虐めから生じた霊障
06年 01月 22日
「職場で虐めに遭い、精神的に追いつめられた頃に霊を感じるようになって苦しんでいる」…… という相談を受けた。何とも同情に堪えない。私の霊感発現の切っ掛けも似たようなものだから、その苦悩はよく分る。
ところでこの方の悩みは、職場の虐めなのか、霊障なのか、どちらであろう。「二兎を追う者は一兎をも得ず」というが、二つを別な問題と捕えればその解決はとても難しい。――その事はメールを読んでいて痛感した。相談内容が絞り込まれていないのである。
テレビや映画のチャンバラ劇なら、周囲に群がる敵をばったばったと切り倒していくだろうが、現実にはそう簡単な筈がない。達人は上手に立ち回って、常に敵が自分の前に重なるようにして一人一人倒していったのだという。いわゆる「各個撃破」という手法である。たとえ敵が10人いても、一度に一人ずつなら、一対一の斬り合いを十回するなら勝機は見えるわけだ。
であるから私は指摘した。職場の虐め、霊障の双方に共通項がある。それは「自分である」と。まあ、自分が強くならねばならぬのは間違いない。しかもそれは、将来受けるであろう障害にまで役に立つのである。ぜひ強くなるべきだ(もっとも私の感じるところ、天然記念物級の親自慢の良い子と見える。これからすれっからしに育てるのは心がとても痛む)。
そして、その為の助言でメールを埋め尽くした。……結構長文で疲れたが、長文メールというのは要点を見失いがちだ。何のことはない、質問が練れていないから解答も練れないのである。ずいぶん悩んだようであるが、その悩み方が堂々巡りであったのだろう。それもまた苦悩の日々を物語るが、悩むことが解決に結びついていない。
が、それはともかく、私の同情の結果は、いずれにしても当座の役には立たぬだろう。だが人は今日を生きなければならない。希望も大切だが、希望だけでは人は生きられない。
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ところで、私は同じ状況を、発想の転換で乗り切った。これはサイトのどこかに異なる表現方法で何度か書き記していることだが、「自分に複数の敵がいる」……という発想を止め、「自分には味方が少なすぎる」と考えたのだ。
心素直に神霊に接し、親切・愛他的に人に接す。……それを心がければ、どんな霊障・悪因縁に苦しもうともそれ以上の助けを得られることであろう。それを実践した。いや、今でもそれを続けている。
むろん、人の世には……そしてあの世にも、大切にすればつけあがる人が大勢いる。与えるものは喜んで受け入れ、与えなければ泥棒に入る輩だ。まあ、賢くならなければならないのである。善良なだけで生きられるほど世の中は単純ではないのだから。
******** 追記 ********
ところで、職場の虐めと、霊障との共通項は、ただ自分だけであるのか? 色々と空想をたくましくされる方もいるだろうし、私もそう思わなくはない。だが、私の背後は…… 特に守護霊がそれを絶対に明言しないだろう。理由は実に明白だ。
他に共通項があるにせよ、悩める当事者にどうこうする実力がないのである。ならば今出来ることに全力を挙げるべきだ。それ以外のことはかえって迷いの元、妄想のネタにしかならないのだから。