地震予知

2006年10月16日


日本時間16日午前2時7分、ハワイでM6.6の地震があったという。

話は15日の横浜オフ会に遡る。


参加者の一人に、一点釘を刺した。

『霊査の内容よりも、霊媒がどういう点に目をつけているのか、その視点に注目してください。教わることよりも手口を学び取るほうが、あなたにとっては大切です』

そして、会の中ほどでひとつの質問を受けた。

Q 『ある霊媒が、近々地震が起きると言っていますが、どうなんでしょう? まあ、昨日も震度三ぐらいの地震がありましたけど』

・・・・・・・

『気象庁のHPを見ると、震度三ぐらいの地震なら、ほとんど毎日起こっています。』

さらに、私は、目をつぶり、軽く統一する。

『あなた(質問者)は、(この)地震では死にませんよ。怪我もしません。』

当日、私は、「この地震」とわざわざ限定しなかった。いまさらこんなことをいうのもナンセンスだが、「私は地震では死なないから」と、たかをくくった生き方をされても困るから、本来はそう表現すべきだった。まあ、どうという話でもない。さらに……蛇足ではあるが、

『人体って、結構敏感で、震度ゼロの無感地震を感じ取ることができます。「なんか、今日変だけど、地震でも起こるんじゃないかしら?」と感じるのは霊感云々とは限らず、実は震度ゼロの群発地震を体感していて、その群発地震が大きな地震の予兆現象だったりするのですね。

『テレビなんかで時々実験していますけど、目の錯覚を利用した引っ掛け問題でも、答えと反対の対象を目が追いかけていたりするのです。それは、潜在意識が真実に気がついているからであると言います。ただ、表面的に意識ができないだけで、潜在意識はたくさんのことに気がついているんです。

『だから、霊感を追いかけるよりも自分の感覚を信じたほうが自分を助けることにもなります。』……そのときは、こんな話で終わった。

・・・・・・・

再び皆が精神統一にはいり、巡回しながらそれぞれの霊査をとる。その質問者の背後に立った時に聞こえたのは・・・

『立派な人になるよりも、傍にいて欲しい人になる』……大きな地震を的確に予知することが出来るなら、それは充分に興味深い話です。でも、地震の発生を予知するだけでは、有益な話にはなりません。大切なのは、それがあなたにとって重要な出来事かどうかですね。』


地震予知について、心霊科学的に考察してみると、以下が考えられます。

  1. 震度ゼロのいわゆる無感地震も、単に表面意識が問題視しないだけで、潜在意識は気がつきます。それが群発すれば大きな地震の予兆と身構え、なんとなく表面意識にも伝わることがあります。……以前、私がなんだかぐらぐらする気がしない? と、やはり敏感体質の友人に尋ねたところ、同様の感があるとのことで、その時は原因不明だったのですが、その後テレビニュースで群発地震の発生が報じられていました。このような場合、予感・霊感・預言というより、体感であって、情報が整理されていませんから、どうしても主観的な見方しかできません。つまり、近々何かが起る……という具合にしか予想が出来ないわけです。
  2. 高度な霊感の結果予知したが、霊媒が慌てて、詳細を聞き忘れた。……引き合いに出すのも可哀想ですが、質問者が地震の予知をしたなら、「地震の予知」に舞い上がって、やはり詳細を聞き忘れたかも知れません。
  3. 割の良い博打……その地震の予知が仮に今回のハワイ沖地震を指摘したものならば、素直に敬意を払うべきでしょう。しかし、地震の多い日本では震度三程度の地震を一々記憶する人がいるでしょうか? 震度四だって覚えていられるかどうか。家屋倒壊や家具の破損という実害が伴わない限り、記憶に残りにくいと思われます。しかし、それが予め予告されたものなら、小さな地震でさえ記憶に残りがちです。……これが心霊否定論者のよく指摘することです。あながち間違いとはいえませんが、心霊肯定論者の私には別な意見もあります。

    私自身、常に自分を諫めていることですが、霊媒というのはどうしても世間一般が認知しにくいことを現実として受け止め、暮らしています。多くの人々が信じられないことを、霊媒は現実として生きているのです。だからどうしても認めて貰いたいという欲求が生じます。名誉というのではなく、自分だけが現実として認知しているものを他と共有したいという欲求があるのです。

    でも大抵の人は心霊に無関心です。それも関心がないから無関心なのではなく、恐いから無関心を装うのです。その現状を打破したくて……悪霊を口にして相手の力になろうとしてみたり、予知・預言を口走ったりする……でも、そうそう霊媒の都合良く天変地異が起るはずがありません。焦りが偽預言を口走らせたり、無意味な霊言・霊告の公表になったり……浅野氏の著作、出廬・冬籠には、そういう事例が多々記載されています。


ところで、なぜ人は未来に関心を持つのだろう?

私は常々思っている。人生には多くの選択肢がある。だが、どの選択肢を選ぼうとも、結局は肥え桶に右足から突っ込むか、左足から突っ込むか、その程度の違いしかない。

未来を知ることは幸いか? ……ああ、不幸を予知したら、未だ起らぬ不幸で苦しむことも出来る。いやいや、幸福を予知したら、未だ訪れぬ幸福を喜ぶことも……出来るのか? 油断して幸せを逃がしては元も子もない。

我が師は、予知を自分の幸せに使おうとはしなかった。だが、一つの行為が何をもたらすかをよく知る人だ。だから私もカンニングはしない。ただ、たくさんの回答事例をサンプルにして勉強するだけだ。

ああ!、私の事なんてどうでも良い。本当に問題なのは、どうして質問者が「地震が起る」という、一点に関心を持ったか、なのだ。

未来にたいして過敏ではないか。それはつまり、現実に過敏であるが故に、未来を先取りしようとしているのではないか。端的にいえば、心配性なのだ。だが、心配性であるなら、未来を適切に知れば、今度は未来が心配になるだろう。つまりそれは、救いのない道だ。


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