いつまで悩むのか?
2006年 03月 24日
とある霊が語る。
・・・・・・・
思春期であるならいざ知らず、人、三十歳にいたらんとする時に、あれこれといろいろと思い煩うことは、危ういことであります。それは、自分の人生がいまだに自分の手中に納まっていないということ。生きるために必要な人生の智恵をいまだに持ち合わせていないということなのです。
今般、このサイトで教えていることは、人生を手中に納め、もって、自分らしく生きることであるのに、それを読む者が、当座しのぎの問題解決策ばかり拾い読みしては、あれが足らぬ、これが足らぬ、私の人生をよく生きるためには足らぬものばかりだ、と不平を申しておりますが、世に摂理といわれ、神様のお計らい、などとも呼ばれる物事の自然な流れを、小手先の技、小ざかしい知識でどうこう出来るはずもなく、それでも何とかしようと摂理を欺く算段は、天につばを吐いてわが身を汚すような愚かなことでしかありません。
いま、あなたを苦しめている諸問題にも、それぞれに原因があり、縁があり、そして今の苦しみがあるにせよ、それを事前に取り除けず、大きくなるのを止められず、悪い結果を消してなくせない、……乗り越えられるはずのものがぶつかって前に進めない、その己の非力さにも問題があるのです。
中学生が、高校生の問題を解けないならば、分不相応をたしなめます。中学の問題が解けないなら、一生懸命に面倒も見ましょう。でも、小学生の問題が解けずにいるなら……嘆いて恥をかくのではなく、虚心・誠実に頭を下げて教えを請い、もって年齢相応の智識を身に付けることが大切でしょうに。
個々の問題が解けない、その事も無論、当事者にとっては大変なことではありましょう。ですが、守護霊の立場から見れば、至るべきレベルに達することなく、いまだにそんな問題に引っかかっている、あなたの成長の遅れこそが一番の心配の種です。
愚かさを心の中にしまって置けると思ったら大間違い。人の世にある限りは、心は心の中にとどまりますが、ひとたび霊魂として活動するなら、そして肉体を捨てて旅立つならば、心はそのままあなたの見る風景にもなるのです。
愚かであるのもまた分相応で諦めねばなりませんが、隠したつもりで騙されているのが自分だけではあまりに情けなくもあります。そのような霊格がどれほど惨めな境遇であるのか……その場限りの対策がいつまで続くと思いますか。すでに破綻しているのに。