‘幽明の道標’ カテゴリーのアーカイブ

石橋を叩いて、でも渡らない?

2013/11/23

過ちというのは、気付かずやるから、過ちという。

・・・知人のお母さまがいわゆる「振込詐欺」に引っかかったという。

私はかねてから、親に連絡するのに自ら名乗らないというのはいかがなものか、と思っていたので、良い機会とばかり、この知人に尋ねたところ、兄弟皆、電話の際には名乗っているという。だが、お母さまが電話で話した相手は、いかにも風邪声で具合悪そうにしていたので、心配のあまり思わず、『○○かい、それとも○○かい?』と、電話の相手に聞いてしまったのだそうだ。そのあとは、新聞テレビでよく聞くパターンで、どうして途中で気づかないのか、と思わなくもないが、もう、大変だ! と思ったあとは詐欺師のペースに巻き込まれて、気付いた時のは、支払った後とのこと。

まったく、思い込みとは恐ろしい。・・・というのは、有益なようで無益な結論であろうか?

 

ところで、11月の勉強会(オフ会)での雑談中、「私は石橋をたたいても渡らない人で・・・」と聞いて、私はその時、フーンと特に疑問に思わずにいたのだが・・・帰宅の、そのまた後の、いろいろあったしばらく後に、私の背後霊が言い出した。

『渡る気があるから、石橋を叩く。叩いても渡れないのではない。叩くことで、疲れ、次の行動がとれないのだ。』

・・・あ。ハッと気づく。

『さらには、叩く、試すことに、いちいち、気負いが強いのだろう。または、理想が高いというか・・・だが、事前に疲れて、つまらぬところで妥協しては、石橋を叩いて、試す意味がない。』

『「もっと奥深く、覗き込むようにせよ」と、伝えよ。「先のために今をつかえ」と。』

・・・まあ、当事者は将来のためにいろいろと布石を打っているようだけど?

『だが、「叩いても渡らないのが自分の性格だから」と、納得している。なぜ、そういう性格なのか、それが弱点にならないか、ということを考察しない。とはいえ、占い師や霊能者に頼らないだけ安心ではある。』

・・・とはいえ必然があったかもしれないし・・・

『まあ、詮索することでもあるまい。』

 

 

戦う相手を間違わない

2012/09/04

先日来、棟のなかでわだかまっていた問題・・・なにか、こう、霊査内容と相手の返事にちぐはぐなものを感じていて、その差異を特に問われたわけでもないが(それこそが大問題)、その理由を詮索していた。

来る日も来る日も(あー忙しいにも関わらず)問いかけ続けて、でもいなされる。

『これでいいのです。』 (某女性の霊)

・・・でも、なんだか違うような、誤解されているような・・・

『これでいいのです。』

・・・でも、私が疑われちゃいそうな(ちょっとおもねる)・・・

『これでいいのです。』

・・・そうですか。(あきらめた)

というのが数日前。すっかり忘れていたのに、今日、寝ようと思ったところに、あまり付き合いの無い霊から通信が入る。

・・・・

『戦うべきは己である。

己の戦いと思えば、悩むべきも変わるし、心の置きどころも変わるのに、誰が悪い、彼が悪いと思えば、その怒りが、正義と悪(愚)との対立となって、わが心を正義とおもえば、周囲がみな悪(愚)に思えてくる。

他と争うから火が広がる。争うことを正しいと思うから、争うことがやめられなくなる。』

で、と、私に向き直り・・・この場合の向き直るというのは顔の向きではなく、集中先、つまりは「これは、お前のことだ!」というニュアンスである。

『いちいち、代理で相談しない。当事者に考えさせよ!』・・・と、えらくご立腹の様子。

・・・え、私が悪いの?

『自分で考えさせねば、修行にならぬ!』と、うろたえる私に対してテンションが上がる。

・・・ちょちょちょ、ちょっと待って!。 と私。

修行といったって入門編もいいところ。仕事の合間、月に一回の集まりに、何を期待しているの?

すると、薄笑いの感覚が遠ざかっていく。

あ、『やっていることが中途半端で結果が期待できない。』ってか。まあ、そうなんだけど。

・・・・

きっとまあ、霊査を正しく受け止めるか否か・・・中継の霊媒(私)に非があり、また、質問者の受け止め方に非があったとせよ、私たちのささやかな勉強会を守る霊たちは、失敗もまた修行と見なしているんだろうと思う。

巧く行く、スムースに生きられるコツを見つけろと。

いやまあ、それこそが己と戦い、己に克て、ということなんだろうけど。・・・外の敵と戦う前に。

・・・私は己と戦う以前に、自分の抱えるスケジュールをこなすのに精いっぱいで・・・あ、怠け心に負けなければ何とかなるのか・・・

新年を迎えるにあたり。

2011/12/30

あるべき様に有ろうとすると、自ずと一番良い形に収まる。

ふんぞり返っていては、重い宝を背負えまい?

 

未知なるものには謙虚に接し、あなどらず、おろそかにしない。

 

無理をするから崩れる。

格好をつけるから無駄が出る。

知らぬふりをするからすべてを失う。

当たり前ではないか?

 

あなたが憧れ(それがなんであれ)、欲するものは、あなたはただ、存在を知っているだけで、中身は未知である。

・・・未知でないなら、あなたはすでに得ている筈。

未知なるものに手を伸ばすなら、謙虚であるべきだ。言い換えれば、慎重であるべきだ。

すなわち、あなたが本当に心のそこから欲するなら、その思いの強さの分だけ、欲することに慎重であるべきなのだ。

・・・ 一得一失。

価値有るものを得るには、手を伸ばすだけでなく、(己が)身も、慎まねばならない。

・・・ふんぞり返っていては、重い宝を背負えまい?

にも関わらず、欲しがる者は手を伸ばすばかりで、身を慎まず、仮に与えればひっくり返って大ケガしそうな不届き者で、己を知らぬからなおのこと、得られぬことで他(神仏)を恨む。・・・時として、「転んでも良いから寄こせ」という。だが、誰が溢れると知って宝酒を注ぐ?

・・・強欲が嫌われるのではない。己を知らぬものが避けられるのである。

無礼者ゆえ与えられず、不届き者ゆえ保てず、愚か故に己の欲を持て余す。

謙虚たれ。・・・強欲な者ほど謙虚たれ。

無欲であることは美徳でない。・・・それ故、山川草木、無欲(そもそも欲を持てない)であるが美徳を持たない。

大切なのは、その欲にふさわしい人物、器量ある人物であるべきだ。

つまりは程々、ほどほど。または、分相応。

・・・であるから。己の頭を、目一杯に下げて乞え。

「新年が、良き年でありますように。」

・・・良き年を迎えるに、ふさわしい人物であることを心がけつつ。

人は無力じゃない

2011/09/29

先日、車を運転中のこと。カーラジオでは、リスナーの投稿が読まれていて・・・

「人は無力なものだから・・・」

実をいえば、なにゆえ、人は無力と言い出したのか、記憶に残っていない。ただ、「人は無力」という言葉だけ、ハッキリ記憶に残り、と同時に、

人は決して無力ではない(この怠惰な奴め!)』と聞こえた。(括弧内はその時に感じた、ニュアンス)

その時は、運転中のことゆえ、帰宅後に改めて聞くことにした。


『人は非力ではある。だが、無力ではない。

『非力であるから、コツコツと務める。何度でも、やり直す。

『今日に間に合わない事なら、前日から準備する。それでも間に合わなければ前々日から、更に前から。

『時として、いや、往々にして、予想外の事柄に、今までの努力を覆される。それでも、生きていればまたやり直す。

『例えば、この度の大災害(311)も、多くの被害が出て、それも、人の過ちから、更に大きな被害をなしたところもある。それをもって人は無力というのか?

『だが、先人の努力が実り、難を逃れた者も決して少なくない。それは必ずしも、巨大な堤防とは限らない。避難訓練や、いざという時の覚悟と決断の結果もあろう。

『なるほど非力な人間では、何も出来ぬうちに、流され、押しつぶされた者も多い。その被害者を無力と呼ぶのか? 無であると、取るに足らぬと言うのか?

『いや、足らなかっただけだ。目の前の現実に、努力が及ばなかっただけであろう。』

・・・・・・・

『この世に、無力な人などない。

『努力が及ばなかった人を、結果だけで詰ってはいけない。

『そして、たとえ非力でも無力ではないのに、力を尽くさず、無力だなどといってはいけない。

『(自ら無力というものは)本当に無力なのか? それとも怠惰なのか、無能なのかどちらだろう?

『力が及ばぬことであれば、百年も前から備えれば良い。人は非力ではあるが、文明は偉大な結果を残してきたのだから。その文明さえも、大自然の脅威の前では、幼稚に思えるとしても・・・幼稚であればなおのこと、人々は努力を続けなくてはならない。』

・・・・・・・

『結果だけを欲しがる者には、その努力こそが苦しみに思えるかもしれない。

『だが、努力なくして成し得た結果はない。たとえ、努力の過程が他者には伺えなかったとしても。

(さらに…)

支離滅裂

2011/06/10

 結果は行為、行為は動機から生まれる。行為が結果を導き出す過程が、論理的なものに見えたとしても、その行為を生み出す動機を、以下に論理的に解釈できるか?

 動機の非論理的なことを思えば、人間が、遺伝子(DNA)の奴隷、本能や欲望の奴隷、と表現しても、反論するのは難しい。・・・のは、自らの生物性、本能、欲望、もしくは、性癖に流されているからだ。

 流されるだけではいけない。・・・人にはあるべき姿がある。そして、人の姿は心がけの表れであり、故に、人には目指すべき心のあり方があるはずである。

 その、目指すべき目標を言葉で表したものが「霊性」である。


   一方、心霊家は、死者の肉体に当たるものとして「霊」という言葉を使う。その「霊」は、動機を生み出す器官だという。そして、犬にも猫にも霊があるとする。そして、人が肉体を超えた先にあるものを大切にする、それを「霊」とも呼ぶ。

 あれも霊、これも霊、では一体、霊とはなにか?

 おそらくは、今の自分が霊であり、今、自分が目指すべきものも霊である。・・・そういわれれば、ますます捉えがたく思うだろうし、騙されてる、丸め込もうとしている、と、不信を抱く方も居るだろう。

 捉えがたく思えるのは、実は正しい見方である。

 カタチがなくて目に見えず、それを「見える」という者もあるが、視える者にしか見えないのである。信じる人、信じない人がいるのだから、霊は実在物というより、共有することも難しい概念物ともいえる。

 霊を論じるに大切なのは、有無よりも品質・・・なのである。

・・・・・・・

 犬や猫にも霊性はあろう。例えば、動物にだって利他行動を見ることは出来る。だからといって人の霊性と犬猫の霊性を同列に扱っても迷うだけだろう。

 人の論じる愛にだって、その人によって表現と力の差があるだろう。・・・ 語るために言葉は必要であるが、言葉だけで足りぬものは数多い。

 もしくは・・・神の愛とか、仏の慈悲とか。それらは語る人々、聞く人々の想像するよりも大であるか、どうか。人は触れぬものに対して、その大きさを正しく捉えることが出来ない。・・・大きいといえば大きいのか? それではセンスが無い。つまるところ、群盲象を撫でるに均しい。

・・・・・・・

 さて、今のあなたは霊であり、あなたが目指すべきものも霊である。・・・あなたは、どのような自分の姿を思い浮かべるだろう? 理想を追求する姿か、はたまた成長のないままの自分か。・・・それどころか、過去を悔いるばかりの後ろ向きではないか?

 霊が捉えがたいのではない。あなたの、「自らがあるべき姿」に対する信念が足らぬのである。

 そう、見るべき対象がブレているのではなく、あなたがブレているのだ。・・・手の届く範囲と割り切り、その先は、信じるだけでよい。

 空を仰ぎみて、雲が厚かったとしても、その雲の上は青空なのだから。・・・雲しか見えなくても、雲は空ではなく、青空だけが空ではない。そういわれてあなたは、騙されていると思うか、丸め込まれていると思うか?

 「未来」の自分を信じるのに、あなたはどれだけ先の「未来」を思うか?

・・・・・・・

 語っているのは、ごく、あたり前のことなのに、なぜ難しく考えるのか。または、難しくしたいのか?

 

 

 

 

(さらに…)

それで悩んでいるつもりか?

2011/03/09

 突然、脈絡もなく、

『いけないな』・・・という思いが湧き上がった。他者の声や、他者の意思として感じるのではなく、彼我不分別、まさに誰でもない自分自身の思いとして、脈絡もなく湧き上がった。

 すなわち、共感。または、当事者と利害を共有する(霊統が近い)相手からの通信。・・・もしくは呼び出し。

 と同時に、悲しみも感じる。

「こんなにも近いはずなのに、あまりにも遠いい」・・・これは、通信を解釈する手がかりの一つであるが、ここではあえて論じない。

 ちなみに霊信は『』で囲み、ニュアンスは「」で囲んで表現している。・・・他のページと同様に。

・・・・・・・

 改めて聞いてみる。

『悩むことも大切である。人の脳も、または、心も、使わなければ向上せず、むしろ衰えるのだから。

 とはいえ、本当に頭を使っているのか? ……答えを求めず、ただ、答を与える者を探しながら。

 真剣に悩む者には隙がない。だが、苦しむフリして、助けが来るのを待っている者は、隙だらけだ。

 分っているのか?

 ……その思いは私利私欲。霊感の悪用であって、助けは得られない。

 なぜ、そんな事に悩むのだろう?

 人は何も知らずに生まれきて、悩み、求めて、人生を終える。

 判らなくて当たり前なのに、なぜ、「わからない」と言えないのか。・・・人生の意味を知らぬことがそれほど後ろめたいのか?

 判らないなら訊ねれば良いものを、答を得られて当たり前となぜ思うのか?

 分を超えればこそ、仇となる。

 利口ぶって、愚かに振る舞っていないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妬み、憎しみ。

2011/01/30

 妬み、憎しみ。

 人が生きる上で、避けがたい内心の敵であり・・・そして、世の中を覆い尽くす「魔」である。

 とはいえ。

 (人々が)焦らなければ、どうということのない相手である。

 

  人は、苦しむために生まれてきた・・・といっても過言ではない。なにしろ、世界は不健全であって、油断は許されないのだから。・・・人が生きるこの世の中は苦しい。・・・それを知らぬことは不幸なことだ。たまたま育った環境が恵まれていたからといって、明日も豊かとは限らないのだから。

 とはいえ、人は豊かに、安楽に生きたがる。・・・それが、夢幻と知っていても。・・・故に人は、己の貧しさを信じようとしない。

信じなければ免れるのか?

免れられないから人は苦しみ、しかも、どうすべきかに気付かない。

人は、己の愚かさ故に苦しむというのに、苦しむ人は己の愚かさに気付かない。

 苦悩を免れる賢さなど、天上天下にありはしない。ただ、速やかに苦しみから逃れる者と、苦しみから逃れがたい者とがいるだけだ。

あなたはそれに気づいているか?

 己を幸せな人と思うのも、己を不幸な人と思うのも、無駄に力が入っている。あるがままに。あるがままに。

 楽しければ楽しいなりに、辛ければ辛いなりに生きれば良いものを。

 他者を見るに決めつけてかかるのは論外。己を思い込むのも苦しみの元で、あるべき姿を知るに知れなくて人が苦しむというなら、人は一体どれほど愚かだというのか。

 あなたは、あなたの努力の分だけ、苦しみの代価を払っているのである。・・・苦しみを嫌うなら、せめて愚かな努力を減らせばよいのに。

 どうして、必要な分だけで我慢できないのか? ・・・努力する以前に、己らしく生きることに苦しんでいる事に気づくべきだ。

 

 本来、当たり前に生きることは苦しいことではなく、むしろ心地よいはず。・・・ただ、他者を見、己の理想に負けるがゆえに、人は争い、知らずに苦しむのである。

 やめられない。・・・にも関わらず、妬み、憎しむのは、別段、かけ離れたこととも言えない。

 人はどこかに、その生命力を費やす。・・・有益なことか、無益なことかに関わらず。

 あなたは、あなたの生きる力を何に費やしているか? 悩みや苦しみを、嘆き悲しむ事に費やしていないか?

墓上結婚(?)

2010/10/02

関連記事: 墓地を選ぶには?


 相変わらず、せわしない日々が続いて、気になっていてもどうにも成らないことが多々ある。

 これはそのひとつ。

 姿容は見えないけれど、ニヤニヤ笑いが伝わってくる・・・といえば、チェシャ猫のようでいて、心霊家にとって別段不思議もない。人間の表現は、声(音声)や容姿といった物理現象に頼るが、人が死ねば、何を持って表現をするのか。

 真心・・・といえば、綺麗すぎてかえって見えないと思う人も多そうではある。

 話題に戻る。数日前、墓の話題を提供した友人から、「墓を決めた」とメールを受けた。そこで良いかどうか・・・世俗的な話題も含めて・・・訊ねられた。やはり心を鎮めて答えを求めるが、その時見えたのは、笑顔。まあ、ぶっちゃけ、年寄り(老翁)のむさくるしい笑顔であったが、下品では無かった、故に、よし(吉)というのが答えであろう。・・・未だ返事をしていないが。

 さらにその後、もう一つ見えたものがある。やはり、老翁の笑顔なのだが、能面の「高砂」と思えた。すると、暗示するのは「夫婦愛」と「長寿」だ。故にこれは、何らかのメッセージがある、と私は心した。

 すると、もう一つ見えてきた。墓石に朱塗りで友人等の名前が彫ってある。そして聞こえてきたのは、『夫婦して、生前に名前を刻むが良い。』という。まあ、生前から名前を墓石に刻む方が長生きするとは聞いたこともあるが、夫婦で名前を刻めば、離婚も出来まい。少なくとも気まずいはず。すると、

霊: 『つまり、多少の不満があろうとも、離婚するな、添い遂げよ、の意味である。』

・・・とりあえず、お約束の質問をぶつけてみた。

私: 「では、二人は死ぬまで離婚しないということですね?」

霊: 『緊張感は大切であろう。(笑)とはいえ、己の不足を省みずに相手の欠点ばかりいうなら、だれと添い遂げようと不幸にしかなれぬ。これが不幸というなら、幸せには成れまいて。』

・・・あとは割愛する。(^^) なにしろ、当サイトは予言サイトや占いサイトではないし、個人相談も原則お断りしている。心霊研究的に(ほぼ)重要なのは、次のことである。

私: 「あなたは、いわゆる龍神とか、産土神と呼ばれる方ですよね。そういう方は神道的な結婚を勧めると思っていました。」

霊: 『双方ともに、根強く仏教趣味(趣味、とハッキリ言われたんです。)である。とはいえ、別に神界に無礼があったわけでもない。趣味を勘案して、こうしたらどうか、と提案しただけである。「証」が何も無いよりよかろう。』

私: 「まあ、下品とは思っていますが、立場的に質問します。 その証に何か根拠や、効力はありますか?」

霊: 『根拠というなら、石に刻んだ誓いは誓紙にも勝ろう。効力というなら、どこの馬の骨ともしれぬ神仏に誓うより、生活に立った誓いとなろう。まあ、当事者の気質にもあっていよう。高級霊に物証は不要というなら、地上人には時折、己が誓いを思い出す手段が必要であろう。支払う金額には見合わぬとはせよ、金で贖えるものでもあるまい。ならば、良とするのがよかろう。』

私: 「墓相とかは大丈夫でしょうか?」

霊: 『良くない。(笑) いや、あまり良くはない。または、一長一短というか。とはいえ、墓地という、いわばカタチ(利益)成らぬ資産(坪単価で考えて意味があるか?)に金をつぎ込むためには、いろいろと世俗的な想いが無いとはいえまい。その条件と折り合いをつけるには上々であろう。所詮、墓相が人生を決めるのではなく、人が、その人となりの上で墓相を選ぶのである。つまり、良かろうが、悪かろうが、それはその人々の人生である。』

私: 「子孫に累を及ぼさぬ、とか?」

霊: 『墓がないより良い。(笑) 親が祖先を尊ばずに、子が親・祖先を尊ぶとは笑止。墓相云々は供養する親たちの真心次第じゃ。以上。』

 と、雰囲気が消えた。

 まあ、墓石上の結婚誓いとは・・・ねえ。

自分を責めるな

2010/09/27

 何気なく、趣味で撮った写真を眺めていたら、ふっと気になるキーワードが浮かんで、ググッてみた。すると、またまた気になるキーワードが浮かんで、ハッと気がついたら、斜め後ろに、見覚えのある……とはいえ、古式ゆかしい雅楽家のような格好をした細身の美男子が立っていた。まあ、美男といっても私ほどではないが(自主規格)……というのは置いておき……見覚えがあると思えるのはつまり知人の守護霊であろう。

 なにやら言いたいことがあって、先程から私に水を傾けていたのだろう。正直眠いが、折角なので聞いてみる。

・・・・・・

 某霊語る:

 先日の精神統一会で、(誰それの)悩みは「幼少時の思い込み」が原因、という、話題があったそうで、それを聞いてから矢も盾もたまらず、どうしたら私の思いが伝わるだろうと、そればかり考えておりました。

 私が守護しております者も、「助けてくれ!!」と、神仏に、心底すがったことが何度か有ったものなのに、その都度、願うどおりにならずに、溢れる涙を飲み込み、飲み込みし、それでも正しく生きようと歯を食いしばって努めて来た者です。

 おそらく、その気質は不幸なことでありましょう。もっと辛いことがあったなら、突き抜けて陽気になれたかもしれません(涙)。いや(首を振りながら大粒の涙)、優しすぎて乗り越えられなかったかも。 (この部分は私あての気遣いで、大雑把にいえば「あんたみたいに突き抜けて、陽気になってくれていたら楽なのにねぇ」の意)

 人は定め(宿命)に逆らえぬものです。人は死を免れず、悪人は悪事を辞められず、そして・・・(割愛)

「願いの通りに成らなかったのは、己の所為である。己が卑しいからである。」と思い込んで、神も、仏も貶すことなく生きている。その信心ぶりは立派であるのに、なぜ、我が身、我が心を貶すのか。・・・そう自分を責め立てている姿を(守護霊として)見ていると、切なくてなりません。

『よく生きているね。頑張っているね。』と、霊媒の口を借りて伝えてみても、もとより自分の自分の罪を信じ、それを償おうと努力していて、褒め言葉など聞こうともしません。

 なぜそんなに、自らを苦しめるのか。それほどまでに「己の罪」を信じ、無用の償いをしようと思いつめているのか。

 人は確かに未熟で不完全です。でも世の中も未熟で不完全なのです。・・・誰もが不完全で失敗を繰り返すというのに、どうして自分だけを責める必要があるのでしょう?

 それほどまでに、自らの失敗が許せないのか。それとも、しっかりと守れなかった私(守護霊)を責め立てているのか? (不信は最大の障壁だ)

 (庇護者が)辛くはあっても、価値あることをしてきたと(守護霊は)信じているが、どうにも、価値に気づかず、自らを責めることをやめようとしない。

 どうかあなた(霊媒・老神)は伝えてくれぬか、それは必要なことであったと。

・・・・・・

老神語る:

 ああ、確かに昔、なだめた記憶があるけれど。確かに伝わったとは感じなかった。

 うーん。「お前はダメな奴だ!!」といえば、食いつきがいいのに、「あなたは善良な人だ!」といっても、確かに聞かない人だしなぁ。

 まあ、努力することにしよう。・・・と、いろいろ入れ知恵を感じるけれど、ともかく、今夜はもう寝よう。

 

 ・・・「お前、もう少し反省しろよ!」という奴が決して少なくないのに、強いられもしない反省は程々にしようね。

墓地を選ぶには?

2010/09/20

 その昔、知人の親族の葬式からしばらくして、故人が影に追われている姿を霊視させられたことがある。
「早くお墓を立ててくれないと、逃げこむところがない!!」と叫んでいる。
『こりゃ大変だ! 助けてあげなきゃ!』と思ったとたん、いわゆる龍神(白っぽい格好の老人姿)が、視界を遮った。
『あれは生前、人付き合いが剣呑だった反動である。やたらに人に怒りを投げつけてきたから、今その「怒り」が我が身を追いかけているのだ。墓などあっても助かるわけでなし。いずれは落ち着くだろうから、放っておいて良い。』という。
 まあ、いくら便利な世の中とはいえ、コンビニ等では未だお墓は買えないし、安い買い物ではないし、買ったところですぐに役立つものでもない。
 知人を急かしてどうなる物でもないだろうし、霊感商法と誤解されても面倒である。
 というわけで放っておいたが、その後どうしたか、私は見ていない。


 その事があって、私は、我が親をそそのかして生前に自分の墓を買わせた。自分で買った墓だから、場所が悪いとか、方向が悪いとかいう苦情は一切受けない。死んでから文句を言っても知ったことじゃない。
 墓に立つのは公園墓地のちんまりした墓石であるが、私は結構気に入っていて、自分が入るにしても好都合に思っている。霊能者・心霊家が豪盛な墓に眠るなんて、人は知らず、私には恥ずかしくて出来ないと思うからだ。
 要は、縁者が訪ねて、額づくだけの場所があれば良い。・・・思い出すことで波長が合い、通信が成立するならなお良い。とはいえ、場所や道具に大きく依存するのもナンセンスだ。・・・これで充分である。


 東京オフ会にて、「義母(から)の供養」に関する霊査が出た。
 ちょっと脱線すると、わが師も精神統一の指導を受けていた頃に、お姑さんの小言を頂いたことがあるという。なぜ我が子に言わず、嫁に言うのかは心霊的問題というより、女性心理の問題であろう。はたまた家庭内権力の問題か、夫婦間の実行力の差か。・・・は、当事者に考えてもらうことにする。
 私が、「心霊勉強しているのに、よく、墓を後回しにするねぇ。」と、いささか皮肉をいえば、当然、どうすべきか、という質問がある。だが私は間に入るだけのことだから、どんな質問にも動じることはない。まあ、答えられるとは限らないけれど。
 で、得た霊査は、『大阪』『都内』『東の方角』『◯◯(そりゃ西だろう!?)』『どうせ三年もすれば向上して墓なんていらなくなる』『デカイ墓』『小さい墓』・・・「いい加減にしてくれ。結論だけでいいってば!
 というわけで、解答は棚上げ。というか、故人の遺志なんてどうでもいいから、夫婦で勝手に決めてくれ。というのが私の結論。

 それではだいぶ乱暴なので、もうちょっと分析すると、(たいていの)故人はおそらく、墓を建てることに過大な期待がある。自分の死後の境涯の低さ、また、その境涯の環境の悪さを、墓や先祖供養の有無・多少のせいと穿っているのだろう。
 また、一部の故人は、墓や先祖供養による利益を感じていないがために、意義を過小評価している。でも、墓が無いと家族の座りが悪いものだが・・・一方、墓があっても座りの悪い家はあるし。

 墓に期待しない故人(霊)であれば口出しせず、墓に期待する故人(霊)は、それぞれ言いたいことを言う。であれば、話がまとまらないのはむしろ自然である。ならばいっそ、建ててしまえば文句も言われまい、と思う。
 思いつきや好き嫌い以外の、いわゆる「道理ある霊査」が降りればそれなりに伝えもするけれど、現状は無意味に近い。というか、今回、一番高位な霊からの霊査が、そもそも、「勝手に買え」というものであるけれど。


 あえていえば、墓を買うなら、霊の加護を求めるよりも、家が収まるように買え、ということだとおもう。収まる家だから霊の加護があるのであって、霊の加護があるから家が収まるというのは、往々、やむを得ないが、本来は本末転倒なんだよね。

 どうも、皆、器を用意せずに、中身を得ることばかりを願っているように感じる。真空パック入の幸福では、さすがに味気なくはなかろうか。


 もとより、このご時世、墓地を選り好みするのは、かなり恵まれた人だけではないか? ならば答えなんて初めから決まっている。

 良いところが得られるように祈って、あとは努力するだけであろう。

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