先祖供養について
2005年 05月 26日
昭和初期生れの私が師は、くどくどと「先祖を敬え」と口にする。だが、「敬いなさい」と命じられて、人は尊敬の念を抱けるものか? 抱いたとして真心が籠るものだろうか?……などと口にすると、「全くお前は頭でっかちで!!」と、叱られてしまう。
私も真意は理解しているつもりだ。多くの人々が、神仏・祖先を軽視し、関心を抱かず、無関心であるから敬うべき点も見つからないという悪循環に陥っている。……むろん先祖供養などしなくても大抵の場合、生活に支障は生じないし、一方で、ヘタに先祖供養に関心を持つと、開運産業の食い物にされるのがオチだ。
更に、一霊媒として意見をいうなら、先祖供養の念を抱くとめったやたらに自称・祖先の数が増えてしまう。それが困る。「ニセ先祖を見抜けないのか?」と嗤う人もいようが、見抜くことに実務上の意義はない。……真っ当な人格の持主ならば、供養されなくとも肩をすくめて立去るだけだ。だが、嘘までついて供養せよ、という霊をほっぽり出せば、復讐心に駆られて祟りを為すだろう。 実際、私の廻りにはほっぽり出されて逆恨みする霊・人が大勢いる。
心霊的(霊的ではなく)な先祖供養を志すなら、単に尊敬の念を抱くだけでなく、相応の環境設定が必要なのだ。…… それは人前や往来で食事をしない、といった程度の心得だけで足りるはずだ。つまり、苦しみから逃れたい霊が大勢いる場所で、自分の祖先だけを特別厚遇しようとするから自称・祖先が集るのである。まずは祖先の霊と静かに交信できる環境を作っていけば、自ずと祖先への愛情と尊敬の念が生じ、尊敬の念が生じれば、お墓も仏壇も、立派ではなくても相応にこぎれいな物を揃える気分にもなる。当然、お墓や仏壇が汚れていれば綺麗にしたくなるのも自然な流れの一部だ。
その家庭がよほど信仰心と尊崇の念が篤く、充分に心・霊的環境が整っているのであれば直ちに先祖供養に飛込んでも何ら問題ないだろう。その事は我が師匠の信仰生活を見てそう思う。…… 恵まれた環境にいる人から叱られてもなあ、などと口にするから、またまた叱られもするが……だが、その環境が出来ていない人は、慌てるのは危険だと思う。
先日、(霊媒信任の)ジレンマにおいて、祖霊とのコミュニケーションを話題にした。……それを読み返すと支離滅裂な感が多分にあるが、それはさておき、本件について問い合わせがあった。
Q 「私の先祖のことでしょうか? 先日のオフ会のあとも、疲労(肩が重い、頭痛)がきてしまい、次の日も後をひいてしまいました。」
「(霊媒信任の)ジレンマ」で取り上げたのは別な方です。しかし、一般的な問題でもあります。その為、多くの方が当て嵌まるものを感じられたことでしょう。
発言の機会を窺う霊が憑いていると、大抵、不眠や緊張等の症状が現れます。
(だが、不眠や緊張の症状のすべてが霊障とは言えない)
又、心霊を勉強し始めると、一・二年は、霊障を受けやすい……助けを求める霊が集まりやすくなります。
そもそも強固な憑依は、同化の結果……すなわち同じ性情で結びついてしまうことですが、心霊初心者と救いを求める霊との間には、「結果を焦る」という共通の性情があります。とくに問題となるのは、「結果を焦る」心理が、往々、妄想や勘違いの引き金となることです。つまり、ついつい自分に都合の良いように問題を解釈してしまうのです。
真の修行・勉強は、この状態を脱した後、すなわち、自分を客観視出来るようになった後に始まります。ここでいう自分を客観視、というのは常に、ではなく、必要に応じて、であることにご留意下さい。
なお、あなたのストレスは霊的な影響4分で、残り6分は他メンバーへの遠慮が原因かと思われます。端的に言えば、遠慮がある/とけ込めないものを感じている……のでしょう。
当サイトのオフ会参加時に留意すべきは、壁を手探りすることよりも、むしろ壁にぶつかった後の態度にあります。「これやめて」といわれたら、笑って「ごめんごめん」で、方向転換すればいいのです。スピンアウトしていくのは「ごり押し」をする人です。