自分を信じる
Q 「自分を信じるということは私は難しいことのようです。何をしても人からののしられることが脳裏をかすめて思うように行動できません。」
Q 「その気がないのに私が罪を重ねているような気がしてくるんです。」
あなたは理想が高く、完璧を追求しようとするけれど、でも、理想に実力が追いついていないからそのギャップに悩むのです。
廬氏より
他人を信じ、自分を信じる過ち――そは、自分を信じぬのにあらず。あなたは、他人が自分を責めると信じ、他人に責められる自分を信じながら、良き行いに励む自分を信じぬというのか? 恐怖は誰にもつきまとうが、恐れていようが、恐れまいが、いずれにせよ、あなたは努力し、そして責められるのであろう。むやみに恐れて自分の苦しみを増やすのは止めるべきである。苦しむのは罵られるのを待ってば良い。
イヤミな存在――人が悔やしむのは責められることにあらずして、己が弱点を見せつけられることなり。すなわち、あなたは、相手が出来ぬ事を努力して克服する。それでは誰もがあなたに虐められいるかのように錯覚する。
人の敵は、他にあらず、己こそが最大の敵――罵られるよりも惨めさに人は耐えかねるのだ。自らが抱く惨めさに耐えかねて、人々はあなたを責めるのである。それは哀れではあるが自業自得だ。罵られるあなたにとって不幸ではあるが、相手はそれ以上に辛いのである。相手を許せとは言わない。だが、苦しむものを責めても、憎しみが増すだけである。理に適う行いを心掛けよ。
大事に集中せよ――すべての事に万全を期すなかれ、程々でよいことは程々にすることだ。本当に丹誠を込めるべき事に人生を費やすべきである。
Q 「災難はいつも11月なんです。何故なんでしょ?」
逆縁を縁に変えよ――災難が11月と思えばこそ、逆縁が集まりあなたを苦しめる。それを逆手にとって、転機・新規巻き返しの機会が訪れるのが11月だと思うべし。すると苦しめようとするものが集まらなくなるだろう。
別な人からです。
Q 「最近思うのですが、やりっぱなしが多々あります。」
あなたは会社で正当な評価を受けていない。……あなたは内心強くそう感じているし、実際、それを否定する理由もない。だが、くだらぬ仕事に時を過ごすのは、自分をくだらぬ人にするだけのこと。評価されなくとも良い仕事を重ねれば、いずれあなたを惜しんで好機がやってくる。
まずは自分を腐らせぬ事である。なかなか買い手がいないとしても、自らを腐らせてはさらに買い手がつかなくなるのだから。
もう一方からです。
Q 「自分はなんてダメな人間なんだろう、と思いながら、なかなかマシな人間になれなくて沈んでしまいます。」
因を取り除かなければ解決なし――原因を正しく認識しないから、努力しても直らない。仕事に懸命に打ち込み、家族のために懸命に働き、あげく、霊査でも叱られてばかりでは、汝の生き方はあまりに儚い。すなわち汝は、懸命であることが幸せなのである。忙しく働くことに霊的な喜びを見いだしている。だがそれは、大酒飲みの幸せと似ていなくもない。とても危険な幸福感の追求である。
だが忘れるなかれ、自分の過ちに気がつける人は駄目な人とはいわぬ。駄目な人とは自分の過ちに気がつかぬ者である。そして、駄目な人間を何とかしようとする人もまた駄目な人である。
自覚無くして人は変れぬ――人の欠点を指さす者が、一番の欠点を指しているとは限らぬ。遠慮がちに無難なところを指しているかもしれぬのだ。忙しさに幸せを感じながら、人前では覚えず、辛い、苦しいと嘆いてみせるのはなにより汝を不幸にしている欠点かも知れぬ。
災難は悪意よりも未熟さが招くものだが、未熟者には難を避ける手だてがない。ところが思い違いが災難の元であるなら、思いを変えるだけで難を逃れることが出来るだろう。汝は幸せになれるし、汝の幸せを多くが望んでいる。ただ、それを汝、自身が自ら見ようとしていないだけである。
もっと己を信じ、己を愛する者を信じよ。そして、己の間違いを利用している者がいることを信じよ。他が利用している限り、汝の過ちは正すのに苦労する。ならば、苦を楽と言い換える事が大切である。
「自分はこれでもやっていける。なんて幸せな境遇だろう。」――そう信じられれば、汝に災難をもたらす者が、諦めて去っていく。
2006-04-12
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