悩み癖は体質

2006年 02月 10日


「悩み癖は体質」――と、私は考える。

 悩む癖のある人は、得てして行動しないために悩んでいるかのようだ。

 無論それは霊視による見解ではなく、客観的な観察により、他の誰かにその事を指摘すると、概ねの同意を得られるものだ。しかし、当人にはその自覚が見られない。――だからこそ、重大な問題と考えるべきだ。

 周囲と当人の見解が異なるということは、周囲の助言が往々、当事者の反発を受けるだけで終わるということなのだから。

 ましてや、その悩みの隠れた動機が、「行動しないため(の言い訳)」にあり、周囲の助言が「行動せよ」であるなら、当事者の反発的な言動のすべてが、「行動しないため」という動機を補強してしまうのである。

……つまり、救いがたいということだ。

 救いがたいという言葉には、「見放す」とか、「愚か者」、といった意味合いが含まれているが、ここで扱っている「救いがたい」という表現にも無論そういう意味が含まれていなくもない。が、端的にいって、論理的に援助が困難、援助がますます混乱をもたらす、という状況を示しているのである。それを、悩み癖のある人は「『救いがたい』なんて、なんて情のないことをいう」……などと思うであろうから本当に困る。悩む人が答を得られないのは、堂々巡りに陥っているからである。

 堂々巡りに陥っているなら、考えることを一時止めることが大切なのだが、悩み癖のある人はそれを止めない。論理的に悩むことに意味がないのにも関わらず……当事者以外の目には、行動しないために悩んで見せていると思われるのである。…… ところが実際は、悩むこと以外のすべてが「行動しない」という動機に従っているのだ。

 いや、その事実を知って、当人は、釈然としないものを感じるかも知れない。「私は充分に行動力がある。ただこの問題については……」

 どこに向かうというのだろう? 急な坂道は頂上への近道、だが、坂道を下れば頂上から遠ざかるばかりだ。安逸な選択は試練を増すばかり、行動とは必要に応じて起すべきであって、意義も必要性もない行動は、楽しくはあっても役に立たぬ事が多いものだ。

 つまり、本質的な行動をしないために、安易な行動をする……すべての言動が、「行動しない」ために、あるのだ。

 どうしてそんなに腰が重い(行動力が無い)のだろう? 車の調子が悪ければ遠出は控える……そんな雰囲気が、悩める人の言動に見て取れるのである。


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