イジメッ子を虐めるのか?

2007年04月07日


散歩の最中、女性の声が聞こえる。

『社会問題となっている虐めの原因は何だと思いますか?』

世の中には、いろいろ言われていることもあるだろうが、それはそれ、面白い意見があるなら是非聞きたいと耳を貸す。

『虐めの原因は、自己表現力の不足です。相手とちゃんと分かり合えるなら、虐める必要がありません。むしろ、気持ちを理解できる相手なら、誰に虐められても痛みを共感してしまいます。他者が虐めていても辛いのに、自分が虐めて苦しくならないはずがありません。』

……しかし、いくら自己表現が上手でも、相手の理解力が悪ければ、やはり腹が立つのでは?

『なぜ、自分よりも理解力の劣る相手に、腹を立てる必要がありましょう? 劣っている相手なら、腹を立てるよりも情けを掛けるなり、優越感に浸れば良いではありませんか。』

それはまあ、確かに……

『いえ、確かに、子供により小さな子供の世話をさせるのは難しいものです。何しろ忍耐が出来ませんから。

『多くは、相手が愚かに見えるから腹を立てるのではなく、相手が自分の意を汲んでくれぬから腹が立つのです。つまり、赤子がつれない母親相手に泣き喚くのと同じです。これがもし、更に幼い弟・妹に手こずっている子供であれば、一緒に泣き出すことでしょう。』

なるほどそうだ。

『そもそも、「相手の気持ちを察して!」ということに無理があります。自分の気持ちさえ、充分に表現できない人が、どうして相手の気持ちを察することが出来ましょう? 自分の気持ちすら理解できないのですから、他者の気持ちを理解するなんて、それこそ冗談の対象です。まして、大人ですら難しいのが自己表現なのに、子供達に何を期待するのですか? ダメ、ダメ、ダメ、もっと相手の気持ちになって考えなさい!! と、叱るばかりで、ちっとも子供の理解力を理解しようとしない大人達が、結局、自己表現できない子供達に、高圧的に愛する者と接するやり方を教えているのです。

『彼らの心に憎悪があるとしても、憎悪で虐めているのではありません。愛から虐めているのです。もしも本当に愛がなければ、虐めようとすらしないでしょう。関わりを持たずに抛っておかれるでしょう。……皆で無視することも虐めの一つだと思うかも知れません。でも、いじめの対象にならない人であれば、誰かしらと友好を結べるものです』

でも、対人関係の下手な人は大勢いるけれど。

『つまり、自己表現が下手な人です』

確かにそれは当て嵌まる。

『自己表現が上手であれば、いつまでもイジメの対象にはなりません』

でも結局それは弱い者イジメでしょう?

『虐められる者が悪いというのではありません。また、虐めることが良いというのでもありません。ただ、虐める者が強い者であるという偏見を正していただきたいのです。

『心が弱いから、腕力の弱い者・意志の弱い者・自己表現の下手な者を餌食にするのです。そうしなければ、自分が餌食になると知っているから。人々には、または社会的には、強者が弱者を虐めているように見えるかも知れません。でも実際には、弱者が弱者を責めているのです。やらなければ自分が虐められるという恐怖から。彼らもまた、イジメを止めたいという気持ちを持っています。ただ、それを自己表現する力に不足しているのです。

『止めたいけれど、止められない。……それを周囲が・大人達が「止めろ!」というのは、結局、虐める側の弱者を虐めているのに過ぎません。虐めてはいけません。どうすればイジメを止められるか、どうかその相談役に大人達が成ってください』

言わんとする趣旨は判るけれど、社会的認知を得られるかどうか?

『確かにそうですが、更に話を進めます。――子供達が心の危険に直面して、悲鳴をあげ、訴えても聞いて貰えず、非常な手段に訴えてまで自己表現しているのに、気がつくどころか、悲鳴を圧殺しようとさえしています。

『自分と意見の違う者は、圧殺して良いものでしょうか? それは、子供達が意見の違いを理由に他者を虐めるのとどう違うのですか?』

確かに同じに見えるけれど、何もしないのは更に悪ではないか?

『そこなのです。……イジメは、原因不明なのではありません。人が他を虐めるのはむしろ自然なのです。それではいけないからこそ、愛することが大切なのに、虐められている人間ばかりを助けようとして、虐めている人を助けようとしません。なぜ、人が人を愛することが本質であることを信じようとしないのでしょう? 虐めることが異常だと、異常であるが故に救いが必要であるとなぜ思わないのでしょう?

『大人が薄情で、悪しき者を攻撃することだけをするのです。子供達が、子供達なりのルールで、ある子供を攻撃することがどうして不思議なのでしょう? 誰もが当たり前のことをして、事態がどんどん悪化しているのです。

『いえ、押さえ込みには成功し、このままでは、いずれイジメは無くなります。しかし、そんな強権的な社会に属して、あなたは幸せでいられますか?』

私は絶句した。

『自己表現が下手だからこそ、意が伝わらぬことがもどかしくて、暴力や嫌がらせに走ります。伝える努力を放棄しながら、相手の理解には執着して、広がる溝と、嫌悪には気がつかずに、ただ得られぬ理解にもどかしさを感じています。人は一体、好かれたいのか、嫌われたいのか? ――目的と手段とが食い違って見えることでしょう。それは、間違っているからではなく、幼いからなのです。

『地上の法律でも、大人よりも子供への暴行の方がより罪が重いもの。そして大人の罪よりも子供の罪の法が寛大に扱われるもの……でも、地上では、幼い魂ほど、より重い罪に服させようといたします。

『子供の行いは、大人達の鏡。――精神的に幼い者を叱るよりも、成長を促すために努力なさってください。それこそが、社会の成熟に大切なことです。幼い者達と本気で争わぬように、それでは幼稚なままで社会が推移いたします。

『我慢できない子供達より、我慢するだけで本質的な解決をしない大人達が善良であるというのですか? 子供がイジメに走るのは、大人達が子供を虐めるからです』

判るけれど、子供をのびのびとさせていたら社会が破綻するのではないか?……そう、判るけれど、出来ぬ話だ。

『いえ、あなたは知っているはず。親たちは、子供を放置するか、叱りとばすかだけ。口にエサを運んで体は大きくするけれど、その心をなんら豊かにいたしません。……ここでイジメを根絶しても、それは人を救いません。』

反論するのも切ないが……しないよりマシではないか?

『いずれは破綻する――いずれは行き詰まる選択肢なのです。行き詰まるまで前に進むというのは決して利口な解決策ではありません。いえ、子供達は行き詰まって苦しんでいるのに、大人まで行き詰まるまで突き進むというのですか?』

……ぽんと手を打ち、私は言う。 「いや。私ならばそうしないが。」

『そう。事態は、あなた一人の同意を得てもどうにもなりません。でもあなたはイジメに荷担しませんように。それを願って私は退きます』

そして声が止る。

……進んで虐めることはしない。だが、無意識に誰かを虐めていないか? それは私には知りようもない。


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