鐘を撞く


 十数年前の話です。霊媒・永戸先生(故人)の講演会に参加いたしました。正直言って、話を聞いていても永戸先生のどこが大霊媒なのか、私にはまったく理解できません。いえ、 話題を一つずつ追いかけると、私の勤め先に関する興味深い話も聞けたし、私にとっては笑えない霊現象の体験もあったのです。

 でも、大霊能者と呼ばれる、その精神性の深みに触れる事は出来ませんでした。むしろ、その霊現象のことが腹立たしく感じられたぐらいです。

 しかし、その帰り道、私の先生がヒントを下さいました。

「霊媒は鐘とおなじ」

 意味がわからずにいると、

「きれいな音を出すには、上手に撞かないとね……」

 なるほど、質問が悪ければ、良い回答は引き出せません。

 ああ……大霊能者と呼ばれるのは、素人にもわかりやすい霊能者ではなく、霊能者から慕われる霊媒なんだな……確かに素人の評価なんて、身勝手なものです。当時の私の未熟な視点では、永戸先生の講演会は、ただのばあさんの自慢話以上ではなかったのですから。

 霊視を含めた、見た目や語り口だけでは、鐘の撞き方など、思いもしません。不幸にして、永戸先生とお目にかかる機会は二度とありませんでしたが、私の先生から教わった一言は、その後、様々な霊媒との出会いで役に立ちました。



 霊媒の講演会――トランストークであろうと、無かろうと、霊媒が霊界の意をあらわす場に立ち会うと……必ず、虚栄心、自惚れに酔っている質問者が一人や二人いるものです。

 通訳が困っているのに、自信満々に自説を提示し、霊媒に「霊界への意見を求めてくれ」と要求し、その内容に周囲があきれても気がつかずにいます。それを見ていて未熟ではあってもやはり霊媒である私などは、これらの質問や回答などに関心を抱けません。

 人の誠意に対するのに必要なのは、技量や才能ではなく、精一杯の誠意です。お互いの誠意は、魂の共感を引き起こし、強く分かり合えるのですから。しかし、人に認めてもらいたいだけの人には誠意は通じません。そういう人をあしらうには、一種の技能・才能が重要なのです。

 どんな相手であろうと、ぶしつけな態度は相手を傷つけるよりも、自らの品位を傷つけますから、できることには確かに限りがあります。そして質問者は一言つぶやいて退場します。

「どうせ、あんな奴には理解できん」

 ……それが聴こえた私も一言つぶやきます。

「私にも理解できません」

 人とわかりあうために必要な事を理解しない人が、一体どうして理解者を得られると思うのでしょう。結局、不満ばかりを募らせて、最後の神頼みなのでしょう。方法を間違っていると努力しても結果は出ないのです。


 霊界に認めてもらいたがるといえば、たとえばヒーラーをやっている人が、霊能者に自分を鑑定してもらいたがる事も見かけますね。そういう方々とお話する機会は、幸い(?)にもありませんでしたが、私などは、先生に叱られてばかりで、誉められたのは一度きりです。

 一度しか誉められていない事は、誇りに思っています。なぜなら、欠点を直されるたびに私は向上していくのですから。私はおだてられなければ生きられない人間ではないし、誉められたって欠点は直らないのです。

 霊媒から「あなたには、もう指導する事はない」といわれたら、最後です。地上にありながら、霊界の誰よりも秀でる事などあるはずが無いのですから。叱られるということは、私の指導を行える器量を持った霊たちが、見捨てずに私に付き合っているということなのです。

 そして、誉められた理由というのは、「あなたはいい物を持っているし、心霊をお金に換えていませんね」というものでした。それ以前から、私の先生は持論として、「男の子は定年で退職するまでは心霊に関わるな、関われば心霊をお金に換えるだろう」と言っていたのです。

 先生の持論は、結果として偏見だったわけですが、そもそも障害や困難を乗り越えずして、いかなる修行があるというのでしょう。先生の偏見は、私の乳離れを促しただけの事です。

 一生修行です。もしも、霊性の意味を知っていたら、そして、心の内面を磨くという事の意味を深く考えていたら、かのヒーラーも霊能者へ鑑定を求めはしなかったでしょうね。なぜなら、人々には心の内面なんて、見えるはずも無いのです。ただ、心がきれいな人なら、迷いや抵抗を感じることなく、人々に奉仕できるというだけの事です。


 思うのです。

自分の行いの結果以上に、厳正な評価があろうかと。

そして、真の助言とは、より良い結果を導くものだと。

 人に認められたところで、それは真の評価を意味しません。なんとなれば、人とは身勝手なものですし、移り気なものなのですから。

 霊媒は鐘とおなじ、どんなすばらしい鐘だろうと、上手に撞かなければきれいな音が出ないのです。もしもあの質問者の方々が、自分の行いへの評価ではなく、自分がより高められる行いへの意見を、霊媒に尋ねたら、いえ、尋ねる事が出来たなら、きっとすばらしい霊訓が飛び出したかもしれません。

 虚栄心や自惚れを暴かれて、霊媒を逆恨みしている人は多いですよ。守護霊信仰というか、「霊媒ばかりが霊界の助けを受けて幸せになりやがって…… 」と恨み言をいわれたことも何度もあります。

 努力の伴なわない才能に、どれだけの力があるというのでしょう。摂理や真理の霊的側面に関する無知が僻《ひがみ》みを生むのです。


2006-04-12

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