自己評価の手段
Q 「自分に優しすぎるという罪悪感がある。」
自分に優しいかどうかは、どうでも良いのです。
たとえば、明日早起きしなければならない晩に、好きなだけ酒を飲んだとします。……それが自分に甘い優しい事になりますか?
今日の楽しみは明日の苦しみで相殺、いやむしろ赤字でしょう。一時的な苦楽だけで物事を考えるから罪悪感が生じるけれど、長い目で考えれば必ず帳尻……つまり因果応報、努力は報われる……は合うのです。すなわち、苦楽ではなく最善を考えなければならないのです。
無理をすると、周囲の人々や、背後霊を遊ばせて、自分一人の労働となるから苦労が大きいのです。いわばそれは第三者の責任まで自分が背負い込むという愚かな行為です。
反対に周囲の人々や背後霊と共に片づけるようにタイミングやリズムを合わさせるなら相応に楽になります。これはつまり、おのおのが責任を分担するという事で、収支決算にインチキはありません。要するに問題は、自分の苦楽ではなく全体の苦楽なのです。
しかし、自他だけで物事を考え、また、表面的な苦楽で考えるから、自堕落という罪悪感をもったり、余計な苦労を背負い込んだり、下手をすると無意味な行動に走ったりもします。いわば、自分の進むべき道を正しく評価する手段を知らないという事です。