信仰心の質の低下
2005年 06月 04日
今、中尾良知氏の「透視と其実例」を読んでいる。浅野和三郎氏の一連の著作でもそうであるが、中尾良知氏の思想を支える情熱的な信仰心にはやや複雑な心境を抱かざるを得ない。
端的に言って、しらけるのである。……これは真理云々ではなく、恐らく世代的な問題だろう。 しかし、だ。霊力というのは、霊界の支持と同義語なのだ。つまり、霊界の支持が無ければ霊力の発揮はあり得ない。
一宗教に肩入れしすぎる浅野和三郎氏を黙殺しようとする心霊家もあるが、彼が多くの霊媒の協力を得て心霊学上に多大の足跡を残せたのは、神道の威力云々ではなく、信じるべきものに注ぐその熱情、すなわち信仰心故ではなかったか?
以後の心霊家は、この熱情に嘲笑を向けるが故に、献身的な霊媒を得られないのではないか。…… それどころか、信仰心が欠如しているが故に霊媒がその実力を発揮できないのではないか? ……その背後霊たちが、妙にクールなのでは?
信仰心というと、神仏におねだりすることだと勘違いしているかのような現代。…… そんな信仰心が恥をかく話は良く聞くが、役に立ったという話も聞かない。