七転八倒の苦しみ

2005年 04月 30日


「なぜ私がこんなに苦しまなければならないのか!!」という悲痛な叫びが世に満ちている。それを哀れみ、あなたが手を差しのばそうとすると、果してどうなるか。――あなたは責任を問われるのだ。

 人間の理解力には限りがある。というより「僅か」というべきであろう。すると人は知らずに過ちを犯し、罪を犯して自らの苦しみを増していくものだ。身に覚えがなくても、自らの苦しむ原因を産んでいるのが人間なのである。むろん、他からいわれなき危害を受けているものもいるし、身内の困苦の一端を背負わされているものもいる。だが大切なことは、 自分の苦しみの原因を正しく見抜くことの出来ない者に、どれだけの思慮があるのか……ということだ。助けるつもりが八つ当たりされることは覚悟せねばならない。

 悩める者が自らの未熟さに気が付き、思慮深さを得たのであれば自ずと苦しみは減っていくし、苦しみの種より多くの、歓びの種を播けるようになれば自然と幸せになっていく。 だが、往々悩める者は自分を省みない。自分の苦しみを誰かのせいにしたがる。そして誰が、いわれなき罪を甘受するというのか。責任転嫁は嫌われ、それが又自分の苦しみを増すのだ。

 愛する相手の為なら歓んで罪を引受けられるのでは、と問うか?

 むろん、むろん。もしもあなたが人類愛の実行者であり、また、相手も人類愛の理解者である限り。だが、一方でも人類愛の理解がなければ、そこに複雑な問題を生じるのだ。――なにしろ、愛とは往々に独占欲の隠れ蓑として使われる表現であるから。

 強欲な相手は救いがたい。特に怠惰で強欲の相手は救いがたい。そして、愚かで強欲の相手は救えない。


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