不足への不平に答えて……
2005年 07月 04日
事例5
・人にもその歴史があります。今の姿を見てその人のすべてを判断するのではなく、どういういきさつで今のその人があるのかを考えることも大切ですね。守護霊がいる。祖霊がいる。そのすべては偶然でもなければ、単なる必然でもありません。例え必要であったとしても、人が望めばすべてが手にはいるわけでもありません。
必然性が報われるのは、その人の過去の努力如何なのです。
社会は不完全であり、時とともに完璧を目指しております。理想を言えば、必要なものが必要な時に表われることこそが望ましい。でも、世の中は理想を体現するにはいささか貧しすぎます。
必要なものが必要なときに手に入らない……その様な悩みは今後もあなたに、そして、あなた以外のすべての人について回る境遇です。
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必要なものがあり……天に祈る。
それで得られる場合もあるが、得られぬ場合もある。
多くの人々は、得られるまで祈ることが祈祷と思うかのようだ。または、得られるような祈り方をすることが必要と思っているようだ。だが、私が教わったのは、「静かに深く一度祈る」その後は「静かに待つ」…… ダメなら「ダメ」といわれ、良ければ「良し」 といわれる。「良し」ならば、得られるまで大人しく待ち、「ダメ」ならば別な手を考えることだ。ダメという物を待つのは時間の無駄、将来の放棄である。
祈ったら、後は聞く、聞いたら後は行動する。……ひたすら祈るばかりだから、人は神にすがって多くを失う。……まったく祈らぬから、自分の努力の範囲でしか成功が得られない。
祈り……聞き……行う。
祈るが聞かず、聞かずに行うから、独り善がりと言われるのである。