日の当るところだけで善事をする
2006年 02月 24日
霊媒の中で、私は理論派かもしれませんが、私のやり方が有益であるかどうかはいささか疑問です。言葉は容易に変えられますが、人の生き方は容易には変りません。ならば人に変れと言葉を尽すよりも、ただ背中を見せて一心に祈祷することが、往々、相手の心にものすごく大きな影響を与えることを私は知っているからです。
大抵の人々にとって、背中を見せて一心に祈祷されることなど、退屈なことに思えるかも知れません。ですが、主観性が高く、抽象的な心霊の話などを懇々と聞かされることは理解を深めるよりも、誤解を増やすだけかも知れません。ならば、いっそ、背中を見せて、一心に祈祷してくれる人の、その背中に向かって、深く御礼が出来るようになれば、人はもっと健康で幸せになれることと思います。
感謝はしている――なるほどそうかも知れません。でもその感謝なる気持ちも又、言葉で考えてはいませんか? 言葉で理解し、納得し、それで満足している。でも、果たしてそれで身に付くのでしょうか?
背中は多くを物語ります。それを読み取ることも人として大切なことだと思います。
背中は多くを語ります。と同時に、背中は良く人を見ます――時として、相手の前で頭を下げるよりも、相手の背中に頭を下げる方が、誠意が伝わるものなのです。なんとなれば、目の前で頭を下げるのは、感謝する人ばかりとは限りません。偽善者もいれば、おべっか使いもいます。でも、背中に向って頭を下げ続けることの出来る人は、本当に感謝する人ばかりです。なにより、日の当るところでだけ善事をするのは、「神の道」のなんたるかが判っていない人のやることです。
一度や二度は、浅知恵で振りをすることも出来ます。ですが真似事はなかなか背中を通じて相手に伝わりません。