逃げてはいけないのか?

2007年01月09日


「神は、乗り越えられない試練を人には与えない」……という言葉を前提にして。

Q「困難に遭遇した場合、自殺以外の道を選ぶなら、たとえば逃げ出すことでも、困難を乗り越えたとはいえませんか? たとえば虐めから逃げ出すというのも困難を乗り越えたとはいえないでしょうか? 乗り越える=逃げないで解決する、という意味なのだろうとは思いますが、逃げるという対処もよいのでは?」

問わんとすることの概要は間違ってはいないと思います。ただ、問題の組立て方が非常に乱暴です。

人生には、避ける、迂回する、という選択肢もあるのです。――たとえば歩行者用信号が青であろうと、車が飛び込んできたら、誰もが立ち止まります。進んで車にぶつかっていく者は普通では考えられませんよね? これをして逃げると非難する者がいるでしょうか? 逃げるのではなく、避けるのだ、この二つは違います。

もしもあなたが、それを「逃げるのだ」と感じているなら、あなたの人生には後悔が残るでしょう。反対に、進んで交通事故に遭っても、きっと後悔するでしょう。そう。人は後悔するのです。その時点では判らなくても後になれば、行いの善し悪しが見えてきます。逃げるのか、避けるのか、それが良いのか、悪いのかは後にならなければ判りません。

その意味で、「ケースバイケースで判断すべきだ」、というのも答でしょうし、すでにあなたが「逃げる」と表現した時点で、もう内心では後悔することを受け入れていると見なすことも出来ます。慰めに、「逃げるのも一つの手です」と表現してみても、真実は、「すでにあなたは精神的に負けていて、逃げるしかないのだから、後は敗北者として生き続けなさい」という答えになるでしょう。

いじめ問題

これがたとえば「いじめ」に限定するなら、答は大きく転じます。

説明の都合上、まず、虐められる側にも問題有り、という前提で話を進めます。仕事の足手まといになっているとか、良識が欠如していて周囲の神経を逆撫でしている、等という場合もあるでしょう。……虐められている者にとって見れば、身に覚えが無くても、無思慮な行動が周囲を苦しめているなら、その反動で虐められることもあるわけです。

うそつき

具体的な事例をあげると、私の知人に、考える前に返事をする落着きのない男がいます。ところがどんな平役でも会社組織の中で発言すればそれなりに時間と経費が費やされるわけで、いい加減なことをいえばそれが無駄になります。無駄が生じれば責任者が責められるわけで……理由を問いただされると、彼は焦ってまた考えもなく口を開く。これを繰り返した結果、もうすっかりと「嘘つき」と見なされてしまったのです。

私は、彼が悪意のある者ではない……というより、悪巧みが出来るほど利口ではないと気がついていますから、それとなく助言をしたのですが、私の言葉を聞く態度にまるで真剣味がありません。『理解できなかったのかな? でも自分の問題なのだから、真剣なら質問に来るだろう』と思っていたのですが、後に気がつきました。そして案の定……

縁故を頼って自分の上司に意見をいって貰おうとして、さらに卑怯者のレッテルを貼られてしまったのです。

まあ、どのような人であれ、虐めて良いという理由にはなりません。が、当事者の無思慮な言動が、結果として四六時中上司から叱られることになり、しかもその理由を当人が理解していないという、傍目には滑稽な出来事が生じるわけです。さらにこの場合、解決の方法が事実上ないわけです。何しろ彼には悪意はなく、ただ、思慮が足りないだけなのですから。嘘をつくといわれても、それは意図してのことではなく、むしろ癖、習慣ですから意識しても簡単には変わりません。

ただ、おそらく当人と、事情を知らない人々から見ると、彼は職場で虐めに会っているように見えるでしょう。実際、彼の日常会話には嘘が混じらないのですから。まあ、彼の採用は人事のミスであるとは職場の誰もが認めることですが。

彼の場合、虐めに立ち向かうという態度は、まったくの筋違いであって、害ばかりで誰の利にもなりません。職の確保という点でも、人事処置を受けるまでの時間稼ぎでしか無いわけです。とはいえ、逃げ出せば失業するわけで、しかも原因を克服できなければ再就職にも困難が生じるでしょう。

逃げるとか、逃げないとかの問題とは限らないのです。

被害者意識は逆効果

一口に、いじめの問題といっても、当事者が虐められていると思っているだけであって、実際には指導や警告、という場合もありえるわけです。このような場合、第三者に助けを求めるのはかえって逆効果となるでしょう。

一方で、単なる指導や警告の筈が、当事者が鈍感なために周囲も意固地になってついには目的を忘れて本当の虐めに転じている場合もあるでしょう。または、気晴らしが目的の単なる虐めも世には多いものです。

ただ、総じていえることは、虐めであれ、指導や警告であれ、それを受けた者が被害者意識を持つと、利己的な態度が現われてきます。自分ばかりが苦労して、と思うあまりに、皆が率先して手伝っていることを手伝わなかったり、第三者を詰るような態度(八つ当たり)をします。

すると、今まで中立的、または、好意的な者からも反感を持たれてしまってますます辛く感じるようになります。

たとえば上述の彼なども、私から「考える前に口を開くな!」という言葉を聞いて、重く、辛く、虐められていると感じているでしょうし、「どうせ意見をいうなら叱られているときに庇って見せろよ」と思っているのでしょう。いえ、私は庇ったことがあるのですが……とうとう、忘年会をドタキャンして幹事である私に迷惑らしき物を掛けたわけです。かえって好都合だったのですが……。

逃げるにせよ、避けるにせよ、または立ち向かうにせよ、敵意をむき出しにすることは、問題を低レベル化する事につながります。つまり、誤解を乗り越えてのハッピーエンドを拒絶してしまえば、どっちが勝っても得るもののない……ただ敗北感を避けられるだけという、つまらぬ結果になります。大の大人が時間を掛けて得るものとしては非常につまらぬ、と私は思います。

どちらの問題か?

もう一点。この虐めが単純なる気晴らし目的であるとすれば……試練・問題は加害者の側にあって、被害者には無いと言えます。つまり、逃げ出せば、別な被害者が生じるだけでしょう。

加害者の側に問題があるなら、そこから立ち去ることは逃げるのではなく避けることと割り切るべきでしょう。

敵意を持った第三者を教え導くなんて、聖人君子にとっても難しいことですから。

真理を灯火とせよ

古今東西の聖人達は中道・中庸を尊び、極端を避けました。逃げるとか、立ち向かうというのはどちらも極端であり、そういう観点では妥当な回答は得がたいといえます。

人間に大切な観点は、最終的な行き先であって、本来、一時的な避難や、迂回などというのは、枝葉末節の話なのです。

その意味で言えば、 乗り越える=逃げないで解決する、ではなく、乗り越えるとは、「どういう手段を使おうが、いずれは解決する」なのです。

その手段の中には、逃げるや避ける、迂回するがあってもおかしくはありません。むしろ、小さな問題に囚われて、前に進めずにいるなら、逃げなくても戦略的敗北です。


幸運を手放す。

2007年01月10日

逃げてはいけないのか? 」の補足

むしろ、小さな問題に囚われて、前に進めずにいるなら、逃げなくても戦略的敗北です。何しろ人の使える時間には限りがあるのですから。その限りある時間を無駄にする……動かぬ事も、逃げることも、時間を無駄にするには変りありません。

一時の選択としては、逃げることも、動かぬ事も選択肢の一つでありましょう。でもそれは全体の中の一分としての選択肢なのです。……でも人は、逃げるときには逃げることばかり、動かぬ時には死守することばかりを考えます。そして目的を見失うのです。


魂は永遠の生の中に存在するとしても、肉体を得て活動するのは限られた時間の中です。私たちは、その限られた時間を有意義に使わなければなりません。

たとえばあなたが頼りに出来る人……向上心を持つが故に有力なる人は、向上心を持つが故にその心が留まることをいたしません。もしもあなたが停滞したまま頼っているなら、置き去りにされてしまうでしょう。

動くのはあなただけではありません。誰もが動いているのです。あなたが望む時、望む場所に、待っていてくれると思うことから行き違いが始まります。

つまり……ようやく一つの問題を解決した、と思っていると、果たすべきノルマとして複数の問題が山積みされているのが、不幸というよりも当たり前な姿なのです。逃げ、または避け、様子見に停止していることがあれば、その無駄な時間を取り戻すための努力が必要となります。

失った時間を取り戻すことをしなければ、人生は否応もなく進路変更をせざるを得ないわけです。それは、成果の縮小を意味します。つまり、生まれる前に約束された報酬よりも、受取るものが少なくなるということです。

人々は、己の不幸を嘆いている間に、どんどん幸運を手放しているのです。……たとえば自分に仇なす誰かを罵っている間にも。

不幸になるための努力をしている。何と人は業が深いのか、と私が思う所以です。


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