

2006/11/30

2006年11月30日


下品な話題になるが申し訳ない。

学校でのいじめ問題に関連して、学校で対人関係の試験的授業を行っているというニュースを見ていた。良いことだと思う。心霊家としては……心霊知識を生かしてイジメの撲滅を図って欲しいものだが……まあ、無理であろう。

などと考えていたら、声が聞こえた。


『心霊を学ぶ、というのは性教育と似ている。学校で習う性教育など、内容はつまらぬし実際の用には足りぬ事ばかりだろう。だがポルノを教材にすれば、娯楽性はあってもつまらぬ偏見を持つばかりだ。――そしてやはり役には立たぬ。

『娯楽は娯楽と割り切っている分には罪がないが、知識の不足を娯楽で補えば自信を得ても、実際に直面すれば瓦解する。だが、好奇心の強い者が実際を知らぬままに耳年増の如く偏見を学び取って真実を拒絶する。

『性教育は、青少年の欲望充足の助けを目的とするものではない。と同時に、青少年の欲望を否定するのも目的ではない。全ての学校教育の目的は、無智の生み出す害や罪から、人々を守ることにある。

『性を楽しみたいのであれば、たとえ退屈でも性教育が必要なのである。同様に、心霊知識も、生を楽しむためにわきまえておくべき、死に関する哲学なのだ。

『素直な心霊学徒らがいうように、死後も自我が存続するとしても、環境の変化はあなたを変えずにいられるだろうか?

『たとえ霊界が素晴らしい世界であろうと、あなたが地上の生を穢し、無責任に死を選べば、その報いがあなたに返らずにはいられない。……つまり、死後の生が楽か、苦かは、心霊知識に答があるのではなく、あなたの生き方にこそ答があるのだ。

『文化、そして機械化、大量消費社会の中で浪費しながらもなお、不足に喘ぐ人々よ、それでもあなたは不足を感じているだろうが……満足感が麻痺したままではどんなに素晴らしい世界に暮らしても、やはり不足を感じるとは思えないか?

『真面目な心霊研究を退屈に思うとは、つまり、必要なこと、当たり前のこと、分相応なことに満足できぬということではないか。……あなたは「充分」で満足できるだろうか? それとも「過分」を必要とするのであろうか?

『あなたを支配するのは、向上心か? それとも、「充分」に満足できない飢餓か? 』


もう一度地上に降りられるなら

2006/11/11

2006年11月11日


ある霊が語る。

 

「もしも、もう一度、地上に降りられるなら。

私は大きな声で歌う。

皆さんありがとう!

私を愛してくれて……

皆さんありがとう!

私と共にいてくれて……」

「私はとても幸せでした。

ただ、心残りは、

皆にもっと『ありがとう』と言いたかった。

『愛している』と言いたかった。

『言葉だけか』といわれても、私に出来ることはそれだけだから。」

「ありがとう。そして、さようなら。」


「ありがとう。そして、さようなら。」――この言葉に違和感を感じる。言葉にすれば単なる挨拶であるが、何か違う。

明白なのは、『また逢いましょう』がない。まあ、私宛のメッセージであるというなら、再会の意志が無いだけとも言えるが……

彼女は上がっていくのだ。後ろを振り向かずに。

振り向かずに進む、その決意ゆえに、再会の機会が残るとしても、決別の言葉を残したのだ。


どこに在るのが幸せか

2006/11/10

2006年11月10日


神の御許へ、いざ帰らんとする者を引き留める。

神の御許よりも、あなたの許にいる方が幸せだというのか?

さらなる生を祈る先はいずこ?

神の御許へ行くことを拒みながら、その神に祈る。

命は大切なもの……その言葉の蔭に動いているのはエゴではないか?

大切なのは生死にあらずして、それぞれが果たすべき勤めを、その時々に果たすこと。

人の勤めをおろそかにして、生死輪廻の自然を拒む。……そこに罪があるから人は苦しむ。

死が不幸なのではなく、残された人の心に不幸がある。


気分を変えよ

2006/10/28

2006年10月28日


今朝方、出社の準備中に、フッと母とのいさかいが思い出されて、不機嫌が生じた、といっても別に、敢えて話題にするほどの大袈裟なものではない。

が、間が悪かった……霊眼に母方の祖母の姿が映り、メッ、と叱られたのだ。

その後のお説教は要約すると以下の通り……訛りがあってそのままは記憶できなかった。

「境遇はいずれ変わるが、自分の心は自分が変えなければ。」……意念というのは言葉を発する動機も同時に伝える。

『他(母、祖母にとっては娘)の気持ちは変えられないが、自分の気持ちは変えられる。どうにもならないことに不平を持つより、気持ちよく出掛けなさい』……うん、うん。訛りがあって字面は読み取れなかったけれど、いわんとすることは判る。というか、母といさかう度に、祖母の悲しそうな顔が見えて私も辛かった。でも、相当に合わせている……妥協じゃない、迎合しているんです。むろん、その事も祖母は理解してくれている。

蛇足かも知れないが、どんなに恵まれた境遇にいても、まだ足りないと不平を思えば不幸になるし、傍目には不幸な境遇だって、その人が溌剌と生きていれば、楽しい暮らしが出来るだろう……

私は祖母の死の直前に霊感を得た。ある意味、霊感は祖母の残してくれた遺産である。その遺産が、始めて遺産らしく働いた気がした朝だった。


痴話喧嘩

2006/10/20

2006年10月20日


ちょっとした口論の後、気まずそうに相手を気遣う、仲睦まじいカップルの姿が見える。女性が言う。

「私たちはいつまでも仲良くしましょうね。」……すると、男性が、今までの口論をまるで意に介さぬように平然と応える。

「なあに、口論なんてどうということはない。互いの話を聞いている内は。」

なるほどと、女性が応える。

「ああ、喧嘩にならなくても、相手にされないほうがよほど寂しい。」

……じゃあ、喧嘩せずに仲良くすればいいのに、と思うと、二人でこちらを見て声を揃えて私に言う。

『私(たち)にだって意見はある!』

あわ!……ただのイメージビデオではなかったらしい。

・・・・・・・・

特定のモデルはいないので、決して裏読みしないこと。


時事雑感。

2006/10/13

2006年10月13日


最近の報道を見てナンセンスと思う事。

1、日本の外交情報

無論、一市民よりも多くの事柄を知っているだろう。だが、敵国の敵対行為よりも、同盟国の裏切り行為のほうがよほど国益を損なう。日本が一番に知るべき相手は、北朝鮮でなく米国なのだけど、……その辺がなんとも友好関係に依存している。

ああ……この国って、底抜けに平和な国だ。わずか百年もさかのぼれば飢狼のような歴史があるのに。私は結構、日本嫌い、特に日本の指導霊団嫌いだけど、この日本人の後生楽さだけは、損得抜き、理屈抜きで本当に好きだ。

つーか。だれだ、この後生楽な日本人をダメにした奴らは。

 

2、太陽政策(対北朝鮮)

……わがままお坊ちゃま相手に、厚遇して懐柔しようなんて、貧乏人が金持ちを接待するような甘い考えだ。相手が喜ぶだろうと思ったら大間違い、貧乏趣味が小ざかしいと、鼻でせせら笑われるに決まっているだろう。

困っている国民に援助する……で、感謝されるなんて民主主義国の幻想。隣国では犬馬よりも卑しい貧民の飼葉の世話でしかない。あれば便利……それだけのことだ。だって、他者はすべからく搾取の対象なのだから。

太陽政策は日本のものではないが、この感覚のおかしさは日韓共通ではないか?

政治家の生活感覚というのは何で、一般を馬鹿にし、金持ちから馬鹿にされるような中途半端なものなのか?……まじめに霊査を取ってしまったら、まじめに返事が返ってきた。

『あくまで一般論だが……庶民に同情していたら神経が持たない。本当に豊かなら、政治家にならないか、政治家になれない。』

……ついでにボソッと小声で指摘された。

『あれは稀有だぞ、優柔不断で、昼行灯にも見えるが、ちゃんと同情し、ちゃんと主張する。』……どこぞの国の総理大臣のことらしい。ひとかどの霊からほめ言葉を聴いたのは、小渕首相の「あれは、朝晩神仏に祈っている」という言葉以来だ。


「虚」

2006/10/12

2006年10月12日


ここ一月ばかりの間、先月のオフ会参加者の指導霊から、「虚」という字を見せられていた。が、なかなか文章をまとめる暇が出来なかった。……今まで放置してきたのに、何もオフ会を二日後に控えた今日に纏める必要があるのか、という気もするのだが、急かされたので取り組んでみる。


「虚」――つまり、虚《うつ》ろ、隙や油断、うそや偽りという意味もある。

私が具体的に感じたものを列記すると、まず、「虚」という字。

ついで動画である。拳を前に突き出す……空手などでいうところの正拳にあたるのか?……すると、幽体の拳が先に行き、後に遅れて肉体の拳がついていく。そしてこうナレーションが聞こえる。

「空虚な拳を振り回して、強いつもりでいるのか?」……気が焦っている、動作よりも気持ちが先に行くから、動作に力が無く、相手に動作を読まれてしまう。……という。


『例えるなら……父親が仕事に夢中で家族を顧みない、母親が芸事に夢中で子供を置き去りにする、というのも「虚」である。「自分は家族のために懸命に……」というが、しょせん気持ちの家族愛だ。行為がそれに伴わない。よしんば態度で示そうにも心が満ちていないからどうにも力がこもらない。そんなうつろ(虚)な家族愛では、家族から背を向けられて初めて己の過ちに気がつくことになる。

『虚であって、実がない。誠がない。……が、世間でいうところの不実、不誠実ともちょっと違う。心身の充実が無いのに気持ちだけで努力しているのである。すなわち空元気……元気の意味を見失って、威勢の良いことを元気と勘違いしている。元気とは行動力の源、未だ動かざるやる気のこと、それが欠けている。

『ガソリンの代りに松根の油で零戦を飛ばしているようなものだ。酒を飲んで威勢をつけ、闘争心で相手を凌駕しようとしたところで、そんなエネルギーはしょせん、人の生み出す浅薄な力。真の元気とは、不毛な大地に生命が誕生せしめた、神の創造力なのである。自ずと格が違う。

『手を伸ばして得たものだけで、終わりと思うな。柳の下にドジョウは二匹いなくても、ウナギが眠っているかも知れぬのだ。』


好奇心

2006/10/12

2006年10月12日


『人を愚かにするのは「知ること」である。人は知ると、そこで満足して深く掘り下げることをしない。人は知った、と思うことで知ることを忘れるのである。……そして興味は次に向かう。

『それゆえに、知識を誇るものは、わずかしか知らない。彼らが知るものは、つまり探求を諦めた遺骸ばかり、彼の知識は墓石と同じである。たとえば今日知った事柄が、明日にも同じと思う無かれ、川の流れは普遍であっても、流れる水が異なるのと同じだ。

『より深く知るために、知るのをやめる、そういう選択もある。真実を明るみに出すには時機、もある。無理をすれば多くが分るというのは道理のようでいて矛盾である。事実は時と共に移り変わるからだ。明日のことを今日明らかにしても、今日と同じ明日が来るとは限らない。今日思うのと別の明日は来ない、とどうしていえるのか?

『明日知るべき事は、明日知るべきである。今日知るべき事は、逃さず今日知るべきである。――その差はいずこより生じるのか?

『つまり、知ることに意義を見出しているのか、先に進むことに意義を見出しているかの差である。

『学ぶこと、知ることに誠意を持たず、ただ、知識から利益を上げることばかりを考えている。……気持ち焦れば、知識を都合良く歪め、間に嘘を織り交ぜる。……知ったかぶり、憶測を言い、言葉を濁す。……そんな不純な知識のどこに価値があるのか? 泥混じりの水と、小石混じりの米で、どんな飯が炊けるのか?』


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