それが修行なんだ


 かつて私が足繁く師匠の下に通っていた頃、私が不快の念を抱いたり、やるせない思いに胸がつぶれそうだった時など、師匠が私の想いに耳を傾けながら、一言、『それが修行なんだよ……』とだけ、教えてくださったものです。

 霊媒もまた人間です。感情の動きを止める事など出来はしないし、感情もまた人間の大切な要素なのです。囚われる事は危険でも取り去る事は出来ません。ですが、感情に乱れが生じると、浅ましい念や、憎悪の念を感じやすくなり、心が急に冷えて行くのを感じます。霊感というのは霊媒の心に非常に敏感なもので、わずかでも依存心を抱くと、あからさまに軽薄な甘言が心に伝わってきます。堕落は本当に容易なものです

 自分の境遇に活路を見出す。それ以前に大切なのは自分の境遇を恨まぬ事です。トラブルに巻き込まれる、その原因は世の中にいくらでも求める事が出来ますが、大切な事は、トラブルを自分自身が受け止めてしまったという、その一点なのですから。

 受け止めてしまった……この言い回しは難しいでしょうか。簡単な例をあげると、道端に空き缶が落ちていたとします。拾ってゴミ箱に捨てるなら、ただそれだけの事ですが、空き缶を捨てる人がいる事を憤り、そういう人々を放置する社会を憤っては、見知らぬ誰かと争い、社会と争わなければならなくなって行きます。

 こういう具合に、たかが空き缶一つ、タバコの吸殻一つでさえも、心の受け取り方しだいでは大きな問題、大きな争いに発展しかねないのです。そして気がつけば、世の中には、小さな事で争う人のなんと多い事でしょう。

 その他の問題は、他の誰かに解決を任せる事が出来ても、この自ら「受け止めてしまった」という事だけは、自分自身で解決しなければなりません。全ての問題には、「自身の修行」という一面が必ず潜んでいるのです。

 そして、上記、空き缶の例でいうなら、私自身が空き缶を見て不快なのです。このまま放置すれば一体何人の人が不快に思う事でしょう。捨てた人の悪業はともかく、私が拾って捨てれば、多くの人々が不快の念から救われるのです。善業のチャンスはあちこちに落ちています。

 ただ人々がその価値を知るか知らないかというだけで……しかし、小さな善事をおろそかにして、どうして大事業が成せるというのでしょうか。なるほど、大事の前の小事という言葉もありますが、ゴミ一つ拾う手間さえ惜しむほど、人は毎日そんなに忙しいものでしょうか。

・・・・・・・

 心霊主義を修めた人にとって、霊性という言葉は解釈の余地がありません。自ら実践すべき事だからです。そして霊性向上も議論の余地もありません。ただ修行あるのみなのです。

 ですが、人々が体験を共有するのは困難ですし、過ち無く体験を理解する事も困難です。気が付けば、真理という妄想に憑かれた人のなんと多い事でしょう。

 言葉は心を表しきれないというのに、多くの人々は言葉による解釈を必要としている。そこに霊的なものを扱う事の難しさがあります。


2004-06-15

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