行き止まり。
人々は懸命に想う・・・己の行いの言い訳を。自己への虚飾を。もしくは、相手を丸め込むための嘘を。
私はそれを責めない。だが、その想いを共有しようとも思わないし、共有出来るはずも無い。・・・あなたは誰かの言いなりに生きたいと思うか? 迷った時には指示を心待ちにするのに。
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誰とも共有出来ない想いを抱く人は多い。そのような想いを抱く人は、一体どのような境涯か。
忙しく心を動かして・・・まるで、一人であるのを忘れようとするかのように。・・・袋小路に向かって急ぐ人々。
何度も、何度も、なんども、なんども繰り返してきたその行き詰まり。・・・その循環、その輪廻。逃れ得ない鎖、が、実は単なる自縛。 自暴自縛の日々に苦悩する人々。
その苦しみから逃れたくて、心霊を選び、学んでもなお、言い訳と、虚飾と、そのための嘘を止めない人々。
火宅とも呼ばれる、苦しみ絶えないこの世界に安らぎを見出すのはいかなる人々か。
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救いを求めるなら、せめてその悪魔(焦り)の手(苦悩)を放せば良さそうなものを。
いや、その手(苦)を放せば、あえて神の救いなど必要としないものを。
人々は、己が心を救う、正しき道を求めずにいる。 どんどん苦悩の深みに嵌り込みながら。
達成感をもたらしてくれる障害を厭い、ささやかな障害を厭い、僅かな障害を厭い、達成感のない状況を退屈と厭う。
陳腐な助言は腐るほどある。が、大抵は言い訳を得るまで足踏し、言い訳を得て道を誤る。
一人で生きることをやめようとせずにいる過ち。
自ら邪魔をしなければ、どれほどのことが出来ただろうと、省みることもなく。