質疑

2004年 10月 20日


一.死の直後の退屈。

Q 『死の直後は、精神統一などの修行ばかりで死者は退屈する?』

 死の直後に退屈出来るのはかなりの贅沢――大抵の死者は、生前の執着……死んだために継続出来なくなった様々なことを諦めきれずに泣きわめく。この状態を脱するのに数十年、数百年懸かっても何ら不思議ではない。

 霊界・幽界行脚はナンセンス――死後の世界は想念の世界であり、想念の世界というのは、他人を嫌えばそこに壁が生じたりする世界のこと。旺盛な好奇心には数々の不思議な光景が現れるが、それは外にある風景ではなく、あくまでも自己の内面にある風景である。といって、悟りじみた心根を持てば、殺風景な世界にぽつんと一人あることになる。

 真の旅行とは、霊界から地上を透視出来るようになったものが地上を観察して歩くか、他人の想念に触れて歩くかしかあり得ない。実をいえば、死の直後に出歩ける旅先などというのは、幼児が親に絵本を読んでもらうのと何ら代りのないことなのだ。その当時は充分に楽しめようが、修行が進むにつれて、赤面する体験ではある。

 まあ、地上で大人になっても絵本を好むロマンチストもいるから、強ち無意味ともいえぬが。

二.心境

Q 『理想的な精神統一にある魂の精神?状態と、睡眠中に意識だけが覚醒していることを自覚している際の魂の状態、この二つの違い。』

……時間切れ、明日に追記する予定

三.魂の休息状態

Q 『魂の休息状態って、帰幽した後だけ? 魂にまで影響してしまいそうなストレスや疲労を日夜せっせと貯め込む我々肉付現世人にも、身体や意識の睡眠のほか、そういふ魂の休息状態はないんでせうか。ふつーの(身体や意識の)睡眠で、大抵は十分なんでせうか。』

 魂に疲労はない――この辺は、説明が難しいのですが、「無い」というのが一般的な意見です。これはコンピュータの比喩で考えるとわかりやすいかも知れません。……あるレベル以上の処理をさせると、全体のスピードが遅くなるだけ。……無理をしようがないのです。また、強く思えば妄想にずれ込んでしまう。……地上の物品を引き寄せようと強く念じても、目の前に現れた妄想に騙されてしまう。結局、魂を疲れさせるような事というのはあり得ないのです。

 仮に、魂が無理をして反応がきわめて鈍くなっていたとしても、それは単に時間的な感覚がずれているだけのことで、休養しているわけではありません。ただ単に大変な処理に時間を取られているだけです。

 人間とは、肉体+魂という定義を思い浮かべて下さい。肉体にも魂にも感覚が備わっていて複合的である……霊感が強い人とは、肉体感覚と霊的感覚の比率がたとえば、10:3等となっている。反対に、いわゆる霊感のない人はこの比率が100:1等となっている。

 ではこの状態で突然死んだらどうなるでしょう?

 霊感の強い人も、感覚は半分以下に減り、霊感の自覚のない人など、全く盲目…難聴状態に陥ってしまう……これは霊的な才能の如何というよりも、今まであって当たり前だったものが突然消えて無くなったというだけで、慣れれば自ずと取り戻されるのですが……突然なくなれば往々パニックに陥り、パニックは往々人を無能にしますから、あわてているが故にますます、霊的な感覚に気がつかないという悪循環をもたらします。

 さて、魂に睡眠がないというのは、疲労回復のための睡眠がないということであり、退屈するとノートパソコンのスリープモードのように時間的感覚がとても鈍くなることがあります。結局、生前依存していた感覚がなくなるために、退屈して休眠状態にはいることがあるわけです。

 しかし、霊的感覚に気がつけば、周囲の感化を受けやすくなり、休眠状態に陥ることは無くなっていきます。

四.日常の祈りについて

Q 「日常ちゃめしの無事の感謝を祈る場合と、ある目的(願い)を伝えるために祈る場合の違い。祈る相手の設定や祈り方。」

 興味深いことを伝えられました。

『志操教育の一環として、祈りは奨励されているが、祈りにさして意味はない。人々が日常の様々なことを一々感謝するとしても、それに何の意味があろうか?

『……電車の切符を買い与えたことに、一々感謝されても、結局のその切符を使わなければガッカリされる。問題は日常の感謝ではなく、その人生で何を成し遂げるかだ……

『まして、生きている人間の祈りなど、霊的意味が希薄で犬猫の寝言と大差がない。人の願望などというのは、単に祈りの言葉を聞くだけでなく、その人の人生すべてから見た必然性を推し量らなければ受け止められぬもの。したがって、神々と呼ばれているものから見れば、耳を貸さなくもないし、迷惑がりもしないが、さして重要なものとは思われない。その人の守護霊が整理したものでなければ、決して重要視されることはない。

『結局、生きている人間が祈るというのは、意志を神仏に伝えるというより、霊的なコミュニケーションの練習である。そして、人々のコミュニケーションの練習台として、もっとも好ましいのはその守護霊である。したがって、誰に祈るのかと問われたら、守護霊なり、祖霊などの、天と地の中継ぎ役の霊を対象にするがよい。 』

 ……警察に被害届を出すのにも、一般人が相談に行くのと、弁護士に訴状を用意してもらうのとでは扱いが全然違うのと同様だというわけです。

五 守護霊について

Q『(日本以外で)欧米などでも人にはそれぞれ特定の守護霊がつくのでしょうか? また、(人間以外の)動物などではどうなのでしょうか?』

 守護霊は自然則によってある。――誰かが悩んでいたとします。それに気がついた人の中には、手助けを申し出る人もいるでしょう。他に施す/奉仕する事に喜びを感じる場合もあるでしょうし、教えることから学ぶことがあることを知っている場合もあるでしょう。その他、様々な事情もあるでしょうが、要するに、手を貸せる者が、手を必要とする者に手を貸すのは自然な流れであって、特別強いられなくとも、また、法律を決めなくても、守護霊のなり手はなくなりません。

 ただし、集団が経験(ノウハウ)を蓄積するにつれて、効率の良い手法が見いだされ、ただの親切から、より洗練されたスタイルへと進化しています。とはいえ、全地球的なレベルで、完全に共通のシステムとは言い難く、要するに、「守護霊」『ガーディアン・スピリット』などと、呼び名の意味する所が似ていても、必ずしも同等とは呼びがたいものです。

 動物は群れ単位。――守護霊の成立が自然発生的なのと同様、すべての生き物は、いや風景でさえも、それを守護する霊が存在します。いわゆる自然の造形などと呼ばれるものは、往々、長い年月の間に僅かな影響力を少しずつ及ぼして、作り上げている場合もあります。

 また、「●●の主」等と呼ばれる、特別に長生きした動物などは、守護や加護等というレベルを通り越して、道楽的に肩入れしている霊がいる場合があります。つまり霊魂(神霊)もペットを飼う事があるのです。

 さて、守護霊は自然則に寄ってあるわけですが、当然、その能力に見合った仕事でなければ退屈して修行になりません。したがって、全くの趣味的に、「●●の主」とか、「自然の造形美」を磨くとか、一つのものに大きく肩入れする場合もありますが、基本的には集団に保護を与えることで能力とのバランスを保ちます。

※ 守護霊というと一方的に保護を与えて自らは何も求めないストイックな存在を想像する方が多いかも知れません。しかし、封建時代に存在した守護職と同様……保護を与えるということは、指揮・命令権をもっていると考えるべきです。たとえば、あなたがトラックにひかれそうになったとします。トラックをそらすのと、あなたに避けよと命じるのとどちらがより効果的でしょうか? 危険なことをしても助けてくれる等という虫の良いのが守護霊ではなく、危険を避けるように指導するのが守護霊である……そういう観点を忘れると、守護霊はその能力を発揮出来ないのでご注意を。

六.随伴霊

Q 「随伴霊が自動車の運転に介入してくるのはどういう状況のときでしょうか?」

 随伴霊とは、修行目的で人に懸かる霊……有り体に言えば、守護霊が暗黙の了承を与えた低級・憑依霊ですが、身体を使う作業一般に対して練習のチャンスを常に窺っています。

 基本的に難易度の低い時――危険な局面では守護霊達も厳重に見回るので、手を出す余地がない。随伴霊がチャンスを窺うのは、手を出しても怒られそうにない、難易度の低い時で、つまらないミスが連発したりするのは、随伴霊がのさばっている時です。
 随伴霊の影響を避けるためには、まず、
 練習のチャンスを充分に与えること……つまり、肉体体な修練は欠かさないこと、
 また、重要な局面に望む前には、自分に気合いをかけて、随伴霊の出る幕でないことを明示することが大切でしょう。


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