心霊研究の意義



 心霊研究が対象とするのは死者の魂、それは自我を持った存在です。そして、心霊研究の有力な手段となるのは、霊媒であり、それもまた自我を持った存在です。あなたが心霊研究を志すなら、幾人もの自我の手を煩わせねばなりません。そして、その研究の良否は、あなたの研究者としての態度よりも、むしろ接する相手……例えば霊媒であり、対象となる霊であり……の自我の問題こそが重大な影響を与え事でしょう。


心霊研究の意義(霊界の言い分)

 事実の究明、真理の探究とは、人が求めてやまぬ本能の現れであります。他の動物が生きることと、子孫を残す事に本能を傾けるのに対して、人々は心の繋がりや、探究心の満足を、自らの命よりも、そして、子孫を残す事よりも強く求める事が出来ます。

 私ども(霊界)が、皆様に働きかけ、明らかにしようとする「死後の真理」は、単に皆様の好奇心を満たす為のものではありません。これらは私どもが生前抱いていた、疑問と懊悩《おうのう》に対する答えでもあります。

 心霊研究に携わる多くの皆様は、不確かな霊媒の勘を通じてのみ霊界の真理に触れ得る事をとてももどかしくお感じの事でしょう。「出来る事ならば直接に見聞したいものだ」 そうもお考えでしょう。私ども死者は、すでに霊界の真理を直接に見聞しております。そうして得た知識を自己満足の引き出しにしまい込まずに、地上の皆様と分かち合いたいというのが、心霊研究に対する霊界側の意図であります。

 皆様の求める心に、生前の自分たちの渇望を感じ取り、私どもは今、皆様にこうして語りかけております。皆様の懊悩《おうのう》は私どもの懊悩《おうのう》であり、皆様の喜びは私どもの喜びであります。

 私どもは今、肉体が生み出す不安定や欲求から開放されて、いささかゆとりのある境涯を得ております。反して、皆様の探究心は、身体が発する不安や欲求に揺さぶられて、留まることなく揺れ動いております。私どもから見て、岸壁から揺れる小船に荷物を運び込むような難しさが、地上の皆様との交流には伴ないます。

 皆様は、常に揺れる小船にあって、揺れている事がむしろ当たり前に思えているかもしれません。いや、中には己の不動を信じて、自らの心を、揺れる小船に譬えられる事を不愉快に感じる方もいらっしゃる事でしょう。いずれにせよ、私どもとの交流が難しい事には違いありません。

 単なる技能だけで、皆様と私どもを隔てる困難を乗り越えられるとは思わないで下さい。困難を乗り越えるには努力が必要であり、努力には根気と誠実さが求められ、根気と誠実さを与えるのは献身の情熱であり、その情熱の火元はお互いの友愛であります。

 友愛が必要である……皆様、私どもは、皆様に愛を強いているのではありません。しかし、利己は利己を、力は力を、愛には愛を持って報いるのが公平であり、人情というものでありましょう。私どもは全てにおいて愛で報いたいと常に努力しておりますが、私どもの思う愛と皆様の思う愛とが食い違う事も多々あります。顕幽両界、手に手を取り、協調から調和へと向かう中で感じ取れる友愛を大切になさってください。その友愛こそが私どもとの絆であります。

 皆様が地上において、利の絆、力の絆、血の絆を不可欠のものと見なしている事は仕方のない事でもあります。しかし、肉体を失った後に、真に残るのは実に友愛の絆だけであります。生きている今、他に大切に思えることは数々ありましょうが、肉体の滅後にも残るものをどうぞ大切になさってください。

・・・・・

 真理を明らかにするという意味においては、私どもは一枚岩ではありますが、なかには子孫の幸福を強く願うものあり、死の恐怖を和らげんと発願するものあり、はたまた、ただ、とくとくと人に説くことを楽しむ者もあります。そういうばらばらの思惑は、決して霊界だけではなく、私どもの努力に応える地上側の参加者にも混乱を見る事が出来ます。

 小異に拘らず大同につくす覚悟で共に真理の探求に臨みましょう。真理を求めている限り、あなた方は決して一人ぼっちではありません。私どもの姿をお見せする事は適わなくとも、皆様が正しい目的の元に歩み続けるのならば、見えざる友はあなたと共にあり続けます。

 反対に、あなたが小異に拘れば意見の違いが論争を招きます。小異とはたいていが未熟なる見識から生じるものであり、小異を論じる事は互いの見識の未熟さを論じる事でもあります。あなたが己の未熟さを突きつけられても冷静でいられる方ならば、冷静な方々と議論を通じて見識を深め合う事も良いでしょう。しかし、未熟さから始めて頑迷さにたどり着く事の無い様にしてください。

 自分を守ろうとすれば、自分以外の全てを敵と恐れなければなりません。自分たちを守ろうとしてこそ、自分以外の味方を期待する事が出来ます。そして、争う事を止めたとき真に敵を滅する事が出来ます。

 真理に接する態度もこれと同じ事、自分のためにだけ問題に取り組むならば、自分の力だけしか当てにできません。人々の為に取り組むのならば、広く人々の力を当てにする事も出来るでしょう。そして、求めるのを止めて理解する事を心がけてこそ、はじめて完全なる答えにたどり着きます。

 真理が全てを支配するなら、自分があることもまた真理の働き。真理に有らしめられている自分が真理を求める事は、自分に真理が無いという葛藤《パラドックス》を生み出します。葛藤とは思考の袋小路、行き止まりなのです。まず、自分を有らしめている真理を理解する事です。そうしてはじめて人は葛藤することなく真理に至ります。

 人はいずこより来て、いずこに去っていくのか……無より生じて、無に帰ると信じるかぎり、人は葛藤から逃れられません……未熟な考えは、その不完全さによって滅びます。

 生きる事は真理に従う事ですが、真理の為に生きるのは本末転倒となります。善く生き、その体験を理解し、真理を感じ取りながら生きてください。それこそが心霊研究の真の意義です。

 霊の境涯(霊界の風土)を数千に分類し、霊魂の職務を数万に分類したところで、謎が謎を呼ぶだけの事です。しかし、霊魂の目指すものは一つであり、霊魂が進む道は二種類でしかありません。……つまり行き止まりの道と行き止まらぬ道=真の回答につながる道だけです。

 皆様、どうか見極めてください。今を見るなら……この世界はなるほど複雑怪奇であります。しかし、未来を眺めるなら……進むべき道は一つであり、そして今は正否が判らぬからこそ、皆様が選べる道は二つだけなのです。

可能性のある道か、可能性の無い道か。

 未来はたった二つの道に絞る事が出来ます。


2004-06-06

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