受身の統一
2006年 03月 18日
精神統一中に初心者が良くやる間違いは、一点に集中しすぎることである。これが結局、柔軟さを失い、受信を困難にしてしまう。 必要なのは己の意思を明瞭にすることであり、同時に返答を受信し、返答に応じて最善なる実現方法を自己の中に構築していくことである。
易しく言換えると、人は自分の意志が伝わったという手応えがないから、さらに強く祈ったり、しつこく祈ったりするが、自分の意志を伝えようと力めば、「返事」が聞き取りにくくなってしまうのである。…… 「返事が欲しくて返事が聞こえなくなる努力をする」それでは努力に意義がない。意義のない努力は無駄であるし、なによりも無駄な努力に気がつかぬ事は、間違った方向性に向かっていることを恐れるべきである。
ところで、霊的メッセージを受けるとき、霊媒は無論、邪念や妄念を捨てて精神を統一するのであるが、そんな時、私が言われるのは、 「完全を目指す必要はまったくない、最低限をクリアーすればよい」ということだ。つまり、より良い受信状態を目指すよりも、作業が出来れば十分であるというのである。と同時に、 「あまり熱くなるな」とも言われる。通信の面白さに霊媒が興奮してしまうと、脳の働きが活発になって、いわば筆がひとりでに動いてしまうのである。だが、その運びは、すでに通信霊の手を離れて霊媒のものとなっている。それでは、故人の面影が薄れてしまうのだ。
つまり、霊媒……少なくとも私の精神統一は、ゆったりと静かな気持ちを持ち、それを維持することが目的であってそれ以上はすべて霊界側に任せている。一方、霊感を持たぬ人がなぜ霊的メッセージを受けられないかというと、それはもう人の数だけ答があるが、私が気がついた特徴的な事例では、
- 自分のために答が欲しいのは利己・エゴの働き、それを助けようとする霊媒は利他心が働き、霊達は利他心に応じる。―― 利己心を嫌うのは単に波動や好き嫌いの問題ではなく、 応じると要求がエスカレートしていくからである。(最重要)
- 聴き手の一喜一憂が通信を中断させてしまう。(修行を必要とする)
- 偏見が強くて答が歪む恐れがある。(かなり重要、こういうタイプの人には私も苦労する。 最初当たり障りのないメッセージだけに止めて、だんだん本題に近づいていくという手順を取るから、数回の参加を必要とする。)
- 頑固な人――性質的に頑固な人は、霊媒的には聞き下手と見なせる。
- 優柔不断な人――不用なことまで感じすぎて、重要なことを聞き落としてしまう。取捨選択が上手にならなければいけない。(勉強・ 修行を必要とする)
- 霊感の自覚は無いが、聞き上手な人――時折霊的メッセージを受けているが、霊視・霊聴の形式でないため、 自己の想念との区別がつかず、結局、自分の考えと霊的メッセージの区別がつかず、重要なメッセージを把握できない。(勉強・ 修行を必要とする)
- 非を改められない人、または追いつめられている人。(非常に危険)――自分に都合の良いメッセージしか聴こうとしない人には、 「自らを正せ」というようなメッセージこそが必要である。でも、そういう都合の悪いメッセージは聴かないという悪循環にある。 つまり正しいものを退け、間違いを欲しがっている状態なのであるから、霊的メッセージを得られないならまだ安全、 間違いを欲しがる(自分の苦境が誰かの間違いだと思いたいのだから困る)のだから、嘘やデタラメをいう霊を集めやすいのである。 ……念のため注意するが、嘘やデタラメをいう霊を侮ってはいけない。 地上の嘘つきも往々寂しさ故に口から出任せをいうものだが、 これが死者であるなら生活の必然もなく非常にしつこく、 また必死にしがみつく傾向がある。 こういう霊との縁を絶ちきるのは非常に困難である。
- 夢想家――地に足のついたメッセージを軽んじてしまう。7項の人と同傾向であるが、比較的軽度。
以上の様な障害を克服することが必要と思う。