自らが騙す
2006年 04月 08日
これでよい、という安易な発想、
出来ない、という情けない言訳、
それがどれだけ人生を汚しているか。
「あなたはそれでよい」という言葉が欲しくて、
自分の責務を背負ってくれる人を求めて、
他にすがりつく。
騙された、という人の多くは、他(人)を、摂理(仕組)を、言うなれば自己の運命を騙そうとして失敗し、そして悔しがっているのだ。
払う代償よりも遙かに大きな利益を求めていはしないか。自己の過ちの清算ではなく、幸運を買いたたいて儲けようとしていないか。
……騙されない方法はないか、という問いかけは巧く騙す方法はないか、という下心から出ている。その矛盾に気が付かないから、他の矛盾にも気が付かない。
つまりは、信じて騙されたと感じた人は、悔しがる前に、隙の解消を心掛けるべきである。
他に依存するから苦悩が増すのである。答は外にではなく、自分の内にある。それが理解できれば人に騙されることに傷つくことがなくなる。なんとなれば、他人の言動はヒントであって答ではないということだから。答と信じて飲込むから、騙されたと感じるのだ。
ヒントであるなら、試行錯誤を繰返して、納得のいく部分を取込めばよいのである。
もっとも、物事を論理ではなく、好き嫌いで判断する気質の人々に、これは有益な助言とは成らないだろう。…… 他人に依存せずには生きられぬ定めの人なのだから。