ありがとう。

 私事多忙のため、メールへの返信が遅れております。ご丁寧なる礼状(イヤミ付きの礼状は省く)と、お見舞いのメール、ありがとうございました。 しかしながら、思うところありまして、お返事はしばらく棚上げさせてください。


  霊感は誰もが持っている。

 ・・・といえば、「ではなぜ私には霊感が無いのか?」と思うであろう。

 おそらくそれは、当事者が、自身の発想・妄想と、霊感の区別が付いていないのだろう。

 ・・・だって私の思いつきは当たらないし・・・

 あれ? そもそも「死後の個性」である、「霊魂との通信」が霊感のはず。

 人が死ぬのに善人・悪人の区別はないし、はっきり言って世の中に賢人は見出し難いものである。無論、死者は膨大であるから、霊界には多数の賢者が控えてはいる。だがそれ以上に、意味も思わずに行動する者は多いので、はっきりいって、霊界通信を高度に維持するのは難しい。

 それ故、私は思う。・・・(つまらぬ相手からの)霊感を持て余さないだけ幸せじゃないか。と。

・・・・・・・

 いや、むろん、私レベルのちっぽけな霊感であろうと、多分、差引プラスであろうと感じるので、使えないほうが幸せ、とは言わない。ではあるが、おそらく霊感を向上させるのに必要なのは、直感(表現が難しい)の訓練というより(まあ無駄ではなかろうが)ではなく、良き通信者と縁《えにし》を結ぶことであろう。・・・というか、ぶっちゃけ、霊能者と言われる人々は、およそ当人の自覚有無に関わらず、また、相手の自覚有無に関わらず、死者・生者双方の霊媒と関わりがある。

 まず間違いなく、必ず霊媒経験者(霊)が関わる。なぜなら、良い霊界通信には知識も大切であるが、霊界通信自体はどちらかというと技能に近いからだ。

 (例えば、音声通信だけで、地図を書くのにどうするか考えてみて欲しい。メールに添付、などという当たり前な方法しか思いつかない人であれば、多分、霊界通信には向かない。少なくともむちゃくちゃすごい感覚の持ち主でないと役に立たない。)・・・その意味で、情報通信技術の発展は、霊界通信技術を退化させていくかもしれない。

 ちょっと脱線すると、天与の才であることを憎んで、霊能者に反感を抱く人も少なくないが、霊感は天与の才というより、血統・霊統(天ではなく人)の賜であって、怨むのは意味が違う。なにしろ、簡単に他を恨む人に味方したがるのはどのような人か思うべきである。おそらくは攻撃的で、他者に敬意を払わぬタイプの霊ばかりと縁《えにし》を結ぶことになるだろう。それは自然な帰結であって、逆らうのは難しい。となれば、それで霊感が悪い方に開かなければ、ものすごく有能な守護霊がついていると信じるべきである。・・・とはいえ、大人目線の守護霊で、あなたの願いはろくに認めてくれないだろうが。

 ともかく、人の世は大勢の人々の意思で成り立っている。いや往々、人々の意志とは関わりなく動くことも少なくないのである。・・・つまるところ、あなたの意志、あなたの願いを実現する働きは極めて少ない。それが現実である。概ね、思い通りに生きているかのように見える人も世の中には決して少なくないが、そういう人々は大抵、無意識のうちに需要を読んで先回りしていることに気づくべきだ。(言い換えれば、実現を願うというより、実現するべきことが実現するように願っているだけ、ある意味、世間に便乗しているのである。)、そう、思い通りに生きるには別な才能が居るのである。

 で、己が思いをなにより大切にして、他の思いを(露骨に)軽視しすると、思い通りにならないという形で苦しみを得るのである。

 おそらくは、世の人々は皆不幸(霊界の自由さと比べれば間違いなく)で、ただ、不幸ゆえの苦労を、苦にしない人と苦にする人、もしくは思い通りにならないというだけで苦しむ人が居るのであろう。

 または。つまり、私が思う理由であるが・・・もしくは私の抱く価値観であるが・・・

 

 人は時間と空間に縛られ・・・約束の時間に間に合わないと悩み、想いの強さ(霊性)が、世の中の事情という物質的な制約に支配されているのが、我らが地上の生、詰まりは人生なのである。・・・まともな霊性、(だいぶおまけを差し引いて精神性)の持ち主が、この世で生きて幸せなはずがない。

 ・・・もしくは・・・・これを他者に教えるのはとてももったいなく思えて、それゆえもったいぶる訳であるが・・・今生(現世)の苦しみを難なく思えるのは、来世の幸せを知るが故か。

 そして・・・あなたが苦しいのは、来世の幸せを知らぬが故か。または、来世の不幸を知らぬが為に汝の守護霊に責められるが故か。

 不幸の原因を見出すのは注意が必要だ、不幸の種が潜むからとは限らない。幸せの種が少なければ、ささやかな不幸があなたをどん底に突き落とすのである。

 

 

 

 

 


 私は人を極力恨まないようにしている。たとえ敵対者であっても。

 それは別段、善人ぶっての事でも、利他的であるからでもなく・・・概ね利己的な理由からである。

 その行いに腹を立てて、価値なき行いの人と関わって失うことよりも、水に流す方が有益であると知っているから、というのが主な理由、そう、利己的な理由からである。

 私が、そういう利己的な部分を決して恥じないのは、つまり、他者の利他的な部分が自分の中にあると認めているからである。

 とはいえ。

 知ったかぶりを言いたいわけではない。ただ、有益な行いをするには、努力も必要であるし、ある被害を黙って受け止める必要もある、ということなのだ。

 それ故、私には思える。

 人を憎むよりも、人を許し、さらには感謝することのほうが利己的であると。

 とはいえ、憎まれるより、感謝されたいのが人間であり、その為には、さらに多くを支払おうというのが人なのである。

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