ガセ霊感をいかに避けるか?
2007年03月13日
出勤途中、信号待ちの車中(すでに一ヶ月以前の話)で、フッとインスピレーションが飛び込んできた。もうすぐ結婚する某友人が、交通事故を起すというのである。
まずい!……と思う。
事故が……ではない。ガセネタを送り込む霊の存在、というより、そういう霊の通信を受信してしまった自分の精神状態に危惧を感じた。
こういう重要な問題が車の運転中に聞こえるということは、相手が真剣でないか、少なくとも、私が真剣に聞く必要のない話であることだ。本当に大切なことなら、守護霊が然るべき時を選んで、お膳立てをする。いや、私は心霊を扱うべきオフ会(精神統一会)中か、守護霊からの通信以外は信じない。
そもそも、無いものを探すから、ガセを掴まされる。正しいものがあれば、偽物などが入り込む余地はないのだ。……本物ではないから、ながらに受信する。比べるもののない空虚な時間の中だから、インチキにも本物らしさを感じ取る。何がどうなっているのか判らないから、霊のせいにもする。
ようするには、油断があった、というわけだが、もしも私の心に更に隙があったなら……たとえば、何か予言でもして、誰かの歓心を得ようなどという邪な心があったら、わざわざえらそうに友人に連絡し、幸せな気分に水を差したことだろう。
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過去の相談事例に、「二人の霊感所持者から違う意見をいわれたが、どちらを信じるべきか?」という、質問を受けたことがある。私は第三の解答を提示した。つまり、二者が同じことをいうのであれば……少なくとも、それぞれが相互補完的な霊査であれば、信じるべきであろうと思う。だが、二人が相反する霊査を出したなら、問題の答はまったく別なところにあると考えるのが普通であろう。(いや、一方、または、双方があまりに未熟な場合にも起こり得るが)
こういう事は、霊障ではないのに霊障を恐れている人が陥る事態だ。――無いものを探すからガセを掴まされるのだ。
「強いて霊的な理由を求めるなら、他の誰でもない、あなたに問題がある」……相手を選び、時期を選ばなければ、かえって拗れる解答である。
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こういう事件を耳にすれば、やはり霊媒は信用できない、という意見にも傾くかも知れない。
だが念のために指摘する。嘘つきの霊媒と、嘘つきな霊媒以外の人と、一体どちらが多いか? または、人々の関心を惹きたい霊媒と、人々の関心を惹きたい霊媒以外の人とどちらが多いのか?
そう、本来であれば、問題にすべきは人柄であって、霊媒の素養・素質ではない。
そもそも、人々から見れば、真偽はただ霊媒にのみあるように感じられるだろう。当るのは正しい霊媒、外れるのは偽霊媒……というわけだ。
だが、霊媒は、相談者の問いを、霊達に伝えて、答を受けて、それを相談者に返すということをしているのである。質問の善し悪し、回答する霊の善し悪し、返答内容の善し悪し、返答時期、返答方法の善し悪し、といった、相談者が思うよりも遙かに複雑な手順を扱っているのである。
だから……というわけではないが、ワガママに暮らしている人が、当たり前に答を求めて、霊達が、当たり前に拒絶する、その間に入った霊媒がどれほど孤立するかを私は身をもって体験している。
楽に回答できる相談者もあれば、回答の難しい相談者もある。
つまり、真の回答が背後に漂うものならば、騙されることもないが、回答が皆無の相談者であれば、ガセ回答を拾いやすいのである。