霊査事例: 2004年2月6日
以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。
廬氏より
あなた方に言葉を送り出すことがこれほど幸せなこととは思わなかった。
あなた方は幸せである。なぜなら、これほどの困難を乗り越えて多くの霊達からメッセージをえているのだから。いずれにせよ、これだけはいえる。思えば思われる。あなた方が思わざれば、我々の思いも消えて無くなる。
霊査事例1
あなたの望みは理解する。是非もないことである。だが問題は、あなたが本当にその気持ちを認められるかということである。
あなたは懸命に誠意を尽くしている。それが報われぬからといって、果たして本当にあなたが悪いのか? 悪人は本来苦労を免れようとして悪事を行うものだが、あなたは苦労を全うしようとしているだけではないか。
霊査事例2
「なぜ、○○してくれないのだろうか?」……そう思うのは止めなさい。あなたはあなた自身のことを思って、そう思うのだろうが、他の人からみれば、所詮、あなたの事など他人事である。誰も皆、自分のみを考えて行動する。これは守護霊にも当てはまるのである。
楽に生きられるのは、自分の為ではなく、人の為に努力する人なのである。いや、これはある意味失言かも知れない。だが、あえていえば、「あなたの為を思って……」と白々しくいえる人が豊かさを掴むのだ。……いや、そんなことは知っているはず。
要するに、皆の利になることを大きな声で主張せよ。そして、自分の理は声を潜めて努力せよ。そうすれば、あなたの望み通りの道が開ける。……それで幸せならばだが。
大丈夫、あなたは決して愚かではない。いずれ真実に沿って幸せになれるだろう。あまり欲深くなれなければ。
霊査事例3
纏まらぬ考えは、あなたにとって楽しくあっても、誰とも共有できるものではない。世の中というのは、なるほど複雑であるが、でも、単純に割り切ることも出来る。
あなたはいつもいろいろ考えるが、たいていの人は自分が思うことを行い、後に理屈を考える。つまり、あなたが考える事は、他人の言い訳を予測しているだけのことである。
実をいえば、あなたが頭を悩ましている人生の命題の答えは簡単である。
「人は自分の望む所を知らない」……つまり、真理というのは理解する人の人生を左右しても、大抵の人は、真理とは全く無関係に生きているのである。
考えよ。人の人生ではなく自分の人生を。それは、自信の持てる回答は得がたいかも知れないが、何よりも納得できる答えであるはずである。
霊査事例4
あなたは益々答えから遠ざかっている。まず考えるべきである。あなたは何を欲するのか。あなたが欲するものをえるのには何が犠牲に出来るのか。……むろんそれは真の回答ではあり得ない。なにせ、現実はあなたを省みることなく動き続けるからだ。
一個人に現実を左右する力などない。ならば、現実の中にこそ活路を見いだすべきである。妥協点ではなく、弱点を見つけるのだ。
あなたがそれほど積極的な人間でないことは、決して悪いことではないが、自体はあなたが善人であろうが、悪人であろうがおかまいなしに移り変わる。そういう相手に必要なのは、事実を覆す力ではなく、自分を休める隙間を見いだす眼力である。これは現実への妥協ではなく、ある意味、真の現実との戦い方なのである。
霊査事例5
あなたは気がついてはおるまい。愚痴が多くなっている。それは、手を出し忘れているということである。
あなたは今停滞期にあるようだ。どうにも体を動かすよりも口を動かすことが多くなっている。すると、拒絶の言葉を多く受けることになる。
体が動かないのに言葉を拒絶されるとどうなるか……大抵不満が育つのである。
じっくりと体を動かすとよい。今の時期、体を動かさなければ脂肪が付きやすい。バタバタするのではなく、ゆっくりと深く息をしながら体を動かしなさい。決して苦痛ではないと感じるはず。
それはつまり、体を使うのがおっくうになっているだけで、体は本当に健康な証である。
霊査事例6
あなたの心には暗雲が立ちこめて久しい。あなたが苦労するのは、実は心の中の暗雲が、つまらぬものとあなたを結びつけてしまうからである。
あなたは元来、日本で退屈をしていた。そう、人一倍行動的であるにも関わらず、人の半分も自分の人生に目的を持てない……実はただ無欲なだけ……それ故に生きる目的がうまく掴めず、わざわざ苦労を背負う所があった。
あなたは自分が思うよりも大人である。ただ、あなたにとって不幸なのは、大人というのがいかなる心構えかを知らぬ事である。それは結局、あなたが周りの人々を喜ばせようと懸命な結果であるが、本来、心が未熟な者は、周りから喜ばせて欲しがるものなのだ。
つまり、喜ばせようとして喜ばせられぬから、あなたは自分が未熟であると思っているが……喜ばせようとするのは大人なのである。心が未熟である人は、どうしたら喜ばせてもらえるかばかりを考えている。すなわち、あなたは価値観を誤っているが故に自分をさげすみ、自分をさげすむから自分が進むべき道を間違えてしまうのである。
そう、正しい道を理解しているのにも関わらず、それを評価しないから、間違った道を選ぼうとしてしまう。でも、自分を卑下し続けていたら、普通に生きても辛いものなのだ。
霊査事例7
あなたの重いメールへの返事が私の口を重くしている点がなくもありません。いえ、あなたを責めているのではありません。
かつて私はあなたにご注意いたしました。どんな苦労を背負わされるかも知れないのだから、余裕を見なさい。苦労をあまり背負わぬようにと……もう一度申し上げますが、あなたを責めているのではありません。血縁者が助けずに、一体誰が、あなたのお母様や、おばさまを助けるというのでしょうか!?
私があなたにご注意したのは、こういう機会に備えてのことです。その助言があまり役に立たなかったのは、残念でもありますが、でも、それさえも問題の本質ではありません。
お優しいあなたのことです。「年寄りはいつか死にます」という言葉は、真実であると知りつつも耳を貸す気にもならぬ悪しき言葉でありましょう。……そうです。これも重要な助言ではありません。
大切なのは、「あなたの業《カルマ》が深いこと」であります。結局、あなたは苦労していないことに罪悪感を感じているかのようです。休むのは、他人が聞いたら同情するより呆れかえるような酷い状況の時のみ。あなたにとって休暇とはバカンスではなく、過酷な状況を克服する為の時間なのです。
虐めるようでごめんなさい。大切なのはこういう事です。
あなたは、見知らぬ誰かの小さな願い事さえ、何とかしてあげたいと思う人です。
そして、あなたのお母様は、小さな事もわざわざ大げさにいう人で、しかも、歳をとって体が動かなくなってからなおのこと、大げさな物言いが身に付いた方です。……すると、あなたのお母様が大げさに困った話をするから、あなたが真剣に大立ち回りをしてしまう……あなたの心労はこういう所からも来ています。実は、あなたとお母様の相性は最悪の筈です。お父様との相性の方がよほどよかった……なぜなら、お父様は何を騒ごうが、ほっといていれば自分で何とかするから。お母様は、騒いだ分だけあなたが頑張らなければどうにもならない人なのです。
自分にも充電や休養が必要なことを、もっと主張なさるべきです。身内の悪口的な事を、私のように他人に明かすよりも、まず、身内に自分の出来ること主張する方がよほど公平な仕打ちだと思うのです。