祈る相手は絞れ
だいぶ以前のこと、気難しい老紳士の説に異を唱えて失敗したことがあるのを、ひょんな事で思い出した。
わが師は、祈る相手は絞るべきという。私も同意見なのは、素直な弟子だから、というより、『人によって方法論は異なり、船頭多くして船山のぼる。』……というのを、見聞きしたからである。
ところが老紳士いわく、『神様仏様と呼ばれるような方々なら、よろしく協力して力をあわせて結果を出してくれれば良いのに。』……そりゃそうだ。が。それをいうなら、神様仏様と呼ばれるような方なら、お願いしなくたって、何とかしてくれれば良い。いちいち祈らなければ判らぬ神仏なんて滑稽であろう。
といえば論争は不毛に陥る。だいぶ以前のこととはいえ……まあ私もそれほど成長はしていない。