不足に苦しむ


不足を憂えず……

2005年 12月 23日

 嫌なことを、「嫌だ」と意志を示さなければ変化は起こらない。

 イヤイヤこらえた忍耐は、功徳へと繋がることもない。

 たとえばコップが空になれば、水を汲みに行けばよい。不足は問題にならず、不足を補わぬ努力が問題となる。……そう。自ら水を汲める人なら、水がなくなることなど問題には思わない。むしろ、コップが空にならなければ、新鮮な水を満たすことが出来ない。

(だから私は、与えるよりも引き出すことを大切にする)

 今現在の問題こそが、耐え難く、乗り越えがたく思えても、また、過去の問題すら断ちがたくとも、人間にとって本当に重要なのは未来をいかに作るかだ。

 良き未来を得られぬ努力にいかなる価値があるのだろう? 目指すべきものは明白で、ただ、そこに至る道筋が解らないのが人間の悩めることなのだ。

 今の不足ばかりを口にする……それがつまるところ「希望がない」というのだ。


執着心

2006年04月16日

 欲心に囚われるというのは、必ずしも欲心の支配下に有ることを指すのではありません。欲心の否定や抑圧に囚われて、何ら建設的なことを考えられないのも、欲心に囚われているのです。

 天変地異や、予言の成就で滅びることを案じている人
……「不安に囚われている」

 病気を恐れて、健康食品や健康法に凝る人。
……「病気に囚われている」

 霊感がないと、真理が分らないと思う人
……「霊に囚われている」

 もちろん備えは大切ですが、備えに圧迫されて今、成すべきことが出来なくなっては主客転倒です。つまりの主体性を失って、いまだ起こらざる災難に苦しんでいるのです。欲や感情に振り回されて、自分が本来すべきことを見失っていては、人生が全う出来ようはずがありません。つまり、欲心の否定は、欲心の奴隷になっている人に与えられた助言であって、欲心の否定がすべての人に当てはまる人生の目的ではないのです。


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