謎の仏像お片付け事件 (2)

仏像の処分(初日)。

市内の地下鉄某駅で、すでに頭痛の癒えた相談者と待ち合わせ、青空の下、徒歩で、義母様の家に向かいます。

家について、電気の契約が泊めてあることを今更ながら思いだし、天袋、さらには天井をのぞき込むかも知れないのに、懐中電灯が無いことに気付き、相談者に買ってきてもらうことにしたのです。

光源なら、スマホだって、出張には持ち歩くスマホの外付けバッテリーだって懐中電灯代わりに使えるのですが・・・正直、1人になりたいという気持ちがしたので、そこは黙って懐中電灯を買いに行ってもらいました。

1人になり、簡易祭壇・・・二つ折りにした白紙を敷いて、小さなカップにそれぞれ、白米、塩、水を入れて並べただけ、邪魔を減らす為に祝詞をあげたのち、精神統一に入ると・・・何も邪悪な物は感じません。ただ、『縁起物を先に片付けよ』と聞こえてきただけです。

元々、お年寄り世帯の家のせいか、縁起物やら、お札やらが家のあちこちにあります。

相談者が帰ってきたので、片付け前の無事を祈って改めて祝詞をあげ、私は踏み台を置いて天袋の片付けを始めました。よく見ると、天袋の左の引き戸を開けると、そこは簡易仏壇になっており、右側の引き戸を開けると、神棚が姿を現すという、なんともグッドアイデア(?)な祭壇となっていたのです。

天袋の中には、箱入りの仏像が大小二セット、その他三体、神棚と祭具、多数の教本、多数の祝詞、多数のお守り袋・・・一つずつ取り出し、また、お札などの紙類も一枚一枚確認しつつ、仏像は仏像は別に、神棚や、お札など、お焚き上げが必要なものは黄色い紙袋にいれ、花器などは燃えないゴミ、包装紙などは燃えるゴミにと、分別を進めていきます。

分別を進めながらも、気配に関して気を配っていたのですが、全く何も感じません。仏像も制作者らしき銘が入っているようで安物ではなさそうですが、といって、信仰の対象にするような、「魂」の入った品物ではありません。ただし、小石の入った袋が三つあったのは、不快な念がこもっているのを感じて、取り分けておきました。確認すると、願が叶った暁には新しい小石を添えて神社にお返ししなければならない、という物でこれに関しては、結局、私が携えて代わりに神社にお返しに行くことにしました。ただし、悪い念を感じるといっても、頭痛や、足のケガなどの原因になりそうなほど強い物ではありません。

整理の途中、小さくたたまれた黄ばんだ紙を開いてみると、「誓詞」と書かれていたので、相談者に渡したところ・・・ちらっと中を見てすぐにたたんでお札などの紙の山に戻してしまいました。

また、二本見つけた破魔矢のうち一本が私の手からこぼれて落ちたので、私は「あ!、逃げた!」といったところ、相談者に笑われましたが、後に落ちた先の周辺を探してみたところ捨ててはならない物を見つけたのは、まあ、お駄賃のような物です。その近くには、更に文箱があり、もしやそこにもお札が入っているのでは、と疑った私が文箱の確認をしていたら、その文箱は、相談者の結婚時に贈った物だとか、折角ですが、包み紙が詰め込まれており・・・物を大事にする方だと思わず笑みがこぼれたものです。

天袋が空っぽにしても、病気が起こりそうな原因物も無く、そのまま片付けを進めます。そして、お焚き上げに出すお札類を確認したところ、再度、あの「誓詞」に目が止まりました。改めて内容を確認すると・・・相談者の義父母が神前結婚をするに当たって作成した「誓詞」だったのです。これは、捨ててはいけない物として別におくことにしました。

 

問題の整理

敬意を払うべき物ではあっても、仏像もお札も、人が作ったものなのです。捨てるにしても過度に心配するのはナンセンスではあります。ですが、この家の場合、空き家になったのは十数年前、血が繋がっている肉親であれば、情があって捨てられない物ばかりになるかも知れませんが、理性的に捨てる捨て内を決められる、お嫁さんが整理しようというのに、十数年間、遅々として片付けられなかったのです。第三者から見れば、怠けていたのでは? と疑うのが自然かも知れませんが、当事者にしてみると、「何でこんなに障害が出るのだろう?」と悩んで当然です。仏像やお札が、原因と疑い、恐れる気持ちもよく分かります。それを察した上で私は、魂も入っていなさそうな仏像を、わざわざ私の知り合いの寺に運び込む覚悟をしていたのです。

ですが、原因に気付いた今となっては、仏像を恐れる理由もありません。

そして、改めて対策に付き、相談者と話すことにしました。

  • お札、お守りの類いは、近所の神社でお焚き上げしてもらえば良い。
  • 神棚についてもお焚き上げで大丈夫である。
  • 仏像は障るほどの事は無いし、例えば古物商に譲れば、誰かの役に立つのでは無いか?

問題は、仏像です。お寺で魂を抜いてもらえるとしても、抜いた後の仏像は自分で処分しなければなりません。まあ、私の聞くところでは、『燃えるゴミに出しても良い』 というので悩むほどではありませんが、ともかく、処分には手間が掛かりますし、それならいっそ、売れるなら売った方が良いはずです。

相談者にしてみると、縁が切れればそれで良いということと、知り合いに古物商がいるということで、電話で確認してみたところ、翌日には見に来ることが出来る、とのこと、ならば、私が滞在中に、引き取ってくれるか、そうでないか(その場合は私が引き取らなければならない)、が判明することとなりました。なので、(内心、片付けの後は遊びに行く気満々だったのに断念して)・・・朝、もう一度この家を訪れることとし、改めて家の中を一回りして縁起物を片付け、私の簡易祭壇を片付け、お焚き上げの物と、燃えないゴミとをそれぞれ袋に詰め、近くにある相談者の家に行って手を洗うことと致しました。

 

次の相談

さてその次に、私がすっかりの忘れていた、もう一つの相談の話題が出ました。

過去、義父母の家から引き上げ、自宅で使っている仏壇へ、男の人が入っていくのを、相談者とその夫が見ているという話です。

確認の為、仏像の前に座ろうとすると、和室の光景が見え・・・そこも和室でしたが・・・敷かれた布団の中に寝ている老婦人の姿が見えます。・・・そして、自分の足が攣りそうになっているのを感じて、思わず、座るのをやめてしまったのですが、そのまま声を聞いていると・・・

 

『(故人である相談者の義母は)病み疲れで未だ寝ている、起きると夫を恋しがるだろうが、夫は早々に目覚めてただいま修行中である。会わせると障りがあるので、そのまま寝かせている。』と聞こえました。どうも、夫に先立たれた後、寂しさと、自身の病への恐れとで心に不安を育てていたようで、それ故に、宗教に頼ってみたりはしたけれど、困ったときの神頼みで突然、自信や、生きる力が湧くわけも無く、結局は救われない思いを抱いて帰幽(肉体を捨てる=死)をした、ということで、霊/幽界(物質と隔絶した世界が霊界、物質と霊とがうすく干渉し合う世界が幽界)で目覚めると、夫に会いたがり、お互いに心を乱す恐れがある、ということで、『どうしようか?』というのです。

 

私が、「せめて、夫を感じられるようなものをあてがうのが良いのでは?」と、ピント外れな祈念すると、『なので、「結婚の誓詞」が大事になる。仏像やお札などは、一時の頼り(個人一代)で、死後に持って行く必要のないものである。だが、(神前での)結婚の誓いは、死後にも続く、有効な物である。とはいえ、目が覚めたときに夫の修行が終わっていて、会いに行けるのであれば良いが、修行が終わっていなければ寂しく、また、不安な思いをするだろう。そんな時に、せめて心のよすがとして、子孫に結婚の「誓詞」を保管していて欲しいのだ。』という。

 

付け加えると、子孫が「誓詞」を保管するとは、保管者が結婚を承認している・・・子孫が結婚の保証人である、ということです。反対に、結婚が続く限り保証人=子孫との縁が続く、という意味でもあります。

 

・・・では、「仏壇に入っていく男」の正体はなにか?

 

それはともかく、(?)・・・私たちは昼食に向かい、私はそのあと、「お札」を社寺に返しに行き、さらにそのあと、臨時勉強会・・・終わって、皆と飲みに出かけました。

 

高級祖霊

私がすっかり、常連ぶって、出かけた先の店は、過去に勉強会に参加したことのある人がやっています。この人との話もいろいろエピソードがあるのですが、それはいずれ紹介するとして、今回は、「謎の仏像お片付け事件」のほぼ、打ち上げです。最終的な解決には、古物商との打ち合わせ次第ですが、どちらに転んでも何とかなりそうなところまで来ています。

件の相談者と、その息子さんも交えて、改めて今回の事件を総括してみますと、まず、不可思議なのが解決までにかかった時間です。

  • 義母様が亡くなってからおよそ十数年年。
  • 相談者が勉強会に参加したのは3年ほど前。
  • 振り返ってみれば、「謎の仏像」事件は、真の問題とは違うだけでなく、真の問題を覆い隠すところがありました。
  • なぜ今、この問題が片づいたのか・・・

一つには、私が相談者から信頼されるまでに必要な時間だったのかもしれません。もちろん、すべての問題が霊達の働きというのではなく、多くは行き違い、ボタンの掛け違いを糺す行為だったと思いますが。

もう一つには、相談者には健康上の不安があって、先にそちらの克服が必要だったということもあります。その健康上の問題は、これらの仏像を見つけたとき、相談者を過度に不安にしたのはやむをえなかったことです。

もう一つ、考えたいのは、今回の事件が、地味に難しかったことがあります。例えば、仏像をとっておけ、というのであれば、仏像には存在感がありますから、指示はしやすかったはずです。ところが、とっておくべきが、仏像の陰にあり、経本やお札にまみれた中に挟まった、一枚の紙です。「木を隠すには森の中」といいますが、森の中から木を探すことを強いる話なのです。

『一つのことを伝えるのに時間が掛かった』・・・霊界通信て、案外コストが掛かるのです。コストというより、リソースの方が適切なのですが、現金はさほど必要としなくても、多くの人の手を煩わせることを意味します。すると、どうしても最小の通信に最大の内容を盛り込もうとします。

必然的に、受け取る方、にも多くの理解を要求してきます。

一方では、最大の効果を求めるために、多少の乱費・・・主に霊界側のコストに関してはおおらかな事があります。・・・つまり、霊界側では十分なリソースがある・・・場合ですが。

ところで、私たちは、たとえ短期間であれ、両親がそろっていて、初めてこの世に生を受けることが出来ます。知る、知らないは別として、少なくとも現代の生命科学の元においては、人は必ず両親を持ち、両親もそれぞれ両親を持ちます。

私たちには必ず、両親、祖父母、曾祖父母・・・という具合に尊属を遡ることが出来ます。この事は、心霊を学ぶ上において、「人には、祖霊がある」と考えます。

ここでいう祖霊ですが、近親者、特に祖父母の霊たちは、自分の子孫を往々、「猫かわいがり」をしがちです。私などが霊感でいろいろ伝えられるときには、もう、可愛くてかわいくて仕方がない・・・という感じで受け取ることが多いものです。ただし、修行中ゆえにあまり力は強くなく、利用できるリソースも多くありません。

ところが、祖霊たちも、霊界生活を重ね、修行を積んでいくに連れて、「長い目で見た優しさ」を備えていきます。それは往々、「短期的には厳しい優しさ」も意味していて、同じ「祖霊」でも、性質の異なる優しさを持つことになります。ただし、力も強ければ、それなりにリソースも多く使える様になります。

(近親の)祖霊: 子孫を甘やかせがち、力は強くない。

(遠い)祖霊(または遠祖・神祖・高級祖霊などと呼ぶ): 子孫にいささか厳しい、力は強い。

という、区分けが出来るのですが、今回の事件は、子孫である相談者にとって長期間の作用と、負担の大きい解決法を取っている点から見ても、近親の祖霊ではなく、高級祖霊が働いていることは明らかなのです。

そして高級祖霊には、リソース・・・例えば、誰かに貸しがあったり、配下が多かったり、または単に、顔が広かったりと、使える手段が多くなります。

前述の、「仏壇に入る男」は、今回の件を仕切っている高級祖霊が、「通信霊」(つまり、人に通信を送るのが上手な霊、霊を感じる力を持った霊媒の霊界版)を使って、『おまえ達(相談者家族)だけでは解決困難な問題がある』と、知らせた、というのが私の理解なのです。

もちろん、高級祖霊なり、雇った通信霊が、直接、十分な通信を送れるならばいうことはないし、問題によってはそうすることも出来たはずですが、いかんせん、この問題は伝えるには地味すぎました。・・・いや、私の霊媒能力が、おおざっぱなだけか。

 

多くの意味が・・・

ところで、高級祖霊・・・まあ、単に祖霊でも当てはまることですが、今回の事件で何を伝えたかったのでしょうか?

死後も続く結婚の誓い・・・神前結婚の素晴らしさか? まあ、少なくとも「結婚の大切さ」は、未婚の孫達にも、おそらくは、無事な結婚生活を送っている子供達らにも、大きな刺激を与えたことでしょう。

「一代限りの願い」と、「永遠の誓い」の差を伝えたかったのかもしれません。

あまり積極ではなかったようですが、他者が敬うもの(例として仏像)には敬意を払うべき、ということも、この世の孫達に伝わったかもしれません。つまり、好き嫌いが働いたり、理解が及ばなくて、尊敬が出来ない相手であっても、立場が立場であれば、敬意を払うことは大切です。

これは例えば・・・大災害に遭ったときは、防災リーダーには従うべきです。または、学生・生徒であれば、教師・先生の指導に従うべきです。こういうことをおろそかにする人は自力の小ささ、自分の器の小ささに直面することになります。

そういった、あれこれを指して、日本では古来から、正道とか人の道といった言葉で表すのかもしれませんが・・・お酒を飲む合間に、そんな話をしつつ、夜は更けて、そう遅くならないうちに店を後にしたのでした。

帰り道の途中で相談者親子と別れた後、私と友人は日本酒を買い込み、友人宅で、酒臭くも熱く人生を語り合ったのは、本事件とは別な問題の解決のためでしたが、それはいずれまた紹介します。

 

・・・続く。

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