霊査事例: 2004年11月6日 (静岡オフ会)
以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。
総論
両日とも天気に恵まれ、無事に静岡オフ会を終えた。参加人数は少なかったがある意味目論見通りでもある。あまり参加者が増えすぎると身動きが取りにくいからだ。また、滝行もあまり人数が多いと、待ち時間が長くて、寒さに耐えがたいものとなる。今後も試行錯誤を重ねて、ベストな道を探していくつもりだが、滝行を含む静岡オフ会はやはり本流にはなり得ないと思う。
私、個人は滝行に意義を感じているし、参加者も皆、滝行に意義を見いだしてくれている。なによりも経験者ならでは解ることとして、滝行後のポワポワとした幸福感が溜まらなく良い。あくせくとした日常を送ることの愚かさが身にしみて感じられるのである。これだけでも得難い体験だ。ところが心霊主義的な修行という観点に置いて、滝行は本流たり得ない。心霊主義的な修行とはあくまでも精神統一なのである。
むろん、滝行の最中に精神統一するのも興味深いことではある。しかし、それでは霊媒があまりに忙しい。滝行を無事に終わらせるための監視と同時に、霊査を取るのも難しいし、水を浴びながら霊査を記録するのも難しい。そして霊査が伴わない精神統一は……片側通行では心霊主義の意味が減じてしまう。
つまり、静岡オフ会は、授業ではなく、遠足なのである。いや、野外学習という名目の遠遊というべきか。むしろ大切なのは滝行の成功よりも道中で交わす会話こそに価値があるのかも知れない。
事例1
『花ひらく時はいずれや春の内』
時機(チャンス)は、あなたの都合の中にあるのではありません。あなたが時機に合わせなければいけないのです。――決して焦らぬ事。
事例2
『滞どめらば濁り、流せば濁る』……動こうとしてうまく行かず、待っていてうまく行かないのは、動きに問題があるのではなく、水そのものが濁っているからです。
事例3
『統一を学んで落ち着きを得よ』
事例4
『統一を学んで行動力を得よ』
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