霊媒能力の使い方
口伝 1
不特定多数に公開して、一体何が口伝なのか、自分でも笑ってしまいかねませんが、少なくともこの意味・価値がわかる人にとっては貴重な言葉となるでしょう。必要以上に詳しく書けないのですが、霊媒能力をお持ちの方にはぜひ、心の隅に止めておいて貰いたい事が、二点あります。
1, 霊媒能力の使い方
人の心は指で、指し示す事が出来ません。となれば、人が物事に対する心構えを学ぶ事はなんと難しい事でしょう。皆それぞれに、これが愛だ、慈悲だ、無私だ、無欲だなどといってみても、それはしょせん、肉体という牢獄に閉じ込められた魂の独白《ひとりごと》にすぎません。
ところでもしも、人の心の動きやその精粗を見抜ける人がいたらどうなるでしょう。このような人は、口先だけの知者と本物の智者をたちどころに見抜いて無駄な勉強をしませんし、教えを会得する事に無駄に悩んだりしないでしょう。
世の中には、こういう形で霊媒能力を用い、学業を大成し、偉業を成した方が大勢いらっしゃいます。私はやむを得ず心霊研究の道を選びましたが、真理の探究の隙間道《すきまみち》をたどっている感を免れる事が出来ません。霊媒という生き方に必然はある、でも王道ではないのです。
私はこの事に気がつくまでに20年近い時間を費やしてしまいました。もしも、もっと早く気がついたら、別な道を……強引に選んだかもしれません。とても難しかったでしょうが。
人は死ねば否応もなく死霊と付き合わなければならないのに、生きている今、死霊と付き合う事はせっかくの生、人生をないがしろにする行為といえます。霊媒能力の持ち主が、往々に病弱であるのは、こういう問題にも関わりがあるのです。
霊媒能力をどう生かすか、というのは、人生をどう生きるのかという問題に付属することなのです。霊媒能力に人生を選ばせてはいけません。人生の中、生きることの中に霊媒能力を役立たせるのです。
2, ビギナーズ・ラック
バクチの初心者は幸運に恵まれ、欲をかいてのめり込み、その挙句、大火傷をする……ビギナーズ・ラックという言葉があります。心霊にも似たところがあります。
最初の頃はささやかな善行で、実に大きな見返りが得られたりします。それはちょうど小さな子供がお使いすると、お駄賃をもらえるようなものです。
ところがある程度霊的修行が進むと、なんの見返りも得られなくなります。あなたはもう大きいのだから親の手伝いをするのはむしろ当たり前だ……という訳です。
さらに段階が進むと、この「当たり前」の部分がどんどん大きく膨らんでいきます。つまり……
『知る事には責任が伴なう』 のです。
摂理を知れば善行は人のためではなく、結局自分のためだとわかるはずです。あるレベル以上に進むためには、自分の内面を磨くだけでなく、人々の内面を磨く手伝いをしなければどうにもならなくなります。そう、一人ができる事業は、しょせん限度があるからです。<
笑顔で迎えられたのは、挨拶だからです。挨拶の笑顔だけで甘えた考えをもつと、悲惨な事になります。どうか覚悟をしっかり持って前にお進みください。あなたの指導霊たちはあなた方を知れば知るほど厳しくなりますが、決して鬼でも悪魔でも有りません。
あなたが努力した分だけ、確実に満足感や達成感が得られるように要所要所で配慮してくれています。ただ、あなたをして指導霊たちを裏切らしめるのが、あなた自身の甘えた考えなのです。
『こんな厳しいのは、(神仏守護霊が)私を憎んでいるからだ』そう思ったが最後、あなたは真実の道から堕落への道と進む事になるのです。
2006-04-12