難が増えたら考える。
2004年 12月 16日
「人間万事塞翁が馬」とか、「禍福は糾える縄の如し」等と申します。
良いことが続いたからといって、悪いことが起こるとは限らず、悪いことばかりかと思えばよいこともある。……人生はなかなか先が読みがたいものですが、心霊はそう受け取りません。
不幸になるために生まれてきた人は一人もいない。――逆境の中に生まれ落ちても、幸せへの道筋はちゃんと用意してあって、幸せへの最短の道のりに導こうと、守護霊は日夜努力しているのだ……が、どうにも人は、目先の利に釣られて道を誤ります。正当な努力こそが一番の近道なのに、もっと楽な道はないかと脇道にそれて行き詰まる人々の何と多いことか。後戻りできるうちに気がつけば良し、多くは、袋小路の前でぐるぐる回りをして時間切れを迎えることも多いもの。
……まあ、それは極端な話として……
心霊を勉強し、精神統一を学ぶようになると、守護霊と息が合ってきて、物事がスムーズに動き始めます。何やら忙しく、そして楽しくなってくる。頭で色々考えるとかえってうまく行かず、程々に考え、少々、行き当たりバッタリ的な選択の自由を取っておくとずいぶんと楽しめる。……絆、守護霊の絆にはこのような特徴があります。
だんだん、難が減って益が増えていく……これが指令を学ぶ人が歩く、順当な経路で、益が増えずに難が増えたら、それは心霊の学び方を間違っているということです。では、心霊を学び、順調にいき(誠に喜ばしい!)ながら、ある時、急に災難・不運が増えるとしたら? または、運不運が交互に訪れるとしたら、どう考えるべきか?
まず、急に難が増える・不運になるとしたら、それは、危険に足を突っ込んだ印です。近づくべきでないものに近づいてしまったのです。一体何に近づいてはいけないのか、じっくり考えて後戻りする必要があります。この時、ヒントになるキーワードは、
良縁結びがたく、悪縁断ちがたし
ということです。まあ、非常識な人もいるので念のために書きますが、ここでいう良縁・悪縁とは男女間の仲に限りません、というより、縁という言葉を男女の仲と見なしがちな人は色情因縁を解くべきです。ここでいう縁とは人間の関係全般をさします。
つまり、望んでもなかなか得がたいものが良縁で、断ち切ろうとしてもなかなか断てないのが悪縁である……屁理屈じみていますが、向こうからすり寄り、手放そうとするとしつこい……これが悪縁の特徴です。要するに、災難の肩代わりをさせようとする人は食いついたら放そうとしません。反対に、良縁の持ち主は、相手をよりどりみどりに選べるのですから、ある意味お高い雰囲気を持ちます。
ところがどうも、今時の人は愛情に飢えているというか、チヤホヤされることが悪縁の始まりであることに気がついていません。と同時に、親切とチヤホヤの違いも判らずにいる人もいます。親切にされると騙されるのではと身構えたあげく、「失礼な奴だ!」と縁を切られてしまうのは、つまり 良縁結びがたしということです。
(そりゃ、善良に活きようと努力している人を捕まえて、「下心がある」と騒ぎ立てる人がいたら、その人に親切にする事が墓穴を掘ることに繋がりますからね。こういう人がどんどん良縁を失うのは当然です。)
迂遠な言い回しから始めましたが、大分問題が見えてきたと思われます。要するに、悪縁というのは、たとえ悪意がなくとも、悪い結果を導き出しがちな、未熟・要領の悪い人との関わりです。で、心霊的に見てこういう人には 醜い愚痴が多いという欠点が潜んでいます。ここでいう「醜い愚痴」というのは、難しく考えずにそのまま受け取ってください。つまり、当人にとっては必要なガス抜きのつもりでいても、付合わされ、 聞かされる側にとって、とても災難に思えるような愚痴、二度と聞きたくない愚痴のことです。このような愚痴が心霊的にみて悪いのは……心霊は善悪を論じません、可否で考えるのです。詰まり、悪い結果が予測されることを悪いと見なします……醜い愚痴は、創造的な霊性の持ち主から好かれず、避けられる傾向にあるということです。そして、良識ある人から避けられるとどうなるか……好ましくない人々が近づいてくるということです。すると不運になる。不運になるとますます愚痴が増え、愚痴がますます不運を呼び寄せるという悪循環に陥ります。
ですから、醜い愚痴が多い人は、周囲にも不運をもたらす危険性を考えるべきでしょう。
なお、ここで十分に検討して頂きたいのは、単純に災難がふえ、反対に益が減ってきた場合、まず、自分自身の醜い愚痴について注意すべきだということです。反対に、益も災難も増えてきたとしたら、家族、恋人、親友の中に、醜い愚痴の持ち主がいると疑うべき事です。
ともかく、原因が自分にあるのか、自分以外にあるのか、その違いぐらいは見抜けなければ次のステップに進めません。まずは、そこまでを反省してみましょう。
……念のため、醜い愚痴の持ち主が、家族、とくに、配偶者であった場合、別れることを先に考えては罰が当りますよ。それは自殺と同じ、途中で責任を放棄することで大罪と見なされます。