僻《ひが》む


 見限ること――僻むとは、見限る心である。自分の運命、自分の祖霊、自らを守護する総てのものを見限って、自分は一人なのだと思いこむ。それが僻みである。

 見限ることの大きな問題は、自らそれを失わせしめることにある。与えないのではなく、受取らぬ所にこそ僻む心の本質があるのだ。

 この心を分析するのは不快でもある、だがいくつか実例を挙げてみよう。

 自分には才能が無いと思う……それが僻みである。

 持たざるから、持つ者を不公平だと思う……僻みが肥大する。

 公平となるように持つ者を縛ろうとする……僻みが露呈している。

 根源にあるのは、自分自身を見限る心――努力もせずに自分の可能性を見限る心がある。

 なるほど確かに、人は総てには達し得ない。まずは得手不得手があり、境遇があり、器量があってそれらを越えるのは難儀でもある。…… しかし、一つがダメだからといってそれがなんだというのだろう? 

 既に自分を見限り、総てを抛り出す口実を捜して、あれこれと欠点を探しまわる。僻む前には見限る心が働いているのだ。

 価値を知らぬ――僻む者を見て、心の幼さを感じるのは適切な観点である。僻みの根源には見限る心が働いているが、それはつまり、価値や意義をしらぬからこそ見限り、棄てようとするのだから。

 物事の価値を知り、物事の活かし方を学び、一見無価値に見える物にいかなる価値可能性が潜んでいるかを考察することに歓びを見いだせれば、自ずと僻み心が消えていく。

 僻み癖を直すのは難しいが、それは過ちから生じる悪癖ではなく、心の未熟さから生じる悪癖だからだ。


2006-04-12

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