7月26日 横須賀オフ会
以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。 以下に紹介するのは、精神統一の練習中に得た、参加者・個人あての代表的な霊査です。当然、対象となる相手によって正反対の霊査も出てくる事でしょう。
霊査事例1
『祈願成就』の祈りに対して……
あなたが志している事、それをどう発展させていきたいのか、また、誰を潤したいのか、を考えてみてください。ちょうど、あなたの夢・志を一本の縄のようになっていき、その端が神の元に届くように、あなたと神との間をあなたの夢・志で結びつけるようにどんどん夢を膨らませ、伸ばしていってみなさい。あなたの周りをふわふわしているだけの夢ではどんなに祈ろうともそれなりの力しかえられぬものですよ。
霊査事例2
なにやら願い事がチラッと見えたのですが、すぐに終わってしまってよく見えませんでした。願い事があるならはっきりとイメージするようになさってください。
「別に祈願も無く、ただありがとうございましたと祈っただけです」
では漠然とした心配事があるのでしょう。
霊査事例3
子として親を心配するときには、親を甘やかさぬ様になさい。わが子を育ててこそ親なのですから、両親共に自分のことはしっかり出来るもの。それをしないのも一つのコミュニケーションであるのです。そのコミュニケーションに迷って、わが親を手の掛かる子供のように勘違いしない事です。
霊査事例4
『祈願成就』の祈りに対して……
あなたの願いは無理もない事です。ただ求める心で他人とぶつかり、子供の喧嘩のようにならぬように気をつけなさい。
霊査事例5
お父様のわがままはそのままになさい。「自分の意思で行なう」のは、大切な事です。それがわがままであっても、自立の呼び水になります。逆にだめというと他の事までやる気をなくすのが人の性《さが》です。
霊査事例6(いくつかをまとめて)
あなた方は、心霊を学び、また向上心もあるということで、願い事はいずれ成就しようし、難に巻き込まれそうな時にも、誰かしらの助けを得られよう。いちいち祈祷だなどと気張らなくても常日頃の精神統一だけで事が足りよう。
だから、せっかく神社に参拝するなら、『わが家族を見守りください』とでも、『家内安全』を祈るが良かろう。
いくら心霊を学んでいても、関心の無い家族に足を引かれては修行の妨げになるし、いかに大望・志を抱いていても、家族が不健康では思うように働けまい。何をするにしても家族が無事であればこそ自分の実力も発揮できるというもの、だから、勉強は勉強として、神社などを訪ねる際には、自分のことよりも家族の無事を祈りなさい。祈られればこそ私たちも忘れずにあなた方の家族の様子を見て、必要なる処置を施すから。
霊査事例7
あなたは売り込みもせずに自分の仕事を高く買ってもらいたいと強く願っています。そんな事なら教職に付くべきです。すると生徒たちを批判するだけで済みますからね。でも、それはあなたのやりたい事ではありませんよね? 自分を売り込む事が難しくと思うのならば目指すべきものを変えるべきです。それが嫌ならできる範囲で努力をなさい。その努力は必ず報われます。
霊査事例8
精神統一が辛そうでしたね
『なんだかまぶしくて』(他にも同意者あり)
統一中に光を感じる事はよくあります。大抵は守護霊が顔をのぞき込んでいく時に光を感じます。ですが、その光を他者と思うと、自他の間に断絶が生まれます。他があると感じるとその間に反発が生じ、酷ければ敵愾心が生じます。
光、この場合は高き霊の存在を感じたら、それが何であるか、誰であるかなどは考えないで、その光に溶け込むように気持ちを誘導なさい。
統一中に他者の存在を感じるのは、誰かに頼りたいという気持ちが生じたときです。しかし、統一で大切なのは、一心になって行う事で、頼りがいのある霊を求めていては一心に離れません。自分が必要とする力が自分に流れ込んでいくようにするのが、本当の統一です。
『過去に私は、人を頼るのが下手だといわれましたが?』
人の心は時により変化します。あるときは甘えたがり、あるときはそれではいけないと思う。その中間(中庸)を会得してください。なお、頼るか、頼らぬかはともかく、頼るのが下手であるには変わりありません。
注: 心は指で指し示せるものではありませんし、人はとかく強がってみたり虚飾したりするものです。だから、『誰かを頼りたがっている』という表現をされるとどうしても反発の念を生じてしまう事はよくある事です。ただ、この場合、いわんとするのは、「自他を分ける心の働き」があるという点です。他を感じたら、それに溶け込む……無論低級霊や悪霊に溶け込むのはいけませんが……力を当てにするにせよ、知恵を当てにするにせよ、また導きを当てにするにせよ(そう、自分以上を目指す……つまり修行……には、他に頼る気持ちが無いはずが無いのです。)心霊的な問題としては、他者として導くのではなく、霊的な交感・合一によって「同一心」として働く事が目標なのです。
霊査事例9
皆さん、シャチホコばって精神統一するより、お風呂に入った後にうとうとしているときの方がよほど精神統一になっていたようです。素直な心で、安心していること、それが最良の精神統一状態なのです。日常でも、仕事の最中でも、必要ならば、そのような素直さ、安心という自信を保てるように勤めてください。
のんきな時間を恥じたり、もったいないと思うのではなく、それを目標として、日々の生活をそれに近づけるようにしてください。
質疑1
Q 「葛藤が生じた時には、気持ちを切り替えなさいと他の霊媒にいわれましたが?」
A(霊媒)『それが出来るものならそうなさい。でも難しいでしょう? だから私は守護霊に預けなさいと教えます。守護霊が信じられるようになれば、大分楽に葛藤を預けられるようになります。さらに守護霊との信頼関係が育つと、預けなくても切り替えられるようになります。最初からプロの真似は無理ですよ』
質疑2
Q 「滝行は他人の捨てた穢れを拾う事があるので危険だと聞きました。どうせなら家で水垢離をするほうがいいというのですが?」
A(霊媒)『世の中にあるものは、善悪が入り乱れています。なるほど滝行にはマイナス面の効果もあるけれど、同時にその滝を守る神霊の加護を得るというプラスの効果もあります。ですから、マイナスの効果はなるべく遠ざけ、プラスの効果をよりいっそう受け止めるように努力する事が大切です。
ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンというわけですが、一般的に霊力を高めようとか、心霊術を鍛えようといった、小手先の術、利己心を持ち込まない限り、人の穢れなどは拾わないものです。そのために神霊が守ってくれていますし。』
質疑3
Q「前向きに進め、と思っても、前ってどちらなんでしょう?」
A(盧)『前とは後ろの反対である』
霊媒以外爆笑
『前向きに生きるといっても、人を惑わすものは至って多く、前を見ていればついついわき道にそれるのが人である。だから、自分が進むべき道を思うならば、反対に自分が一番嫌な道(方法)をまず思い浮かべてみるが良い。その正反対が正しい道である』
進みたい道は絞りきれないのが人情、だけど嫌なものというのは案外絞り込みやすい。だから、嫌なものをまず見極めて、その反対に目を向けると進みたい道が絞り込めるという。
例1:『私は諦めるのが嫌だ』
ならば、その反対は諦めない事、求め続ける事である。だが、求め続けるというのはちょっと間違えれば執着心につながる。つまらないものを追いかけて大切なものを失う事にもつながるだろう、これが欲しがるものが陥るわき道である。だから時々は反対向きに考えてみて、執着心ではない諦めない事を再確認すべきだ。
例2:『私は間違った生き方が一番嫌だ』
ならば、その反対は正しく生きる事だ。でも、正しく生きるというのはあまりに漠然としていて自分が進む道を見失う事もあるだろう。だから時々は反対向きに考えてみて、罪を犯さぬ生き方をしている事を確認すべきである。
質疑4
Q「仕事に関する霊査が多いのですが、私には今の仕事の指導霊が付いているのでしょうか。」
A(霊媒)「まだ仕事の指導霊は付いていません。ただ、あなたは自分の仕事を先入観で縛り上げて、可能性を狭めている傾向があります。だから、いろいろな可能性があることを事あるごとに指摘して、もっと広く関心を持つように仕向けているのです。おいおい、あなたの好みが広がるにつれて、それに見合う指導霊がつくと思います。が、今は仕事の指導霊というのはありません。また、こうしなさいという指導でもありません。ただ、思い込みを捨てる事が大切な時期です」
タグ: 葛藤, 霊査事例、 前向きに進め