霊査事例: 2005年11月6日(静岡2)
以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。
事例1
「気配りが足りぬ」 というのは、他人に対してだけではありません。……自分にも気配りが足りないのです。
事例2
人を喜ばすことや善し、人を幸せにすることやもっと善し。……では人を幸せにするにはどうするか? それを捜しなさい。
従業員にも愛情を注ぎなさい。それに応じない人は「従業員」として(割切って)扱いなさい。愛の通じぬ人は裏切るし、愛をむさぼる人も裏切ります。天地相応……天と地は大きく違うようでいながら、お互いに応え合うのです。愛されたければ愛す。でも、相応《ふさわ》しくない相応に多くを求めるのはナンセンスです。
……ナンセンス=くだらない、と日本語だけで解釈せず、”nonsense”= センスがない という解釈を試みてください。この場合のセンスには直覚や、判断力などが含まれます。心霊を学びながら、センスが曇ったままでは、その修行はナンセンスですよ。
事例3
頭を使う者は往々、身体に気が回らぬ。身体のそれぞれに(マッサージの要領で)気を配るようにしなさい。
身魂の親と争っているから、意地悪が身に付く。……うまくいかないことがあるとすぐに腹を立てる。自分はさして腹を立てているつもりもないようだが、行き詰った時に全く智慧が浮ばないのは、智慧が出ぬほど腹を立てているからです。
他人の為すことに、意地の悪さを感じているのは、あなたも他人へのいたわりが足りないからです。
事例4
『人のいざこざに仏の顔ばかりも出来ぬが、鬼のふりしているつもりが本当に鬼と化し、いざこざを大きくしては元も子もない。 仏だけが鬼のふりをすることができる。人はすぐに鬼に化すぞ。』
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