恨まれて知る真実
2005年 12月 12日
迷って日々を過ごすよりも、僅かでも良いからひらめきを得、覚悟と信念でひらめきを支えて生きていきたい。…… それが私の心霊学徒としての信念。
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ある人に「人から恨まれています」と霊査を伝えた。……補足も無しに。案の上誤解が生じたようだ。
「人から恨まれている」……私は反省を強いているわけではない。ただ感じるままを伝えただけだ。……というより、何も言わないに等しい。果たして恨まれる側が悪いのか、それとも恨む側が悪いのか。 それが見抜けなければ、「人から恨まれている」という霊査は生かしようがない。
恨まれる側が悪いのであれば、ちょっとやそっと反省したところで直りはしない。恨む側が悪いなら、反省したところでつけあがるだけだ。……善悪が分らなければ判断できることなど僅かなことだ。そう、善悪が分らなければ後は精進潔斎を進めるしかない。つまり、利己を戒め、努力を重ねることだけである。そしてそれは、心の大切さに気がついたものが当たり前に勉めるべきことである。……まったくいわれるまでもない、いわれて直すようではすでに手遅れだ。
……すでに間違いは明らかだが、人は迷うと好悪が露骨になることに今さらながら気がついた。
分らぬままに心を働かせて、結局、恨まれているというキーワードから余計な方向に心を働かせてしまったのである。さすがにその余計な方向の成果は伏せる。念のためにいえばその結果は、不要なことではないが、建設的なことではない。 また、事実かも知れないが、過去・現在・未来へと繋がる道とも思えない。そして行き詰まりは正しい道ではない。……つまり、私が日常使っている物差しには当て嵌まらぬことではある。
私は知り合うすべての人にこの物差しを与えたいと思うが、なかなか実現しない。
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人はそれぞれに意見を持つ。その意見は主に自分の利益に重点が置かれる。――つまり、「人の意見を聞く」ということは「相手の利益を受け入れる努力をする」ということだ。ここがくせ者である。
無私の人の意見には進んで耳を傾けるべきだ。―― それはきっとあなたのためになる意見だから。
公平な人の意見にも耳を傾けるべきだ。―― きっとお互いのためになる意見だから。
だが、利己的な人の意見は聞くだけ無駄だ。―― まるであなたの利益にならぬだろうから。
そして、意見をいわぬ人には注意すべきだ。――従順に見えて、きっとあなたへの怒りを潜めているから。
意見の価値はかくも異なる。その重大さに気がついた人なら偽物を見破って、本物を見出すことが出来るはずだ。
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見た目の親切な人ほど、実は利己的だ。それを称して偽善という。……くだらない、くだらない。真に価値があるものを見出さなければ、この世は虚ろといわざるを得ない。……色即是空。眼に見えるものが「カラ」である生き方はあまりに寂しい。
追記予定: 無私と公平の違いは?