鎖国政策――半面の理

2005年 01月 30日


 徳川幕府三百年の歴史は、果たして鎖国政策なくしてならなかったか? ――歴史学を好む人にとっては興味深い問題かも知れない。私はここで慎みを持って征夷大将軍の幕府運営方針に口を挟むのを止め、小学生ですら知っている一つの歴史的事実を指摘する。―― 徳川幕府は外国からの開国圧力に揺さぶられて大政奉還に至った。

・・・・・・・

 以前ある人から質問を受けた。

Q 「スピリチュアリズム(?)では、すでに真理を得ているから、新たな霊界通信は必要ないというが、どう思うか?」

A 「変だと思います。」

 だいぶ情報が古いが、淺野和三郎氏が紹介したスピリチュアリズムの七大綱領を引用してみる。

 (一) 神は万有の祖である。
 (二) 人類は皆同胞である。
 (三) 人間の個性は死後に存続する。
 (四) 幽明間に交通があり、人類は天使の支配を受ける。
 (五) 各人各個の責務がある。
 (六) 生前死後を通じて因果応報がある。
 (七) 人類は永遠に向上する。

 第四項は、ようするに、「死者との交信は可能」という意味だが、一体どこの国のスピリチュアリズム団体、もしくは、スピリチュアリストが、その状況を卒業できたのであろう? 第七項に注目していただきたい。「人類は永遠に向上する」とある。では、「もうこれで充分」という言葉は矛盾しないだろうか?

 むろん、その意図する所は別にあるのだろう。たとえば、くだらぬものを見るのならば目をふさぐべきだと――だが私はここに 鎖国政策同様の意図を感じざるを得ない。人々の耳目を塞いで、その指導者は一体何を得るというのだろう?

 人の魂が肉体の牢獄に閉じこめられている限り、外のことを知りたがるのは自然な欲求である。その自然な欲求を抑圧して、自然な魂の発育があると思うのはナンセンスだ。真の問題は悪情報の氾濫ではなく、悪情報すら手に取らざるを得ない情報不足が問題なのである。すなわち、良き情報が充分に手にはいるのならば、善良なる人々は自ずと悪情報を棄て、良情報を読みふけることだろう。更にいえば、 物事は裏面まで見て始めて立体的に理解が出来るものだ。例えば「人殺しはいけない」というのは正しい話だが、正しい話を知っているだけでは犯罪者の更正や、犯罪抑止には力がない。なぜ、人を殺そうとするのか、ということにまで知識を拡げることも大切なことだ。 大切なのは知識を道具として使いこなすことであり、知識に支配されて生きることではない。――悪情報の氾濫のみ注目して、善情報の不足に配慮しなければ、それは半面の理というものだ。

 いや、善情報――すなわち、全地球的、もしくは宇宙的視点から事物を見た良い霊界通信が枯渇しているのも事実である。が、それ故に現状得られるすべての霊界通信をくだらぬものと断定するのもまた半面の理というべきである。

 一九世紀の欧米諸国は、時代にそぐわぬキリスト教と、行過ぎた反動主義といえる唯物主義に占拠されて、この二大勢力を相手にすべく、霊界からの干渉には非常な努力を必要とした。輩出した大霊媒や降りてくる霊界通信の質と量は、実にその必要があったからだ。だが人生に有益なのは、天界の雰囲気よりも、今すぐ役立つ智慧ではないか? 高度な理論に見せられて基本的な実技スキルが身に付いていないのではどうにもならない。

 そもそも地上は、座学の場ではない。単に知識を仕入れるだけならば霊界の法が余程都合が良いことは、心霊を学ぶものにとって自明の理であろう。睡眠も食事もせずにただひたすら本を読み続ければいいし、必要な本を探す手間すら不要なのだから。

 地上は実践の場、実習の場なのだ。

 座学であれば一人の講師が多数の学生を扱う事も出来る。だが実習時には、出来るだけマンツーマンの指導が好ましい。であるから、心霊主義者は精神統一とその後の霊査を大切にする。 地上生活の実習教官である守護霊との絆を深めるためにだ。その過程で必然的に、誰に耳を傾けるべきであり、何を信じ、何を信じてはいけないかの実践も学ぶ。……座学ではなく実践である……誰某から、信じて良いものと、信じてはいけないものを一々指示されているのではなく、主体的にその区別をつけることを重視するのだ。――それがどうして危険で、難しいというのだろう? 霊を利用しようとしない限り、霊に依存する必要もなく、霊に依存しなければ騙されたとしても何の被害もない。 そう、嘘と冗談との区別がつけばよいだけだ。

 座学は地上に生まれる前に済ませておくべきだ。少なくとも現場に出てから補習・補講は早めに切り上げ、実習に専念すべきであるし、実習教官を無視して実習にいそしんでも我流に陥るだけだ。――身に付いた我流はなかなか取り除けないし、独学者は往々、自分の都合の良いことだけに関心を向け、都合の悪いことからは目を背け、背けたことにも気がつかない。

――これはとても危うい。

 さて、上述質問者が、いかなる相手を「スピリチュアリスト」と読んでいるのかは知らない。が、仮にスピリチュアリストの七大綱領に意義を見いだすならば、第五項の「各人各個の責務がある。」、第六項の「生前死後を通じて因果応報がある。」にも注意を払うべきだ。

 何が正しく、何が間違っているのか――その判断は誰の責務であるのか。一々人に指図されるようでは、第五項を満たさぬ事になる。そして、行いの報いは指図した人ではなく、実行した人が受けるのだ。


 整理すると、質問にある、「すでに真理を得ているから、新たな霊界通信は必要ない」という意見は、スピリチュアリズムの七大綱領を遵守していないが為に、 特殊、または独特な思想と思われる。またその意見に、何ら創造的意義を見いだし得ないが為に、私は価値を感じない。――そういう意見の持ち主がいた所で私には関係がないし、関係を持ちたいとも思わない。

 さらにまた、これもこそが真の回答と思えるが……新たな霊界通信などというのは、提供者(高級霊)と、中継者(霊媒)と、受信者(需要)があって始めて整理するものだ。受信者のレベルが低ければ、高度な霊界通信は得られないものだし、霊媒や霊界側の都合がつかなければやはり高度な霊界通信は得られまい。

 本当に霊界通信は不要なのか? そうではなく、単にその環境を整えられないのではないか? ――と、うがった見方も出来るだろう。

 私にとって関心があるのは、罪悪感や劣等感を誤魔化す為に善良であろうとするのではなく、素直であるが故に善良である人が一人でも増えることだ。素直な人が増えればこそ、再び顕幽両界の交通が盛んになるのだから。――いい加減、真冬のカエルの様な生き方にはウンザリである。


 ところで鎖国政策をとる国は大抵……

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